2010年にイギリスで放送開始された、全6シーズンの大ヒット時代劇テレビドラマ『ダウントン・アビー』。2022年9月30日からは、映画第二作目となる『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』が公開となり、話題を集めています。

『ダウントン・アビー』といえば、そのファッションも注目の的に! 今回は、ドラマのシーズン5から制作チームに加わり、今回の新作映画でも衣装を担当されたアナ・メアリー・スコット・ロビンスさんに、Precious.jpで独自にインタビューさせていただきました。インタビュー前後編の後編をお届けします。(前編はこちら

インタビュー_1,映画_1,ドラマ_1
アナ・メアリー・スコット・ロビンス(Anna Mary Scott Robbins)さん
衣装デザイナー
1978年生まれ。スコットランドのエディンバラ大学で法学士号(優等学位)取得後、エディンバラ芸術大学でパフォーマンスアート・デザイン・応用美術を専攻し、衣装デザインを学ぶ。1920年代の英国貴族一家の内情を描いた人気テレビドラマシリーズ『ダウントン・アビー』のシーズン5(2014年)から同シリーズと劇場版2本の衣装を手掛け、2015年と2016年の2度にわたってエミー賞にノミネート。『ダウントン・アビー』以外で衣装を手掛けた最近の作品には、アントニー・ホプキンズ主演の『ファーザー』(日本公開2021年5月)やフェリシティ・ジョーンズ主演の『愛しい人からの最後の手紙』などが数えられる。同性パートナーとの間に2児を持つワーキングママ。
Instagram(@annamaryscott)

劇場版『ダウントン・アビー 新たなる時代へ』の仕事

―日本公開2022年9月30日の劇場版『ダウントン・アビー 新たなる時代へ』で作成・調達した衣装の数は?

「大勢のエキストラが出演した作品なので、何百という数の衣装を用意しなければなりませんでした。正確な数は覚えていません! そして、かなりの数を貸衣装業者にお貸し出しいただきました」

―使用された衣装で、本当に1920年代のオリジナルのものと、アナさんが当時のファッションをもとにデザインして製作したものの割合を教えてください。

「イブニングウエアは半分ぐらいが当時のオリジナルです。1920年代のヴィンテージドレスは良好なコンディションで残っているものがかなりあるので。デイウエアは着用される回数が多かったため、使えるコンディションで残っているものはまれです。

また、当時のメンズスーツは現代の男性の体格になかなか合いません。しっくりフィットさせるためには、ビスポークで製作する必要のあるケースが多いです。
新しく製作した女性のイブニングウエアのほとんどは、当時のファブリックやドレス、スカートなどの一部を使い、当時のファッションをもとにデザインしたものです」

―衣装デザイナーとして直面した最も大きなチャレンジは何ですか?

「キャストのサイズ! ストーリーの時代設定に合ったヴィンテージの衣装が入手できても、あの時代と今の時代では男女ともに体格がかなり違いますし、キャストそれぞれの体格も千差万別ですから。

また、この映画の撮影はコロナ禍のさなかで行われたので、いろいろと不自由がありました。そのうえ撮影が始まった頃、下の娘はまだ生後2か月の乳児で、私は毎日かなり睡眠不足でした! 今思えば、本当によくやり遂げたなぁと感動します。

衣装部門のオフィスはプロダクションチームのそばに設置されるのが一般的です。でもこの仕事では、私には幼い子供が2人いたので、自宅の近くにオフィスを設置してもらうという非常に恵まれた条件で働くことができました。出来上がった衣装の着こなし方や撮影するときのポイントなどを監督やプロダクションチーム、キャストと撮影現場で打ち合わせしたら、撮影中の作業は衣装部門の現場チームに任せていました」

―アナさんの思い入れの強い衣装について、それぞれのストーリーを教えてください。

「映画の冒頭で登場するルーシーのウェディングドレスは、ストーリーが展開する1928年のファッションをベースに、現代のシルクチュールとシフォンとサテンを使って製作したものです。ボディスの刺繍装飾は、当時の上流階級の令嬢が社交界デビューでまとったヴェールと思われるものの一部を使っています。かなり傷んでいたので花嫁のヴェールとしては使えなかったのですが、ボディスの装飾としてリパーパスできました。撮影で使った花嫁のヴェールは1920年代のもののレプリカで、ヴィンテージブライダルウェア専門家のジェーン・ボーヴィス(Jane Bourvis)が製作したものです。

ダウントン・アビー、ルーシー・スミスのウェディングドレス姿
冒頭でお目見えするルーシー・スミスのウェディングドレス (C)Focus Features. All Rights Reserved

ダイヤモンドとパールのティアラは、宝石商のベントリー&スキナーが貸し出してくれたものです。このウェディングドレスをデザインするとき、数多くの1920年代の花嫁の写真を参考にし、当時のエッセンスをすべて取り入れました。ですが『ダウントン・アビー』のこれまでの花嫁とは少し違う、地に足のついた人柄のルーシーがまとうドレスなので、式が終わればドレスの裾をまくり上げてダンスできそうなものに仕立てました。私が思い描いていたとおりの出来上がりで、とても特別な一着です」

レディ・イーディス、グランサム伯爵夫人コーラとレディ・メアリーのドレス姿
レディ・イーディス、グランサム伯爵夫人コーラとレディ・メアリーの美しいドレスはいずれも当時のオリジナル (C)Focus Features. All Rights Reserved

「上の3人のドレスはいずれも当時のオリジナルです。コットンにビーズ装飾をあしらったイーディス(左)のドレスは、ほぼ完璧なコンディションだったのですが、少し短めだったので、ショルダー部分にビーズ細工を補足してネックラインを下げ、長さをプラスしました。製作ルームスタッフの見事な腕前のおかげで、補足した部分は識別できないくらい完璧に仕上がっています。

コーラ(中央)のドレスは非常にデリケートだったので、大掛かりな手直しが必要でした。ショルダーにシフォンのドレープをつけ加え、コーラらしいスタイルに仕上げました。

ゼラチン製スパンコールの装飾が美しいメアリー(右)のドレスはとてもドラマチック。メアリーにふさわしく、洗練を極めた装いです」

メアリーのドレス姿
時代の移り変わりを前向きに迎え入れるメアリーらしいドレス  (C)Focus Features. All Rights Reserved

「上のメアリーのドレスは、私の大のお気に入りのひとつです。1920年代はウエストラインが低く、すとんとしたボディラインの中性的なスタイルが主流でしたが、30年代に近づくにつれてフェミニンなフォルムが復活します。このドレスは自然なウエストラインにベルトをあしらって女性らしさを強調したシルエットで、時代の移り変わりを前向きに迎え入れるメアリーらしいスタイルです。メタリックの刺繍装飾が施された当時のオリジナルのチュールを使い、1928年のファッションをベースにデザイン・製作しました」

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コーラのスマートなトラベルコートも当時のもの (C)Focus Features. All Rights Reserved

「上は、南仏に向けて出発するときのコーラのトラベルコートです。カナダのヴィンテージドレスディーラーから買い取ったものです。このディーラーのウェブサイトでヴィンテージドレスをチェックしていたときに、このコートを紹介されました。写真を見せてもらって一目惚れしました。

流れるような美しいドレープを生み出す、とてもエレガントな薄手のウールコートで、襟と袖口の刺繍がこのうえなく洗練されています。そして帽子は、素晴らしい帽子職人のショーン・バレット(Sean Barrett)が製作したものです。彼がコートの刺繍とよく合うヴィンテージトリムを見つけてくれて。帽子と同色系のヴィンテージスエードの手袋でアクセントを添え、品格のあるモノクロスタイルにまとめました」

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南仏のヴィラに到着したグランサム伯爵一行  (C)Focus Features. All Rights Reserved

「こちらはグランサム伯爵一行が南仏のヴィラに到着したときの装いです。南仏でのシーンは、男性キャラにリネンをまとわせる素晴らしい機会でした。英国でのシーンでは、男性の衣装はほとんどの場合ダークカラーのツイードで、女性の衣装の引き立て役的な存在でしたが、南仏でのシーンでは、男性の衣装にもまったく新しいカラーパレットを取り入れることができました。

コーラ(中央)には、シンプルなトップスとスカートに美しい中国刺繍入りのジャケットを合わせ、帽子にジャケットの鮮やかな花柄とマッチする花飾りをあしらいました。

ルーシー(右から2人目)がまとっているのは、当時のオリジナルのシルクワンピースとジャケットのアンサンブル。ホワイトの魅力的なクローシュシェイプのヴィンテージストローハットにアンサンブルとマッチするイエローの花飾りを添え、同じくホワイトのグラフィックなかぎ針編みレースの手袋で明るいアクセントを添えました。オフホワイトのメリージェーンシューズは、新しく製作したものです。

イーディス(左から2人目)の美しいプリントドレスとダブグレーのシルクコートは、以前にも登場したことのある当時のオリジナルです。素敵にアシンメトリーなクローシュハットを合わせました。刺繍やビーズ装飾が美しい女性たちのバッグは、いずれも当時のオリジナルです。

襟とポケットの繊細なディテールが美しいモード・バグショー(右から3人目)のシルクスーツは製作ルームがつくり上げたものですが、その下に見えているトップスは当時のヴィンテージスカーフを使って製作しました。モードを演じるイメルダ・スタウントンが非常に小柄なので、衣装のプロポーションとラインが重要でした。ヴィンテージの羽飾りを帽子につけて、ドラマチックに仕上げています。いずれもタイムレスなスタイルなので、現代でも十分通用すると思います」

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モダンなキャリアウーマンとしてのイーディスを象徴するスタイル  (C)Focus Features. All Rights Reserved

「この作品では、イーディスが初のパンツ姿で登場します。米国で入手したこのデコプリント入り着物風ジャケットは、1920年代後半のオリジナルです。南仏での別のシーンでイーディスが着用しているヴィンテージシルクの3ピースパジャマセットに着想を得たスタイルで、下のトップスとパラッツォパンツは、このジャケットに合わせて私がデザインしました。モダンなキャリアウーマンのイーディスなら、当時では大胆なこのスタイルを積極的に取り入れるだろうと感じて。頭にスカーフを巻いてアクセントをプラスしたこのルックは、典型的なイーディスルックでありながらも、今までとは異なる新鮮味があります」

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エキストラとして出演したアナさんの長男  (C)Focus Features. All Rights Reserved

「使用人の私服選びはとても楽しいです。暗い色の制服を脱いで個性を反映させる機会ですから。メイド長アンナのツーピースは、襟が当時のオリジナルのシルク製で、繊細な刺繍が入っています。当時の使用人たちは、私服も実用的で長持ちするものを選んでいました。色鮮やかな私服はあまりありませんが、アンナのこの装いには、ピンクがかったベージュでちょっとした華やかさを添えました。

シンプルだけれども美しいライトグレーのコートは、アンナを演じるジョアン・フロガットがとても小柄なので、美しいプロポーションを生み出すためにデリケートなラインを選びました。アシンメトリーで傾きのあるクローシュハットがドレッシー感を添えています。この小さなバッグは手刺繍が美しい当時のものです。当時の使用人たちは、こういった小物も自分たちで手づくりしていました。

アンナと伯爵付従者ベイツの息子を演じているのは、実は私の長男です! この時代の男の子のおめかし服は、セーラースーツが主流でした。このシーンでは初夏らしくホワイトを選びました。使用したのは当時のもののレプリカです。撮影時、息子はまだ3歳でした。幼い子供にホワイトの服を着せるのはとてもハラハラすることですが、幸い息子はずっとお行儀よくしてくれたので、衣装がダメになるようなことはありませんでした!」

愛情に満ちあふれ、このうえなくハッピーな、ドタバタファミリー

―今までの人生での重大な決断を3つ挙げるとしたら?

「まずは、法学士号を取得した後、心の声に従ってクリエイティブなキャリアを追求することを決めたこと。そのおかげで今の私があるのだから。でも、決して難しい決断ではありませんでした。

その次は、ロンドンへの引っ越し。ロンドンは文化的にとても多様で、刺激に満ちあふれる都市です。以前はロンドンでしばらく仕事をして、終わったらスコットランドの家に戻るというパターンが多かったのですが、2014年から段階的に拠点を移し、2015年にロンドンに完全に落ち着きました。私のキャリアはステップアップの積み重ねでしたが、ロンドンに拠点を移したことで衣装デザイナーとしての成長に拍車がかかったと思います。

そして3つめの重大な決断はやはり、子供ですね。最も素晴らしく、最も驚きに値する決断でした。仕事をしながら子供を産んで育てるというのは、どんな女性にとっても非常に大きなチャレンジですから」

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アナさんと長男アーチ―君(5歳)と長女イシュベルちゃん(2歳)

―一緒になってから7年になる同性パートナーのジェシカさんと築き上げた家庭はいかがですか? 俳優のマネジメント会社に勤めるジェシカさんも、あなた自身も、非常に要求度の高い仕事をしていますが、ワークライフバランスはどう保っていますか?

「愛情に満ちあふれ、このうえなくハッピーな、ドタバタファミリーです(笑)! 確かに、ワークライフバランスを保つのは大変なチャレンジです。私はフリーランスなので、大きな仕事があるときは昼夜を問わずハードなスケジュールです。

この業界は伝統的にファミリーフレンドリーではありませんでしたが、近年になって家庭を持つ人たちへの理解が高まってきています。プロデューサーたちは、私が小さな子供たちを職場に連れて来て仕事をすることを支援してくれました。もちろんナニーも雇いました。

私は、子供たちが幼い頃から親の働く姿を間近で見て、仕事の世界に触れるのはとても大切なことだと信じています。でも何よりもまず、ジェシカが信じられないくらい協力的で支えてくれているから、うまく機能するバランスを築き上げることができたのだと思います。ただ、やっぱり子供たちが学校に上がったら、なかなか難しくなるでしょうね。でも、私たちならきっとやっていけると信じています」

―今後はどんなお仕事をしたいですか?

「難しい質問ですね。先に何が待ち構えているかわかりませんから。確かに、時代ものの仕事は大好きで、特に20世紀前半の時代に惹かれます。自分の手の届く時代ではないけれど遥か昔のことでもなく、その時代を生きた人たちがまだ周囲にいますし。そして、英国の時代ものだけでなく、他の国々や文化を扱う作品の仕事もやりたいです。実は、芸術大学の最終年に、シェイクスピアの戯曲『アントニーとクレオパトラ』の舞台を日本に設定した企画に取り組んだことがあります。こういった、歴史もののストーリーだけれども、その時代や文化背景に忠実な衣装という枠を超える仕事もやってみたいです」


以上、『ダウントン・アビー』で衣装を担当されたアナ・メアリー・スコット・ロビンスさんへのインタビュー後編をお届けしました。9月30日より公開中の映画『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』も、お見逃しなく!

PHOTO :
Focus Features
WRITING :
ケリー狩野智映(海外書き人クラブ会員: https://www.kaigaikakibito.com/)