【ケーススタディ】東京郊外の閑静な住宅街で、夫のタカフミさん(58歳・会社員)と夫婦水入らずで暮らしているテルミさん(55歳)。子どもは30歳の長女と28歳の次女がいますが、その娘たちが一昨年、昨年と続けて結婚しました。

タカフミさんと結婚してからずっと専業主婦で、時間に余裕のある生活をしてきたテルミさんは、ふたりの娘を手塩にかけて育ててきました。その娘たちが結婚し、幸せな家庭を築いてくれたことはテルミさんの何よりの喜びですが、あれこれ世話を焼くことがなくなり、ひとりの時間を持て余し気味になりました。

「健康には人一倍気をつけているほうで、家での食事は自然食品のお店で買った食材を使っているし、夫婦でスポーツジムにも通っています。でも、娘たちがいなくなって気が抜けたのか、このところ体調を崩すことが多くなって……。風邪をひいたり、めまいがしたりして、病院のお世話になる回数が増えるようになりました」(テルミさん)

体調が悪くなると、テルミさんは家から小一時間かかる、東京の大病院を受診します。病気のときに、わざわざ電車に乗って病院まで行くのは大変なはずですが、「一流というイメージがあるから」と、大病院を選んでいるそう。

2018年4月の「診療報酬改定」で、特別料金がかかる病院の種類が拡大

一流というイメージがある大病院
一流というイメージがある大病院

「小さな体調の変化の裏には、大きな病気が隠れているかもしれないでしょう。大きな病院のほうが、お医者さんの腕もよさそうだし、設備も整っているから、なんとなく安心なんです。大学病院でも、近所のクリニックでも、医療費はそれほど変わらないから、ちょっとした病気でも私は大きな病院にかかるようにしているんです」(テルミさん)

 病院や診療所は、自分の身体を治療してもらうところで、命にかかわることもあります。テルミさんが病院選びに慎重になる気持ちも、わからないではありません。

でも、2016年4月から紹介状なしで大病院を受診すると、通常の医療費の自己負担分に加えて、特別料金が徴収されるようになっています。テルミさんのように、「なんとなく大きな病院のほうが安心だから」など、個人的な理由で大病院を受診する患者さんの医療費の負担は、高くなっているのです。

2018年4月に行われた「診療報酬改定」では、特別料金がかかる病院の範囲が広げられ、その傾向はますます強まる可能性があります。

紹介状なしで大病院を受診すると、医療費の自己負担は、どのくらい高くなるのでしょうか? 国が大病院受診時の特別料金を導入した背景を探りながら、今の時代にあった正しい医療機関選びについて考えてみましょう。

日本では健康保険証があれば、自由に医療機関を受診できるが……

「いつでも、どこでも、だれでも」。

この標語の通り、日本の医療制度では健康保険証を見せれば、町の診療所から高度な機能を備えた大学病院まで、日本全国どこの医療機関でも、患者さんが自由に受診することができます。日本にいると当たり前に感じるかもしれませんが、このようにフリーアクセスで医療機関を利用できる国は、世界広しといえども日本くらいしかありません

日本の医療制度は先進国の中でも手厚い
日本の医療制度は先進国の中でも手厚い

たとえば、イギリスの公的医療制度(National Health Service=NHS)は、あらかじめGP(General Practitioner)と呼ばれる家庭医を住民が選んで登録し、日常的な診療はすべて家庭医が行います。救急車で運ばれるような緊急時を除いて、家庭医以外の病院を受診することは許されておらず、家庭医が専門的な治療が必要だと判断すると、大きい専門病院に紹介されるシステムになっています。イギリスでは、限られた医療資源を効率よく使うために、家庭医がゲートキーパー(門番)となって、大病院の受診に歯止めをかけているのです。

フランスはイギリスほど厳格ではありませんが、事前にかかりつけ医を登録することを、国民に義務づけています。かかりつけ医以外でも自由に受診できますが、その場合は自己負担額が高くなります。

先進諸国では、大病院へのアクセスになんらかのハードルを設け、国民が医療資源を効率よく利用するように誘導しているわけですが、これまで日本にはそのような歯止めはありませんでした。健康保険証があれば、大病院だろうと、診療所だろうと、ほとんど変わらない医療費で受診できます。

こうした制度のもとでは、「どうせ病院に行くなら、設備の整った大きなところで見てもらいたい」という人が増えるのは当然かもしれません。医療制度の設計、そしてブランド好きという日本人の嗜好も手伝って、大病院に患者さんが集中するようになってしまったのです。

ところが、軽症・重症にかかわらず大病院に患者さんが集中すると、困ったことも起きます。その最たるものが、病院で働く勤務医の労働環境の悪化です。

病院勤務医の4割は、1週間に60時間以上の勤務をしていますが、これは一般の労働者に置き換えると過労死認定基準をはるかに超えています。また、夜間に泊まり込んで診療をする当直をした翌日も、86.2%の医師が日常の診療にあたっています(独立行政法人労働政策研究・研修機構「勤務医の4割が週60時間以上の労働~『勤務医の就労実態と意識に関する調査』調査結果~」より)。

大病院ではスタッフの重労働が重なる
大病院ではスタッフの重労働が重なる

大病院では深夜だろうと入院中の患者さんの急変、救急車で運ばれてくる救命救急に対応していますが、そこで働く勤務医は24時間どころか、36時間の連続勤務を行うことも、稀なことではありません。そして、当直明けに十分な休養も取らないまま、通院患者の外来診療にあたっているのです。

勤務医の過酷な労働環境に加えて、喫緊の課題が「高齢化社会」への対応です。2025年になると、いわゆる団塊の世代全員が75歳以上の高齢者となり、2040年には高齢者数がピークを迎えます。2025~2040年にかけて、医療を必要とする人が急増するため、これまでのような医療体制では、病院のベッド数が大幅に足りなくなることが予想されているのです。

そこで、数年来、国が目指してきたのが医療機関の機能分化です。「大病院は、専門性の高い手術や化学治療」「診療所や中小病院は、慢性期の治療や日常的な健康管理」というように、症状に合わせて医療機関を使い分けてもらうように、国民を誘導しようとしています。それを実現するための政策が、2016年4月に導入された「紹介状なしの、大病院受診時の定額負担」です。

2016年4月から導入された、大病院受診時の定額負担

 通常、患者さんが医療機関の窓口で支払う医療費の自己負担額は、年齢や所得に応じてかかった医療費の1~3割だけです。でも、診療所や中小病院の医師の紹介状(診療情報提供書)を持たずに大病院を受診した患者さんからは、通常支払う窓口での一部負担金に加えて、一定額を徴収することが、病院に義務づけられたのです。

 定額負担の最低料金は、その病気ではじめて受診した「初診時」は5000円以上(歯科は3000円以上)。近隣の診療所や中小病院を大病院から紹介されたにも関わらず、個人の都合で2回目以降に受診した「再診時」は2500円以上(歯科は1500円以上)です。これは最低料金で、実際の金額は病院が独自に決めてよいことになっています。健康保険は適用されないので、全額自己負担になります。

2016年4月に、特別料金の徴収が義務づけられた大病院は、

①高度な医療を提供している大学病院や国立病院機構などの「特定機能病院」

②救急医療を行うなど地域医療に貢献している「地域医療支援病院」のうち、入院用のベッド数(一般病床)が500床以上の民間病院や、公立病院

の2種類です。

救急車で運ばれたり、難病の患者さんで、ほかに治療を受けられる病院がなかったり、緊急の場合ややむを得ない事情がある場合は、対象病院を受診しても特別料金は徴収されません。でも、その病院にかかる医療上の理由は薄いのに、「大きい病院のほうが安心だから」など、個人の都合で紹介状を持たずに大病院を受診すると、通常の医療費に加えて、特別料金が加算されるようになりました。

さらに、2018年4月、今年度からは対象病院が拡大され、「地域医療支援病院」のなかで、入院用のベッド数が400床以上の中規模病院を紹介状なしで受診すると、特別料金が徴収されます。

身近な診療所や中小病院で「かかりつけ医」を見つけよう

かかりつけ医を見つけよう
かかりつけ医を見つけよう

テルミさんが、何かあったら通っているという東京の大病院は、一般病床450床の民間病院で「地域医療支援病院」に指定されています。これまでは、紹介状なしで受診しても特別料金は徴収されませんでしたが、今年4月からは通常の医療費のほかに初診時5400円、再診時2700円が別途徴収されることになりました。数千円でも、度重なれば大きな出費になります。しかも、きちんと医療機関を選んで手続きを踏めば、本来なら必要のないお金です。

無駄な医療費を支払わないためには、日頃から信頼できる「かかりつけ医」の診療所や中小病院をつくっておくことが大切です。

医療機関の分類では、入院用のベッド数が20床未満だと「診療所」、20床以上が「病院」と呼ばれます。さらに、病院はベッド数がおおむね200床未満が中小病院です。医療機関の規模は、ホームページの「施設紹介」や「施設基準」といったところに記載されています。

また、医療機関の受け付けや会計をする場所などにも、施設基準は掲示されています。電話で問い合わせても教えてもらえるので、気になる人は受診前に確認してみるといいでしょう。

自分や家族の身体のことを何でも相談できる診療所や中小病院があると、日常的な病気の治療が受けられるだけではありません。医師と継続的な関係を築いておくと、日頃の観察から体調の変化も見つけてもらいやすくなり、大きな病気になったら適切な専門医も紹介してもらえます

かかりつけ医をもつ絶大なメリット

たとえば、かかりつけ医をもつと、こんなメリットもあります。

家の近所の内科クリニックを「かかりつけ医」にしているテルミさんの友人、マサミさん(52歳)は、定期的に受診して健康診断をしてもらっています。ある日、いつものように心電図をとってもらっていると、かかりつけ医が「心筋梗塞の兆候が出ていますね。紹介状を書くので、これを持って、すぐに○△大学病院の循環器科を受診してください」と言います。

日頃から継続的に受診していたことで、かかりつけの医師は、マサミさんの過去のカルテのデータと比較して、すぐさま「心筋梗塞の兆候」を見つけることができ、迅速な対応をしてくれたのです。かかりつけ医の紹介状があったおかげで、マサミさんは待たされることもなく、スムーズに○△大学病院を受診することができました。そして、すぐに心臓カテーテル手術が行われ、事なきを得たのです。

また、診療所や中小病院の医師に書いていただいた紹介状を持って大病院を受診すれば、特別料金はかかりません。紹介状を書いてもらうには、「診療情報提供料(Ⅰ)」という料金が2500円かかりますが、健康保険が適用されているので、自己負担額は70歳未満で3割負担の人は750円、70~74歳で2割負担の人は500円、75歳以上で1割負担の人は250円です。

直接、大病院に行くよりも医療費はかなり抑えられますし、何よりも医師同士のネットワークで専門医を紹介してもらえるので、安心です。

かかりつけ医に紹介状を書いてもらえば、いつでも大病院は受診可能

かかりつけ医から招待状を書いてもらって大病院へ
かかりつけ医から招待状を書いてもらって大病院へ

 なかには「5000円くらいなら、お金を払ってでも大病院を受診したい」と思う人もいるかもしれません。でも、「紹介状なしの大病院受診時の定額負担」は、日本の医療制度を持続可能なものにするために導入されたものです。必要な人に、必要な医療を提供するために、医療機関の機能分化を図るのは、定額負担導入の真の目的です。

 医療上の必要性は低いのに、「大きな病院のほうが安心だから」という個人の満足を得るために大病院を受診し続ければ、軽症患者で病院のベッドが埋まってしまいます。その結果、本当に専門的な治療が必要な人に、必要な治療が提供されなくなります。また、患者さんに悪気はなくても病院勤務医の労働環境はますます悪化し、日本の医療制度そのものがもたなくなる可能性があるのです。そうなれば、困るのは国民自身でしょう。

日本の医療制度は公的な健康保険を中心に運営されており、公共性の高い事業です。いうなれば税金と同じです。税金の無駄遣いが厳しくとがめられるように、国民みんなが保険料を出し合って運営している医療制度は、利用する人にも適切に医療資源を使うことが求められます。つまり、医療制度を利用する私達のモラルが問われているということなのです。

日本の医療制度の現状を知ると、「かかりつけ医は大学病院」と自慢することは、実は自分勝手で恥ずかしいことだということが見えてきます。

 治療の必要があり、かかりつけ医に紹介状を書いてもらえば、いつでも大きな病院を受診することができます。医療機関は症状に応じて使い分けるようにするのも、大人の女性ならではの嗜みです。そのためにも、まずは何でも相談できる「かかりつけ医」を見つけるようにしてみてくださいね。

この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。