イタリアの中でも、サルトリア文化が今も根強く残るのがナポリである。家族経営の小さなサルトリアであっても、うまく生き残りながらナポリ仕立ての技術は連綿と受け継がれてきた。このシリーズに登場したルカ・グラッシア氏やニコラ・ラダーノ氏ら、新世代の活躍によって、ナポリのものづくりは、いかに幅広い層の職人たちが支えていることが詳らかになった。イタリアの他の地域に比べれば、ナポリには、まだまだ腕のいいサルトたちが溢れているのだ。

 今回は、スーツ、ジャケット、パンツを中心に展開する「プリンチぺ・デレガンツァ」とエレガントなシャツづくりで俄然注目が集まる「ボリエッロ」というブランドをご紹介する。

まずは、立ち上げてから10年を経て、いよいよ日本にもその名が浸透しつつある「プリンチぺ・デレガンツァ」。ゼネラル・マネージャーを務めるエンリコ・マンツォ氏に、その実力を伺った。

女性職人の腕と目線が発揮された「プリンチぺ・デレガンツァ」

「プリンチぺ・デレガンツァ」でゼネラル・マネージャーを務めるエンリコ・マンツォ氏。豊富な営業経験を生かした巧みな話術で、ブランドの特徴をわかりやすく語ってくれた。
「プリンチぺ・デレガンツァ」でゼネラル・マネージャーを務めるエンリコ・マンツォ氏。豊富な営業経験を生かした巧みな話術で、ブランドの特徴をわかりやすく語ってくれた。
「プリンチぺ・デレガンツァ」は2018年4月、イセタンメンズで初のトランクショーを開催した。
「プリンチぺ・デレガンツァ」は2018年4月、イセタンメンズで初のトランクショーを開催した。

 1960年生まれのエンリコ・マンツォ氏は、30年にわたりファッションビジネスに携わってきた辣腕経営者。そのうちの20年、シャツの名ブランド「ルイジ・ボレッリ」でゼネラルマネージャーを務めた。ビジネスばかりでなく、服のつくりからダンディな着こなしまでも知り尽くした洒落者でもある。

 2008年に「プリンチぺ・デレガンツァ」を立ち上げた。マンツォ氏がビジネスパートナーに選んだのが、「ルイジ・ボレッリ」で仕事を共にしてきた女性職人のアントネッラ・デ・ローザ氏。「キートン」「アットリーニ」「ルイジ ボレッリ」で技を磨き上げたキャリア40年となる腕利きである。マンツォ氏は、自分とデ・ローザ氏の経験を生かせば、最高の「ナポリスタイル」が表現できるのではないか、と考えたのだ。

 ブランド名の「プリンチぺ・デレガンツァ」は、無声映画時代から大活躍したナポリきっての名優、アントニオ・デ=クルティスをヒントにした。通称、トトと呼ばれたナポリの大スターは、「喜劇の王子」として人気を博し、親しまれてきた。イタリア語で王子とは、プリンチぺ。さらに、トトの着こなしは抜群にエレガントだったことから、「エレガントな王子」を意味する「プリンチぺ・デレガンツァ」と命名したのである。

 肝心の服づくりは、アントネッラ・デ・ローザ氏の指揮の下、腕のいい職人たちをふたつのパートに分けて製作する。

「ひとつはジャケットづくり。もうひとつは、パンツの生産です。ナポリのサルトリア文化は、ジャケットを専門につくるサルトと、パンツづくりのパンタロナイオという職人に分かれていることから、「プリンチぺ・デレガンツァ」も、その伝統を踏襲しています。ほとんどの職人は、型紙づくりから裁断、縫製、アイロンがけのフィニッシングまで、すべての仕事をこなす技量を持っていますが、得意なパートに職人を配置して、より完成度の高い服づくりを心掛けています」

 より厳密には、ジャケットの袖つけさえも、職人ひとりずつ左右に分かれて縫製することもある、とマンツォ氏は言う。

「プリンチぺ・デレガンツァ」の服の魅力について、マンツォ氏はこう語る。

「手縫いのボタンホールや、ステッチを効かせたラペルなど、目に見える部分を美しく仕上げること。そして、ジャケットを着用したときに感じられる、軽さや体になじむやわらかさが表現されていることです。パンツもものづくりの哲学は共通し、縫製やラインが綺麗なこと、脚の形状に合わせたはき心地のいい仕立てであることです。また、世界的に優秀なテーラーは、ほとんどが男性です。その状況にあって、女性職人のアントネッラ・デ・ローザの存在は大きい。服づくりは伝統的でも、服を見る目は女性からの目線。他のブランドにはまずありえない個性が、ここにも秘められています」

 伝統的なサルトリアと小さなファクトリーとの間に位置する規模の「プリンチぺ・デレガンツァ」。双方の長所をうまく引き出した服づくりは実にバランスがよく、ナポリ仕立ての新しい潮流を生み出している。

優秀な職人たちを各人が得意とするパートに配置し、完成度を高めていると語る、マンツォ氏。
優秀な職人たちを各人が得意とするパートに配置し、完成度を高めていると語る、マンツォ氏。
クラシカルなディテールのパンツはとても柔らかく、軽いはき心地。
クラシカルなディテールのパンツはとても柔らかく、軽いはき心地。

生地の合わせも完璧な「ボリエッロ」

「ボリエッロ」のファビオ・ボリエッロ氏。涼しげな着こなしが実に決まっていた。
「ボリエッロ」のファビオ・ボリエッロ氏。涼しげな着こなしが実に決まっていた。
「ボリエッロ」のトランクショーは5月に開催された。
「ボリエッロ」のトランクショーは5月に開催された。

  一方、新鋭のシャツブランド「ボリエッロ」。新鋭といいつつも、創業したのは1977年。ブランドの経営を担当し、セールスマネージャーを務めるファビオ・ボリエッロ氏の母親が、一部の知り合いにシャツをつくり出したのがブランドの始まりだ。やがて、有名ブランドの下請けとしてもシャツをつくり、腕のいい職人を集めてシャツ工房を確立した。

「すべての工程において、職人の手わざによるシャツづくりが、『ボリエッロ』の特徴です。工場には約30名が働き、15人程度の外部の職人が縫製を手がけます。工場でつくった襟や袖などと、外注先から上がったパーツをアッサンブラージュ(※1)による生産方法で仕上げます」

 シャツづくりで難しい部分は、生地の柄合わせ。極細のストライプや細かいチェックももちろん、柄がピッタリとそろう縫製技術は「ボリエッロ」の真骨頂である。

 シャツの基本モデルは、3つのシルエットを用意する。そのほか、イセタンメンズで展開するシャツは、日本人の体に合わせ、なおかつ、美しいラインを形成したエクスクルーシブモデルもそろえる。

「襟回りの縫製は、すべて手縫いです。第1ボタンを外しても、綺麗に襟が立つパターンをつくり出しました。襟やカフの芯地は、極薄のフラシ芯(※2)を使用しているため、着用するとしなやかに体になじみ、やわらかく包み込むような心地のいい感触が得られます」

 袖付けは、ジャケットの仕立てと同様に、身頃に袖を後付けすることで、快適な腕振りが可能になる。腕を上にあげても身頃の生地がひっぱられにくい、伝統的なナポリのシャツ仕立てを取り入れている。イセタンメンズのエクスクルーシブモデルは、襟や袖付け、ボタンホールなど、10か所が手縫い。より贅沢なシャツに仕上げている。

 エレガントなドレスシャツ以外に、デニムやシャンブレーなどの生地でスポーティなシャツも魅力な「ボリエッロ」。しかし、ファッション性を意識したカジュアルなシャツではなく、ナポリ伝統の技を生かすことがブランドの矜持だ。

 取材当日、ボリエッロ氏が着用していたのが、シャンブレーのスポーティなシャツ。パターンや縫製など、ドレスシャツと変わらないつくりが、軽快なだけのカジュアルシャツと一線を画す。コットンスーツにシャンブレーのシャツを合わせ、タイドアップしたスタイルは、スポーティななかにドレッシーな色気を残す、まさにナポリ男の粋な着こなしだ。

(※1)各パーツを縫い合わせて、調和を持たせた一枚の服に仕立てること。
(※2)接着剤を使わずに縫製のみで付けられる芯地のこと。
トランクショーでは襟型や生地見本を豊富に展示。英国を代表する「トーマス メイソン」の上質なエジプト綿も選べる。
トランクショーでは襟型や生地見本を豊富に展示。英国を代表する「トーマス メイソン」の上質なエジプト綿も選べる。
柔らかく、体に馴染む「ボリエッロ」のシャツは、ナポリスーツと合わせることで最高のエレガンスをまとう。
柔らかく、体に馴染む「ボリエッロ」のシャツは、ナポリスーツと合わせることで最高のエレガンスをまとう。

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この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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