基本的なビジネススキルは身についており、さらに仕事の経験もある程度積んだ40代のうちにぜひ学びたいスキルのひとつが、交渉力、ネゴシエーション能力です。今回は、ビジネススクールで知られるグロービスで講師として活躍する鳥潟幸志さんに、交渉力とは何か、そしてそのスキルを高めるための方法を教わります。

40代が身につけるとメリットしかない「ビジネス交渉力」

今回は、一般事務職の聡美さん(42歳)という女性の事例をもとに、交渉力について学んでいきましょう。

【ケーススタディー】独身で一般事務として、都内にあるIT企業の中規模企業に15年間勤務。契約書や納品書の作成、コピーやファイリング、電話・メール対応などが基本的な業務内容です。事務のチームは現在4名。聡美さんは4名の中でも年功序列でリーダー的存在です。お人好しで少しおせっかいと思われるくらい、お世話好き。社内では頼れるお姉さん的存在でもあります。しかしふと頭をよぎるのが、将来のこと。これからの老後のことも考え、そろそろ貯金を真剣に始めたいと思っています。当面の目標は、さらに年収を上げること。聡美さんの現在の年収は400万円。目標は10~20%アップです。

そこで聡美さんは昇給を狙い、ここ1~2年の間、関係部門とコミュニケーションを取りながら、事務だけに関わらず積極的に業務全般を効率化するために動きました。結果、部署内の残業削減など、多くの良い結果を生み出しました。また、さらなる業務効率化のプランも考えているようです。

昇給の交渉は可能?

ミューディング風景
昇給の交渉は可能?

このような聡美さんの現状から、昇給の交渉は可能なのでしょうか? ビジネススクールで知られるグロービスで講師として活躍する鳥潟幸志さんは次のように話します。

「聡美さんは、業務効率化の明確な成果を挙げたことから、人材価値が高まっている状態です。うまく行えば上司などへの交渉による昇給が成功する可能性はあるでしょう。

昇給の際に必要とされる交渉力も、関係部門を巻き込んで仕事を進める上で必須となる交渉力も根本的には同じスキルですし、このスキルはどこの職場でも求められるポータブルスキルの一種となります。ぜひ交渉力を高めるように取り組んでみましょう」(鳥潟さん)

まず、「交渉力」とはどのようなもの?

パソコンを使う女性の手元
「交渉力」とは?

それでは交渉力について学んでいきましょう。

まず、交渉力とはどのようなものなのでしょうか。

「『交渉』とは、『利害関係のある2者(もしくは複数)が、互いの意見、要求を主張して、最終的な妥結点に到達するプロセス』であり、『交渉力』とは、それを円滑に進めるスキルといえます」(鳥潟さん)

交渉力はあらゆるシーンで使える!

社外ミーティングする男女
交渉力はあらゆるシーンで使える!

交渉力はどのようなシーンで使うことができるのでしょうか。

「交渉力は、今回のような昇給の交渉のほか、上司と目標設定についての面談をするときや、同僚に何か仕事を依頼するとき、また顧客からクレームが来た際などにも使うことができます。また、プライベートでも、ご家族と行く旅行先を決めるときや、ボーナスの使い方を決めるときなどいろいろなシーンで活用できると思います」(鳥潟さん)

「交渉」が苦手なイメージを払拭しよう!

「交渉」というと、イメージ的に苦手意識がある人もいるかもしれません。この点、どのように考えればいいのでしょうか。

「交渉というと『どちらがどこまで譲るかのせめぎあい』『いかにして自分に有利な結果を導くかが重要』などと考える方もいるかもしれませんが、これらはなんだかあまり気持ちのよいものではありませんよね。

本来、交渉とは『両者にとってWin-Winとなる結果を探す』『交渉を通じて、お互いが得られる価値の合計を最大化する』ものです。つまり自分の利益だけを追求するものではないことに留意してください。

次に、交渉のメリットについても考えてみましょう。先ほどもお伝えした通り、交渉力というのは環境の影響を受けにくいポータブルなスキルであり、それ自体が皆さん自身の人材価値を高めるものとなります。また、仕事でもプライベートでも、交渉をうまく進めることで自身の立場をより望ましい方向に変化させていくことができます。所属する組織にとっても、皆さんの交渉によって事業から得られる価値を最大化できたり、皆さんの属する組織の印象を良くしたりすることもできます。

そんな風に考えると、交渉という言葉の持つ意味合いも新鮮に捉えることができるのではないでしょうか」(鳥潟さん)

交渉のやり方の基本

ミーティング風景
交渉のやり方の基本

交渉力は、何より自分の人材価値を高めることのできるスキル。ぜひ交渉力アップのためにも、目の前の交渉に取り組んでみましょう。そこで、聡美さんのケースにおいて、具体的な交渉のやり方として基本的なところを鳥潟さんに教えていただきました。

「聡美さんは、関係部門とコミュニケーションを取りながら積極的に業務全般を効率化していき明確な成果を挙げられました。この成果により、現在より5%高い給与で他社からの転職のオファーをいただいている状況だとします。また、昨今の人材市場の状況を踏まえ、聡美さんと同様のスキルを持った方を、現在の聡美さん相当の給与で採用することは困難な状況だとします」(鳥潟さん)

交渉で提示する希望額の範囲を決める

「関係者としては、上司・転職想定先・聡美さんの3者が存在し、論点として聡美さんの給与に焦点が当てられます。転職想定先からは、聡美さんの5%の昇給を提示されているので、聡美さんはこちらを最低条件に交渉を開始することができます。もちろん、現在の勤務先に転職想定先のことは言わなくてよいです。

一方、一般的な給与の上限としては『同等のパフォーマンスを発揮できる人材を獲得する際に、いくらの給与で採用を行うことができるか』というラインになってきます。このあたりは人材会社などと相談して情報を入手することができます。他者を採用するときの想定給与が、想定転職先からの提示額を上回る場合、転職先提示額から一般の採用想定給与までの範囲が交渉可能なゾーンとなります。ここをまずは押さえておきます」(鳥潟さん)

交渉相手の上司が、自分のどの価値を重視しているのか把握する

「続いて、上司があなたの仕事において重視している価値としてどんなものがあるのかを押さえておき、それをポイントにして交渉の際、上司に伝えることが大切です。すでに聡美さんは業務全般の効率化を進めていますが、その中でも特に上司が注目している部分を探ってみましょう。例えば業務効率化による部署内のメンバーの残業代が30%削減できた、業務品質の向上により顧客からのクレームが40%減った、周囲と不調和をきたしていたメンバーが部門全体の中で仕事をスムーズに進めることができるようになったことなど、さまざまな可能性が考えられますが、相手が何を重要な価値として認識しているかを理解することが重要です。あとは、そのポイントをしっかりと伝えていくことで交渉を進めることができるでしょう」(鳥潟さん)

交渉例

「私は今後も、この会社で成果を出していきたいと思っています。ここまで関わった業務効率化により部門内の残業時間を30%削減し、業務品質向上により顧客からのクレームを40%削減することに成功しました。もしご検討いただけましたら、この成果を今後の給与面にて評価いただくことはできますでしょうか。希望の昇給率は10%アップです。さらなる業務効率化のプランも持っておりますので、会社へとさらに貢献できるのではないかと考えています」

交渉力を高めるポイント

パソコンや電卓などのオフィスツール
交渉力を高めるポイント

これから交渉力を上げていきたいと思ったら、どのようなことを意識するといいのでしょうか。心構えとして、次の4つのことに気を付けるといいと鳥潟さんは話します。

■1:積極的に準備をする
交渉前に、交渉に必要な事項を整理し、可能な限り事前に準備を行いましょう。

■2:目標を高く設定する
交渉する事柄の安易な妥協は避けましょう。交渉とは問題解決のために相手と行う共同作業です。目標は高く設定することが大切です。

■3:相手の話に耳を傾ける
交渉中は、短期的に相手をやりこめても得はしません。相手が何を求めているのか、傾聴を行い、理解するよう努めましょう。

■4:誠実でいることを心がける
短期的に相手をだましても得はしません。交渉の駆け引きと誠実さは両立します。交渉においては常に誠実でいることを心がけましょう。

聡美さんは交渉の結果、交渉での提示通り、10%の昇給に成功しました。まだまだ目標には届かないですが、今後、ますますキャリアを積んで、会社に貢献していけばさらなる昇給は期待できます。

いかがでしたでしょうか。交渉は日常のあらゆる身近なところにあり、交渉力はどこへ行っても使える重要なスキル。40代から交渉力を磨くことに、この先、決して損はありません。

どのようなスキルも、何歳からでも始められ、また高めていくことができます。ぜひスキルアップとキャリアアップに対して前向きに取り組んでいきましょう!

鳥潟幸志氏
鳥潟幸志さん
グロービス講師
(とりがた こうじ)埼玉大学教育学部卒業/グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了 学位:MBA サイバーエージェントで金融・旅行・サービス業のネットマーケティングの支援後、デジタル・PR会社のビルコム株式会社を共同創業。取締役COOとして、新規事業開発、海外支社マネジメント、営業、人事、オペレーション等、経営全般に10年間携わる。グロービス参画後、現在は『グロービス学び放題』の事業リーダーを務めるほか、グロービス経営大学院や企業研修において思考系、ベンチャー系等のプログラムの講師や、大手企業での新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師として、ファシリテーションを行う。 
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
WRITING :
石原亜香利