帝都・東京を訪れる国内外の賓客のため、明治時代中期、帝国ホテルは開業した。今も変わらぬ最高級のホスピタリティと交通至便な立地から、ここを定宿とした文豪は数知れない。終生ダンディズムを貫き通した吉行淳之介もそのひとりだ。

吉行淳之介が毎晩のように訪れた「オールドインペリアルバー」

店内左奥の壁には帝国ホテルの歴史が佇む

店内に入って左奥の壁には、旧帝国ホテル本館「ライト館」に用いられていた大谷石と壁画の一部が移設されている。ホテルの歴史を物語る空間には、昔の格調高い空気が流れているようだ。
店内に入って左奥の壁には、旧帝国ホテル本館「ライト館」に用いられていた大谷石と壁画の一部が移設されている。ホテルの歴史を物語る空間には、昔の格調高い空気が流れているようだ。

彼は部屋で執筆しながら、毎晩のように「オールドインペリアルバー」を訪れていた。酒と女を愛し、粋で鳴らした文豪も、このバーに来るときは主に仕事関係者を伴っていた。そして、注文するのはいつも「トマビー」。これは、ビールをトマトジュースで割った「レッドアイ」と呼ばれるビアカクテルだが、彼独自の呼称としてバーで通じていたそうだ。

当時のことを知るスタッフは、吉行淳之介についてあまり目立った印象がないという。おそらく、周りに気を使い、バーの雰囲気に合わせて、気配を殺していたのだろう。そのありようは、場をわきまえた真の伊達男としての矜持を教えてくれるものだ。吉行淳之介が通った「オールドインペリアルバー」には、古い時代の空気が流れている。

その所以は内装にある。帝国ホテルといえば、フランク・ロイド・ライトが設計した旧本館、通称「ライト館」。幾何学的な模様を取り入れたモダニズム建築は、まさに迎賓館のようだった。しかし、老朽化のために閉鎖され、ライト館の意匠はこのバーに移されたのだ。

店内の壁には、ライト館を覆っていた大谷石(おおやいし)やスクラッチタイルの壁がはめ込まれている。インテリアやランプシェード、グラス類にもライトのデザインが用いられ、新しいものには決して出しえない重厚さと洒落っ気を感じさせてくれている。

古きよき時代のエッセンスになごむ

ライトらしい幾何学的デザインのイスや照明。古き時代にひたりながら、グラスを傾けたい。
ライトらしい幾何学的デザインのイスや照明。古き時代にひたりながら、グラスを傾けたい。

もうひとつ目を引くのが、広い店内を一直線に横切るように配されたカウンター。19の席ごとに丸いピンスポットが等間隔に当たっている様子は、酒を飲む時間をよりいっそう心躍るものにしてくれるだろう。

テーブル席でライトの功績に触れるもよし、カウンターに陣取り、バーテンダーのアドバイスに耳を傾けながら好みのシングルモルトウイスキーを見つけるもよし。男の隠れ家にふさわしいこのバーでは、思い思いの過ごし方が楽しめるのだ。

名作と酒、その密なる関係

  • 吉行淳之介が愛飲していた「トマビー」(レッドアイ)
  • オリジナルのグラスに注がれた「ラガヴーリン16年」。「柿ピー」はこのバーで考案されたもの。
吉行淳之介
(よしゆき・じゅんのすけ)
詩人吉行エイスケと美容師あぐりの長男として1924年に生まれる。妹に女優吉行和子。東京大学に入学するも戦争の影響で中退。アルバイトの延長で新太陽社に入社し、編集のかたわら小説『原色の街』を書く。昭和29年、『驟雨』で第31回芥川賞を受賞し、執筆活動に専念。酒と女にまつわる私小説的な文学作品をはじめ、酒との深いつきあいを物語る『ダンディな食卓』『酒中日記』や、軽妙なタッチの『軽薄のすすめ』などの随筆も数多く残す。1994年、肝臓がんのため永眠。

問い合わせ先

  • 帝国ホテル TEL:03-3539-8088
  • 住所/東京都千代田区内幸町1-1-1 帝国ホテル東京本館中2F
  • 営業時間/11:30~24:00 L.O. 無休 席数/72
    アクセス/地下鉄「日比谷」・「内幸町」駅より徒歩3分、JR「有楽町」駅より徒歩約5分。JR「東京」駅より車で約5分

※2008年秋冬号取材時の情報です。

この記事の執筆者
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2008年秋冬号より
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小西康夫
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