アンドリュー・ロイド・ウェバー版がケン・ヒル版にヒントを得て作られたのは、比較的知られた話かと思う。1976年初演のケン・ヒル版が、既存のクラシック楽曲のメロディを使う現在のスタイルに改訂されたのが1984年。そのヴァージョンを観たロイド・ウェバーとプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュが、一旦はケン・ヒルに共同制作を持ちかけたものの、結局は自分たちだけで別物を作ったという話。

くすくす笑いながら楽しむ知的なファントムを見逃すな!

ファントム役は、ロイド・ウェバー版ファントムをウェスト・エンドで最も多く演じているジョン・オーウェン=ジョーンズ。©ヒダキトモコ
ファントム役は、ロイド・ウェバー版ファントムをウェスト・エンドで最も多く演じているジョン・オーウェン=ジョーンズ。©ヒダキトモコ

 結果的には、ご承知の通りにロイド・ウェバー×マッキントッシュ組は大成功を収めるわけだが、そうしたことよりも面白いのは、ふたつのバージョンのテイストの違いに、ケン・ヒルとロイド・ウェバーの演劇観の違いがはっきりと表れている点だ。

 ロイド・ウェバー版は、どこまでもシリアスでセンチメンタル。それに比べてケン・ヒル版は、センチメンタルな怪人の悲劇を上演する自分たちをユーモラスな視点で見ている感じ。知的な自己批評性を備えた舞台と言ってもいい。ちなみに、モーリー・イェストン版のテイストはロイド・ウェバー版に近い。ケン・ヒル版だけが異色なのだ。

観客の想像力を刺激するケン・ヒル版は笑いながら楽しめる

©ヒダキトモコ
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 劇作家・演出家であったケン・ヒルは「ロンドン・フリンジの鬼才」と呼ばれたらしい。ロンドンでフリンジと言えば小劇場のこと。ニューヨークで言うところのオフやオフオフ・ブロードウェイにあたる。小規模だが、先鋭的で、ややマニアックな演劇好きに支持される舞台。それがケン・ヒルの持ち味ということだろう。

 実際、ケン・ヒル版『オペラ座の怪人』も、多くの役者は登場せず、驚くような大がかりなセットはない。が、観客の想像力を刺激する演劇的な楽しみは盛りだくさん。多彩なギャグもちりばめられている。“あの”(バラさないが)シャンデリアのネタも明らかに後から付け加えたパロディだろう。終盤のファントムの結婚式でのシリアスとギャグの混然一体ぶりなど、他のバージョンでは考えられない傑作シーンだ。

 加えて、古典的オペラのメロディに自前の詞を乗せて使うという発想の独自性。場所がオペラ座なだけに設定との親和性が高いのはもちろんだが、半ばコメディのドラマ部分との落差も得も言われぬ効果を生んでいる。もちろん、純粋に役者たちの歌も聴きもの。でもって、目玉のファントム役が、ロイド・ウェバー版ファントムをウェスト・エンドで最も多く演じたというジョン・オーウェン=ジョーンズだというのがシャレている。

 ハロルド・プリンスの施したロイド・ウェバー版の、これでもかという大仰なジェットコースター的演出に乗せられて、想像力を1ミリも使うことなく終点まで連れていかれるのに飽き足らないミュージカル好きには、ぜひともケン・ヒル版を観ていただきたい。

 くすくす笑いながらの2時間半、楽しむうちにアッという間に過ぎ去ることだろう。

『オペラ座の怪人~ケン・ヒル版~』応援サポーターの遼河はるひさん(左)と別所哲也さん。©ヒダキトモコ
『オペラ座の怪人~ケン・ヒル版~』応援サポーターの遼河はるひさん(左)と別所哲也さん。©ヒダキトモコ

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この記事の執筆者
TEXT :
水口正裕 ミュージカル研究家
2018.9.14 更新
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」