珍しい苗字の人に出会ったとき、その由来が気になったことはありませんか? また「古風な名前だから由緒ある家柄の出身なのかも」など、苗字からその人の出生をなんとなくイメージすることもあるかもしれません。

そこで今回は、お金持ちそうな印象を持ちやすい苗字の由来を調査! すると字面からは想像もできない、意外な由来が多数ありました。お話を伺ったのは姓氏研究家の森岡 浩さんです。さらにご利益のありそうな苗字など、ご紹介するさまざまなユニークで珍しい苗字にもご注目ください。

■1:同じ「財」でも、財前さんは田んぼ、善財さんはお金

まずは「お金持ちそう」という印象を抱きやすい苗字の由来を調査しました。今回ピックアップしたのは、gooランキングで2017年9月2日に発表された「お金持ちそうな苗字ランキング」にて、1位から3位を占めた苗字「伊集院」、「西園寺」、「財前」の3つです。どれも高貴な響きが特徴の苗字ですが、果てしてそのルーツとは?

伊集院(いじゅういん)

「伊集院」は鹿児島県発祥の苗字。薩摩国日置(ひおき)郡に置かれた伊集院村に由来します。

「『伊集』とは、堅固でさまざまな用途に使えるため重宝されたコナラ(ドングリが実る樹木)の別名『柞(イス・イスノキ)』の当て字。イスが生える土地であり、税として納められた米を貯蔵する倉院が置かれたことから、『イスイン』と呼ばれるようになりました」(森岡さん、以下同)

その後、時代と共に現在の「いじゅういん」という読み方へと変化。そして、この土地を拠点とした島津氏の子孫が名乗ったことで伊集院姓が誕生したとされています。

西園寺(さいおんじ)

「西園寺」のルーツは朝廷に仕えた公家・西園寺家の一族です。

「もともとは藤原の流れをくむ家系ですが、鎌倉時代の京都府に西園寺を建立したことが由来となります。西園寺一族は現愛媛県である伊予に栄え、近年も愛媛県に多くみられる苗字になりました」

愛媛県の宇和島城は西園寺氏家臣の西園寺宣久が居城とした歴史がある
愛媛県の宇和島城は西園寺氏家臣の西園寺宣久が居城とした歴史がある

財前(ざいぜん)、善財(ぜんざい)

「財前」は「財」の「前」に屋敷を構えていた一族が名乗ったことに由来します。

「財前家は近世で農家(庄屋)だったと伝えられていることから、この『財』とはお金ではなく、所有する田んぼのことであったと考えられます。 貨幣経済が広く浸透したのは近世以降なので、それ以前はモノが財産として価値を持つ時代でした。そうしたなか、最も財を生み出すとして重宝したのは田んぼ。財前は、そんな歴史の背景から誕生した名前といえるかもしれませんね。またこのことから、『広田』『富田』などの苗字は財力がある家の証だったと想定できます」

一方で、同じ「財」の字と「ぜん」の読み方を持つ苗字「善財」はお金が由来しています。

「ルーツは南北朝時代に吉野朝廷に属していた人物。この人物が戦で長野県下伊那郡大鹿(しもいなぐんおおしか)の大河原城に籠城した際に、兵糧の乏しいなかでも財(当時のお金)を貯えたことを殿様から褒められ、善財という苗字を賜ったと伝えられています」

ちなみに成果をあげたことへの褒美として与えられた苗字の中には、徳川家康にお粥を振る舞ったことで賜った「小粥(おかい、こがゆ)」というユニークなものがあるのだとか。

小粥家の家紋はお椀に箸を一膳乗せた形だそう
小粥家の家紋はお椀に箸を一膳乗せた形だそう

■2:金持さんが持っていた「金」とは鉄のこと!

続いては、お金と関連がありそうな「金持」と「金箱」のルーツを森岡さんに教えていただきました。いかにもリッチなこのふたつの苗字は、ご先祖様がお金持ちだったことに由来するのでしょうか?

金持(かねもち、かもち)

「金持」の由来は「金」を「持っている」ことですが、森岡さんによるとこの「金」とはお金ではなく、実は「金属」のこと。

「古代では金属、特に鉄は貴重なもので、鉄の産地は重要な場所でした。こうした鉄の産地は『金持』と呼ばれ、ここで製鉄業に携わった方が名乗り始めたのが苗字のルーツ。現在では秋田県に多い苗字で、東北北部、関東南部、阪神地区、広島、北九州などの地域でもみられます」

金箱(かねばこ、かねはこ)

「お金がたくさん詰まった金庫を連想してしまう『金箱』は、長野県の長野市や佐久市に見られます。ルーツは長野市内にある金箱という地に由来すると言われますが、地名の詳しい由来はわかっていません」

リッチな苗字の方は「お金持ちなの?」と聞かれることもよくありそう?
リッチな苗字の方は「お金持ちなの?」と聞かれることもよくありそう?

■3:公家といえば京都?実は苗字の数は少数

昔のお金持ちといえば、公家の家系。朝廷に仕え政務にあたった公家は、長きにわたり日本の政治の中心であった京都と深い関わりを持っています。そこで、京都で生まれた公家の名前をご紹介いただきました。

「京都は碁盤目状に街路が広がり、東西を結ぶ道を『条』、南北を結ぶ道を『大路』『小路』と呼びます。苗字は住んでいた土地の名称から由来することが多いため、公家の屋号も『条』、『大路』、『小路』がつくものが多くなり、そのまま苗字となりました。

『〜条』とつく苗字は『一条』から『九条』までの9家と『三条西』の1家があり、『〜小路』とつく家は、『油小路』、『綾小路』、『梅小路』、『押小路』、『錦小路』、『万里小路(までのこうじ)』の7家。さらに『〜大路』とつくのは、『西大路』の1家のみで、合わせると18種類ほど。江戸時代の公家は140家ほどあったそうなので、「条」や「小路」「大路」のつく苗字が特別に多いわけではありません」

ちなみに森岡さん曰く、公家や大名の子孫であっても、苗字ができた時代から数百年の間に栄枯盛衰があるため現在は必ずしもお金持ちというわけではないそう。それでも日本らしい公家の雅な苗字の響きに、わたしたち日本人は魅力を感じてしまうのかもしれませんね。

■4:福家、幸福、大吉……あやかりたくなるラッキーな苗字

最後に、思わずあやかりたくなるような縁起の良い苗字のルーツを調査しました。

「吉」がつく苗字の由来2パターン

吉田、吉川、吉原など、幸運を示す「吉」を用いた苗字はたくさんあります。縁起を担いでつけられた苗字ですが、成り立ちにはふたつのパターンがあるそうです。例えば「吉田」はその字の通り、「実りの多い田んぼになりますように」という願いを込めてつけられたケース。もうひとつは植物の「葦(アシ)」に因んだケースです。

「『アシ』は特別な植物ではありませんが、アシが『悪し(あし)』と同じ発音のため、関西では縁起を担いで『ヨシ(=良し)』と言い変えていたそう。この『ヨシ』が茂っている場所は吉川、吉原と呼ばれ、他の苗字と同じように、その地名から『吉川』や『吉原』といった苗字が誕生しました」

アシ。『古事記』や『日本書紀』では日本を「葦原中国(あしはらのなかくに)」と呼んでいる箇所もあるほど、古来から根付く植物
アシ。『古事記』や『日本書紀』では日本を「葦原中国(あしはらのなかくに)」と呼んでいる箇所もあるほど、古来から根付く植物

福家(ふけ)

福家(ふけ)は、香川県に多くみられる苗字です。幸福が次々に舞い込んできそうなイメージですが、実はこの「福」は「幸福」とは関係のない当て字。

「稲作に適している低湿地を西日本では『ふけ』と呼ぶことが多く、香川県ではそのような場所に『福家』という漢字を当てました。その周辺に住む人が『福家』を名乗ったのが由来です」

ちなみにルーツは不明ながらも、「幸福」「出世」「大吉」などのおめでたい苗字もあります。

「こんな苗字を持つ人がいるんだよ」と誰かに教えたくなる、ユニークな苗字の数々。その成り立ちには、予想もつかないような由来もありました。みなさんの名前にも、驚くような由来があるかもしれません。もしかしたら意外なご先祖様にたどり着く可能性も? 気になった方はぜひリサーチしてみてはいかがでしょうか。

森岡 浩さん
姓氏研究家
(もりおか ひろし)1961年高知県生まれ。早稲田大学卒。日本人の苗字に関する研究を独学で重ねる。NHK『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ! 』にレギュラー出演中。著書は「苗字でわかるあなたのルーツ」など多数。

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この記事の執筆者
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WRITING :
石水典子
EDIT :
大村実樹(東京通信社)
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