60年代初期、『キャンベルのスープ缶』で芸術家としてデビューをはたし、成功への道を歩み始めたころ、ウォーホルが好んで着たのはアーティスト風のスタイルだ。

『伝記ウォーホル』(文藝春秋刊)によれば、「黒のレザージャケットに黒のブーツを愛用、いつでもどこでもフランスの船乗りが着る横縞のTシャツを着ていた」とある。作品同様、そのスタイルにおいても同じ着こなしを繰り返し見せることで、そのイメージを人々に植えつけた。

スタイルで自らをつくったアンディ・ウォーホル

ジーンズを愛した世界的ポップアーティスト

写真:GRANGER.COM/アフロ

70年代に入り、彼がよく見せていたのが、ブレザーにボタンダウンシャツ、ボトムスはジーンズにローファーやスニーカーという、当時としてはかなり破天荒なスタイル。今ではだれもがやっているような着こなしだが、ベーシックなモノ=服を独自の感性で組み直し、ある種のアイコンにする手法は、彼の作品のコンセプトと同じ。しかし当時、それを先んじて実践できる感覚はただ者ではない。

ウォーホルは、自身の著書で「ぼくもジーンズみたいなものを発明したかった」(『ぼくの哲学』新潮社刊)と語るほどジーンズには心酔していた。彼が好んではいたのはリーバイス。アメリカの大量生産の象徴ともいえるが、同じものが機械のごとくつくられ、消費され、それでも決して消えないリーバイスのジーンズに、ウォーホルは「永遠」を見たのではないか。

同じ著書で、「ブルージーンズを穿いて死にたい」と語ったウォーホルは、1987年、機械のスイッチを切るように、突然この世を去る。しかし彼の作品が永遠の輝きを持つように、彼の容姿も、生き様も、人々の記憶から消え去ることは決してないだろう。

※2011年秋号取材時の情報です。
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