地方出張の仕事を終えて赤煉瓦のバーに入
った。
小さな店内に立つ髪のほとんどない老バー
テンダーは、白シャツ、
タンチェックのベストがよく似合う。
ものを注文して見渡すと、
棚の他はいたって質素だが、
活けた真っ白な花束三つが華やかだ。
問わず語りに彼は話した。自分は貧しい家
に生まれ、
めに勤めて料飲部に配属されバーテンダー修
業。
た。
通ってくれるようになった
て立ち仕事はつらくなり閉店を決めると、
くつも花束が届き、こうして飾っている。
酒棚の隅に大切そうに置かれた額入りの白
黒写真は、
「あれは？」
「姉です」
幼い時に父はどこかに消え、
姉と自分を育ててきたが病死。
は懸命に働き、高校だけは行かせてくれた。
「よい縁談もあったが、
ではと断ったこともあったようです」
そして自分が自活するのを見届けるように
独身のまま亡くなったと
育てられました」の言葉が重い。
私は何か得意なものをと注文した。
ではと並べたのはブランデー、オレンジキ
ュラソー、ペルノー。
「ドリーム、うちの店名でもあります」
姉はいつも「どんな時でも夢を持ち続けな
さい」
のカクテルは特に大切にしていると言う。
カシャ、カシャ、カシャ。
ゆっくりかみ締めるように振るシェイカー
は姉への想いのようだ。
閉店後、
置かれるだろう。
ドリーム Dream
ブランデーをベースにオレンジキュラソーとペルノーを合わせたカクテル。ペルノーは薬草系リキュールのひとつで、複数のハーブやスパイスからつくられている。ハッとするような爽やかな香りは、オレンジキュラソーとの相性は抜群だ。
この記事の執筆者
- TEXT ：
- 太田和彦 作家
1946年生まれ。グラフィックデザイナー／作家。著書『日本のバーをゆく』『銀座の酒場を歩く』『みんな酒場で大きくなった』『居酒屋百名山』など多数。最新刊『酒と人生の一人作法』（亜紀書房）
- PHOTO ：
- 小倉雄一郎
