古いものにこそ値打ちがある。それは人間も同じ

尾崎さんは古いものと新しいもの、両方に目を向けていらっしゃいます。

長く続く名店が同じことだけを古いスタイルでしていると、消えてしまう運命にあります。この間『アピシウス』(※1)に行きましたけれども、ソムリエは60歳くらいで、現場に古い人がたくさんいました。すべてに老舗のゆとりを感じさせました。サービスの人に「昔はワゴンでクレープシュゼットができましたよね」と伝えると、「うちはできます」と。

1962年のリカーと『ニコライ・バーグマン』のフラワーボックスが並ぶ『サード・ラジオ』のテーブル
1962年のリカーと『ニコライ・バーグマン』のフラワーボックスが並ぶ『サード・ラジオ』のテーブル

作ってくれたクレープシュゼットのおいしかったこと! 一方で古典だけでなく、新しい料理も出しています。だから良いお客様を集めているように感じました。古典として生き残るためには、基本の上に新しいものを乗せていくことが大切。それを少しでも疎かにすると、その店は地位が下がります。

ヨーロッパの格式高い家柄では、現代絵画ではなく、古典を買います。古いものに値打ちがあるのです。家具もカトラリーもグラスも同じこと。古くとも良いものであれば、時代や流行を超越します。新しいものを使っていたら成り上がりと言われます。

入口の飾り戸棚には、尾崎氏がアンティークショップで購入したアンティークのコルク抜きが飾られている
入口の飾り戸棚には、尾崎氏がアンティークショップで購入したアンティークのコルク抜きが飾られている

人間もそうです。レストランで一番良い席に通されるのは年配者。磨かれて良い人間になるという考えです。外国の一流のバーやレストラン、ホテルのレセプションに行くと、私みたいな年寄りが必ず1人はいるの。それで横にいる若いスタッフに、それとなくお手本を示していますよ。それが良きことの伝達であり、あるべき教育というものです。

※1 1983年にオープンした日比谷のフレンチレストラン。アール・ヌーボー様式の店内で、日本のフレンチを牽引する見事な料理を提供する。エゾ鹿を初めてフレンチに使ったレストランとも言われている。

基本を踏まえたうえで、ゲストの嗜好に合わせたカクテル作りを

今のバーテンダーに思うことはありますか?

基本を疎かにしているように感じます。おいしいドライマティーニを作る技術を練習しないで、トッピングをしたり、液体窒素で凍らせたり。新しい手法、自分の味を出すことも必要ですが、基本をちゃんとしておけばおもしろいものは自然と生まれてきます。そこから自分らしいものに発展させてほしい。

ドライマティーニを作る尾崎氏
ドライマティーニを作る尾崎氏

あくまで基本の古典的なカクテルをおいしく作れてからになりますが、「うちのマティーニはこれです」と頑として変えないのも間違っています。それぞれに味の好みがあるのだから、お客様が求めているものを臨機応変に汲めるバーテンダーになりなさい。融通をきかせ、豊かで、深い味を表現できるようになってください。

私のカクテルは飾りをほとんどしません。しかし美しいグラスを使いますので、品良くシンプルなカクテルになります。そして味も良く、がポリシーです。でも、もし華美なカクテルを求めているお客様がいらしたら、グラスも味も少し華やかにします。そうしないと店って残れません。新しいものと古い良いもの、時代に合わせる柔軟性を持たないと売れないのです。両立が悪いわけではありません。下品にならぬよう、調和させなさい、ということです。

ゲストに合わせて材料の分量を変える尾崎氏のカクテル
ゲストに合わせて材料の分量を変える尾崎氏のカクテル

今のバーテンダーが作るカクテルは、ケミカルな味がします。そして味わいが浅い。でもそれはバーテンダーだけでなく、お客様にも理由があるでしょう。ファーストフードに慣れているから、ケミカルで、わかりやすい味をおいしいと解釈しているのではないでしょうか。素材本来のおいしさを知ってください。体が幸せ、と感じるものこそが本当のおいしさなのです。

尾崎浩司さん
『バー・ラジオ』マスター・華道小原流教授
1944年生まれ。1972年『バー・ラジオ』、1986年『セカンド・ラジオ』、1998年『サード・ラジオ』をオープン。茶道の美意識を基に、独学でバーテンダーとしての現在のスタイルを作り上げる。現在は『サード・ラジオ』を改め『バー・ラジオ』の1店を営業中で、尾崎氏は月に10日ほど店に立っている。華道小原流教授。
井上大輔さん
バー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー
南青山3丁目にあるバー『ARTS(アーツ)』のオーナーバーテンダー。尾崎氏を思慕するバーテンダーの一人。尾崎氏の美意識を追求する姿勢を敬愛し、自らもバーとはおいしい酒を嗜む文化・芸術の実験的空間と捉え、店名を『ARTS』とする。
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎
COOPERATION :
ARTS
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