ボローニャのシャツブランドといえば、真っ先に思い浮かぶのが「フライ」であろう。細かいステッキを施した、まばゆいばかりに美しい襟の形は、クラシックなスーツと絶妙なコーディネートをつくり上げる。いわば「フライ」は、世界の紳士たちを魅了し続ける正統派のシャツである。

 そんな「フライ」に対して、少々、後塵を拝してきた「マロル」。歴史を振り返ると、シャツ職人のロザーナと営業を担当するルチアーノ夫婦で、1939年からシャツをつくりはじめていたが、創業は’59年であった。ブランド名は、娘のマヌエラの名前も加え、マヌエラの「MA」、ロザーナの「RO」、ルチアーノの「L」で「MAROL/マロル」とした。

「マロル」のシャツコレクション。ドレスシャツに加え、カジュアルなデザインも展開する。カジュアルなシャツにも、ドレスシャツと同様に伝統的なシャツづくりの巧みな技を生かしている。
「マロル」のシャツコレクション。ドレスシャツに加え、カジュアルなデザインも展開する。カジュアルなシャツにも、ドレスシャツと同様に伝統的なシャツづくりの巧みな技を生かしている。

 伝統的な技術を積み重ねた「マロル」は、ドレスシャツからカジュアルシャツまで、多くのデザインを手がけている。そのため、歴史がありながらも、ひとつ抜きんでるシャツのスタイルが見えにくかったのも事実。しかし、近年、ボー・ヤン氏が「マロル」の新たなオーナーになったことで、ドレッシーなシャツづくりに変化が現れた。

 1987年生まれのヤン氏は、クラフトマンシップを守るためにも、さらに伝統の技術を多くの人に気づかせるためにも、「マロル」のアトリエに入り、シャツづくりのクオリティをさらに向上させることが重要、と考える。ヤン氏は、「マロル」のシャツの魅力をこう話す。

「繊細なステッチワークがポイントです。単に細かいのではなく、機能も備えたシャツ。『マロル』を3つの言葉で表現すると、強さ、機能的、美しさ、になります」

 ジャケットに比べてシャツは、着用や洗濯の頻度が高い。そのため、強いシャツでなければならない。細かいステッチは美しいばかりでなく、長く着用できる強さも備えている。ステッチの数は、1cmになんと13針。その繊細さゆえに機能も加わり、「マロル」のシャツはより綺麗で丈夫なドレスシャツとなるのである。ヤン氏が認識している限りでは、世界で最も細かいステッチ数だという。

 シャツのすそ部分の仕立ても凄い。なんと2ミリ幅の3つ巻にしてミシンで縫う。手縫いよりも難しいミシン縫製の部分である。すその始末が細ければ細いほど、シワになりにくいのである。

  • 襟のエッジに縫製した細かいステッチに注目。襟端ギリギリに入った見事なミシンステッチだ。
  • シャツの前身頃の右側が、アヒルのくちばしのような形をした“ベッコ・ドーカ”。シャツが下着として発祥した伝統的なデザインを今に生かす。
  • しっかちと立ち上がったシャツのボタンの根巻き。これでボタンの開け閉めもスムースになる。

 伝統的なシャツづくりの技術は、ほかにもある。前身頃の右側のすそ部分は、張広くつくられ腹部のあたりをオーバーラップし、収まりがいい。前にかがんだ体勢では、シャツの前身頃が余分に重なっているため、お腹が露出しない。その部分がアヒルのくちばしのような形状のため、イタリア語でそのものを表現する“ベッコ・ドーカ(アヒルのくちばし)”と呼ぶそうだ。

 では、手縫いはどの部分に使われているのか? まず肩の部分。腕が動くとき、柔軟性を表現できる、やわらかい手縫いが用いられる。そして、そでつけ部分である。強度を増すために内側のそで回りはミシンで縫製するが、その周囲を手縫いで仕上げる。さらにボタンホールは、ハンマーを使い一つひとつ手で穴を開け、穴かがりも手で縫い上げる。

 シャツの機能性が増す正確で細かいミシンワークと、やわらかさをもたらす手縫いの技をバランスよく取り入れのが「マロル」の妙味である。

 ヤン氏は言う。「ミシンの縫製だけでは、ブランドが目指すシャツにはならない。手縫いを加え、世界最高峰のシャツをつくることが目標です」。

 伝統的な「マロル」のシャツが、今まさに進化しはじめているのだ。

ボー・ヤンさん
「マロル」オーナー
2016年、「マロル」のオーナーとなる。1987年生まれの若き経営者だ。世界最高峰のシャツを目標とし、ボローニャのアトリエに通いつめる行動派である。

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この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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