鈴木保奈美さん書き下ろし連載－KEYWORDは「好奇心と審美眼」

モノローグ－彼女の大切なもの＃３

『ジオメトリー＆コントラスト』ネックレス [WG×ロッククリスタル×オニキス×ダイヤモンド]￥18,612,000／参考価格（カルティエ）

「カルティエ」が誇るサヴォアフェールの結晶ともいうべき、ハイジュエリーのひとつ。ブリリアントカットのダイヤモンドが連なる2連ネックレスとゴージャスなフリンジで構成された幾何学的なフォルムに、ロッククリスタルとオニキスのコントラストを効かせたモダンなデザインが映える。

「エレガントな箸」（文・鈴木保奈美）

　京都、四条通り。観光バスとタクシーと修学旅行生と買い物客の千波万波を掻き分けて、河原町と烏丸の中程を左に折れる。まるでプールに飛び込んだかのように、さっきまでの喧騒がふっと止む。小路をしばらく歩けばその店がある。箸だけを売る、古い店。看板は目立たない。ガラス戸の中は雑然と、ただ必要なものが必要なだけ並べてあって、わたしはいつも昭和の文房具店を思い出す。

　店主の物腰は柔らかい。あるとき竹の取り箸を選んでいたら、申し訳なさそうに、そおっと教えてくださった。「そちらはお茶事の懐石に使う箸で、中程に節があるのは八寸や焼き物用、両細は野菜や香の物。流派によっても違ってきますなあ。お手伝い、しましょか？」家で、肉じゃがを取り分けるんです、とは言えなかった。

　この店の平安箸白竹溜塗分に出会ったとき、もう他の箸ではごはんを食べられない、と思った。掌が包む部分は小豆色の漆を塗ってある。先端はどこまでも、細い。軽くてシャープでエレガントな箸。唇に触れるとピシリと鞭を入れられたように、背筋が伸びる。一度、洗っているときに笊の目に挟まって先が折れてしまったことがあった。別の箸で口に運ぶ膳の、なんと味気ないことよ。京都に行かなきゃ、補充できない。その不自由さが、悦ばしい。買い置きなんて無粋なことはしたくない。箸のために新幹線に飛び乗る、そんな道行があってもいい。

箸￥8,360（御箸司 市原平兵衞商店）

　バルセロナにCMの撮影に行ったのは、オリンピックが行われる年だった。日本の広告業界がうんと潤っていて、豪快な撮影ができた時代。現地の技術者たちが大勢参加し、エキストラには地元の高校生も集められていた。スタッフは総勢二百人は下らなかったに違いない。

　ランチタイムになると、ロケ現場の公園に、あっという間にテーブルが並べられ、ケータリングカーがやってきて、ごくごく簡単な、けれど三皿の昼食が供された。日替わりのメインディッシュは温かい。ガスパチョの美味しさも、生ハムと赤ワインのマリアージュも、わたしはここで覚えたのだった。

　今回のクルーは、ずいぶん贅沢なんだな、と思っていたら、通訳が教えてくれた。「これは契約に含まれているんです。彼らはクロスのかかったテーブルで、正しい皿とカトラリーで供されなければ食事とは認めません。プラスチックのフォークを使えって言うならオレ達は働かないぜ、ってことらしいです」

　着古したＴシャツ、日に灼けた顔でおしゃべりに興じるスペイン人たち。遅刻はするし、午後には隙あらばシエスタをしたがる。それでもきちんと食べることは譲らない。それが彼らの労働者としてのプライドであり、人としての尊厳なのだろう。瓦礫の中で光る貴石のように、それは傷つくことがない。

　三十年前のこの出来事はわたしの心に深く刻まれた。自分は気高く食べているか。食べる自分を律する審美眼を持っているか。“you are what you eat.”　食べたものがあなたを作る、という言葉がわたしは好きだけれど、それだけじゃなくて、いかに食べるのかが自分を作るのだ。最期まで、このエレガントな箸で唇に鞭を入れてやる。

ネックレス『プリュイ ドゥ カルティエ』ネックレス[WG×ダイヤモンド]￥40,656,000／参考価格・『エタンセル ドゥ カルティエ』イヤリング￥1,465,200（カルティエ）　 ワイングラス（リーデル）　ドレス／私物

ドレスの襟元に圧倒的な存在感を与えるのは、ブリリアントカットのダイヤモンドを幾重にも連ねたネックレス。雨のしずくを連想させるリズミカルな輝きが、透明度の高いダイヤモンドの魅力を最大限に引き出す。

※文中の表記は、WG＝ホワイトゴールドを表します。

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