モノローグ-彼女の大切なもの#4
![時計『タンク フランセーズ 』[縦36.7×横30.5㎜、ステンレススティール]¥775,500(カルティエ)](https://precious.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/720mw/img_760f25a86b854cb21ee6ddba9bba9cda401210.jpg)
スクエアなフォルムとケースとブレスレットが一体化した洗練されたデザインが特徴の『タンク フランセーズ』。今回発表された新作は、あらゆる装飾をそぎ落とし、直線的なラインを強調したより進化したデザイン。メゾンが誇るタイムレスなエレガンスを備えつつ、今の時代に沿った存在感のある一本に。
「石を並べる」(文・鈴木保奈美)
ひとつ、ふたつ、みっつ、気の向くままに、石を楕円に並べていく。じゅうご、じゅうろく、大きさも色合いもバラバラだ。さくらんぼ大の深いグレーのや、鶏の卵ほどの緑がかったのや。勾玉のようなピンク。鼈甲(べっこう)のようなオレンジ。6時の位置にひときわ大きな縞模様の石を置いたら、環の内側にはもっと小さな石を、四の倍数だけ配置してみる。
ミニチュアのストーンサークルのような、この光景を見たのは、友人の別荘の静かなテラスだった。ウッドデッキの先っちょにおとなしく佇んで、柔らかな陽を浴びていた。石たちは、太陽に温められて、笑っているようだった。またある日は雨に濡れて、ちょっと艶かしく何かを企んでいるようでもあった。
どこかの国の、おまじないなの? 魔除け? あ、結界を意味している? 舌を噛みそうな名前がついているんじゃない? しつこく問うわたしに友人は、困ったような微笑みで答えた。ううん、どこかで見たわけではないの。誰かに教わったのでもない、ただ、なんとなく。旅先で集めた石を並べてみたら気に入って。たぶん、自己流の曼荼羅みたいなものかなあ。気持ちが穏やかになって良いパワーをもらえる、そんな感じ。ま、勝手な思い込みだけれどね。
言われる前から、石の環が良い気を放っているのはわかっていた。くすんだウッドデッキが、まるで発光しているようだったもの。だからわたしも作ってみることにした。それ以来、海へ行っても山へ行っても、足元の石ばかり見つめている。
![時計『タンク フランセーズ 』[縦36.7×横30.5㎜、ステンレススティール]¥775,500・イヤリング『ジュスト アン クル』[WG]¥440,000(カルティエ) ワンピース¥136,400(トリー バーチ ジャパン<トリー バーチ>) ブーツ¥141,900(ストックマン<フリーランス>)](https://precious.ismcdn.jp/mwimgs/c/f/720mw/img_cf6f3fc95ceb965684700b2c211b0ec4360597.jpg)
石の記憶。祖父の庭の小さな池を囲む石。擦(こす)ると掌がツルツルになった歯医者の石塀。小学校の、門から校舎へ続く砂利の音。高校の物理の授業を抜け出して、ひなたぼっこした海岸の石。持ち帰ってはいけないと教えられて、慌てて元に戻したハワイ島の溶岩。春分と秋分の夜明けにだけ陽が差すというアイルランドの田舎の石の室。案内してくれた老人は、もうこの世にいないのだろう。西の果ての、ダン・エンガスの断崖で、寝転んだ背中の暖かさ。時計の針がくるくると逆さに回る。それはとても速くて捕まえられない。だってたかが五十年かそこらだ。わたしの一生なんて、地球のしゃっくりくらいのものだ。
大地の移り変わりを、人の営みを、ずっと見てきたんだな、と思う。転がされたり放り投げられたり、そんな時もただ、ふふ、と笑って。石にまつわる記憶がどれもほんのりと優しいのは、きっとそのせいだ。そうして苦い思い出は、ミクロの孔がフィルターとなって、浄化されていく。それは一種の、祈りなのではないか、と思う。わたしにとっての、祈りの場所。自分の足元を見つめ、自分の直感を信じる場所。
ときどき、テラスの石の環を並べ替えてみる。今日の自分が納得がいくように。そうやって自分自身を、ここに留める。まだ、今のところは。わたしは知ってる。石の環の中に足を踏み入れたら、時空を超えてどこへでも行けるのだ。こちらの用意さえできていれば。いつかわたしが姿を消したら、人々は思うだろう、時が来て、彼女は扉を開けて、行ったのだと。環の向こうへ。

※文中の表記は、WG=ホワイトゴールドを表します。
>>これまでの全連載はこちらから
- PHOTO :
- 浅井佳代子
- STYLIST :
- 犬走比佐乃
- HAIR MAKE :
- 福沢京子
- EDIT&WRITING :
- 竹市莉子(HATSU)、喜多容子(Precious)
- モデル・文 :
- 鈴木保奈美