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鈴木保奈美×Cartier
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〈連載〉鈴木保奈美×Cartier no.4/6 Discours -未来へ向かう道、女たち-
〈連載〉鈴木保奈美×Cartier no.4/6 Discours -未来へ向かう道、女たち-

パンテール
パンテール

「Discours」=ディスクールとはフランス語で、
言葉で表現する、という意味。
この連載では、女優・鈴木保奈美さんが
カルティエというメゾンの奥深き世界へと
毎回旅をし、感じたこと、発見したことを、
自らの文章で綴ります。

パンテール
パンテール

vol.1 「“パンテール”と呼ばれた女」 文・文字/鈴木保奈美

鈴木保奈美×Cartier
鈴木保奈美×Cartier

ざらりとした獣の毛がふくらはぎを掠めた気がして、現実に引き戻された。いつの間にか微睡んでいたのだ。床の上に何冊も積み上げられた、分厚い書物の隙間に横たわって。
カルティエの資料をいく日もかけて読み込んでいる。金色でタイトルが型押しされた、ずっしりと重い深紅の布貼りの背表紙。すべすべの紙に印刷された鮮やかなカラー写真。メゾンの華やかな歴史や、王侯貴族の逸話。宝飾技術の発展。価値観。芸術性。企業としての、社会的な取り組み。途方に暮れそうな膨大な資料の山に決死の覚悟で分け入っていくと、やがて、アラジンのランプを擦ったときのようにふうわりと薄紫色の煙が立ち上り、一人の女性の姿が現れる。小柄でショートカットで、微かな笑みをたたえている。足元に、しなやかな獣を従えている。あなたは誰?
彼女に関する評伝は驚くほど少ない。いや、驚くことではないのだろう。歴史上の女性の人生は、常に関わった男たちとの関係性でしか語られない。誰の娘として生まれ、誰の妻となり、誰の母となったか。そのかわり、波間にぽっこりと顔を出した時の記録しかないのだから、水面下の物語を、こちらは自由に想像することができる。彼女の面影に取り憑かれたわたしは、散らばった情報をかき集め、どこにも書かれていない物語で点と点をつないでいこうと試みる。

手書きメモ
手書きメモ
鈴木保奈美×Cartier
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1914年から始めよう。サラエヴォ事件が起きて第一次世界大戦が始まった年。宝塚少女歌劇団が第一回公演を行い、東京駅が開業した年。ココ・シャネルがドーヴィルで新しいタイプの婦人服を売りまくっていた年。この年のパリに、ふたつの「ラ・パンテール」が存在した。
ひとつは、文字盤の周りを「スポッツ モチーフ」、つまり豹柄で装飾した腕時計。豹柄ったって、大阪のおばちゃんを想像しちゃあいけない。ダイヤモンドとオニキスでできているのだから。この時計はカルティエがネコ科の動物をモチーフにした最初の作品だといわれている。
アフリカの植民地へ豪勢な狩猟に出かけた貴族たちの戦利品である毛皮や牙や、いっそ生きた獣そのものを、博覧会で庶民が見られるようになった時代。エキゾチックで物珍しくて好奇心と征服欲を満たす、最新流行だったのだろう。いつの世紀もイケイケなご時世には、人はネコ科の野性に惹かれるものなのだ。
そしてもうひとつが、あの女性だ。ベルギーの、レース職人の娘。名はジャンヌ・トゥーサンという。恋人とパリにやってきた。友人たちは彼女を、「ラ・パンテール」と呼んでいた。

鈴木保奈美×Cartier
鈴木保奈美×Cartier

予感は、あった。爵位のあるこの恋人とは結婚はできないだろう。身分の違いを若さと情熱で乗り越えられるほど、貴族社会は甘くはないと、わたしは知っている。そんなこと誰でも知っている。アムールと結婚は別のものだ。それより、この街を見てよ。人間が、経済が、芸術が、ものすごい勢いで変化している。その真っ只中でわたしたちは、最新のモードに身を包み、オペラや展覧会に出かけ、最高のレストランで最高の知性と会話をし、ありとあらゆるセンスを磨いた。若くて利発で美しくて、無敵な二人だった。そうして彼の興味が新しい女性に移り、ひとつの恋愛が終わった。それだけのことだ。男の経済的な支えを失ったら自分の生活がどうなるか、そんなことを気にするのは流儀じゃない。そうね、ユトリロを産んだシュザンヌ・ヴァラドンのように、画家のモデルをするか洗濯女にでもなるか。その時はその時だ。わたしはなんとでもやっていける。

手書きメモ
手書きメモ
鈴木保奈美×Cartier
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けれどそんなふうに潔くしなやかな「ラ・パンテール」を、男たちが放っておくはずもない。ルイ・カルティエもその一人だった。それが1914年のこと。

フランス語の名詞には男性名詞と女性名詞がある。テーブルも本も林檎も、パソコンでさえ、男性のle、あるいは女性のlaという冠詞を振り分けられる。動物を表す言葉にも同じことが起こる。ネコ科の動物はたいてい男性名詞だ。le lion(ライオン)、le tigre (トラ)、le jaguar(ジャガー)といった具合に。そのなかで、ただパンテールだけが、la panthère という女性名詞として表される。なぜ? 何か法則か謂れがあるの?とフランス語の教師に問うても、ううん、知らないわ、なんとなくじゃないかしらね?と苦笑するばかりだ。
カルティエが用いるネコ科パターンは、必ずしも豹の毛皮の柄というわけではない。トラの縞に近いものもあるし、これはどちらかというとチーターなのでは?と思わせる模様もある。にもかかわらず、フェリン(これはネコ科の動物の総称であるが)をモチーフにしたデザインを、la panthèreと呼ぶことにした。それがたとえ男性用の時計だったとしても、腕に巻き付くのは女性名詞のラ・パンテールだというわけだ。フランス人て、本当に粋なことを思い付く。

鈴木保奈美×Cartier
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わたしが先か、あなたが先だったのか。たぶん同時だったのだと思うことにしている。この時代にこの街に、存在するべくして存在した二頭のパンテールが出会うのは、あまりにも必然だ。なにか面白いことが起きる気がする。わたしの予感は当たる。野心などない。ただ、美しいものを、新しいものを創って人々を驚かせたい。装うことの悦びを、アール・ド・ヴィーヴルを人々に届けたい。思いのままに生きたいだけなのだ。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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予感の通り、ジャンヌ・トゥーサンとルイ・カルティエが結婚することはなかった。アムールと結婚は別物なのだ。けれど二人は最強のパートナーとなり、ルイはジャンヌをカルティエのハイジュエリー最高責任者に指名した。1933年、フランスの女性が参政権を手にするより10年以上前のことだ。このセンセーショナルな人事に、世間は、男たちは否定的な見方をしただろうか? どうやらそうではなかったようだ。なぜならジャンヌは誰もが称賛する美意識の持ち主で、先見の明とウィットに満ち、率直で陽気な愛すべき女性だったから。ついでに少々ワーカホリックでもあった。そうして彼女は誰かの妻や誰かの母として語られるのではなく、ジャンヌ・トゥーサンの物語を生きた。

どんな声で笑っていたのだろう。どんなスピードで歩いていたのだろう?聞きたいことが、教えてほしいことがたくさんあるのに。気づけば窓の外では陽が傾き、栖へ帰る鳥たちのシルエットが流れる。翳りを帯びた部屋のどこかに、わたしはさっきの獣の気配を探す。

今回使用したのは、リング『パンテール ドゥ カルティエ』[WG×エメラルド×オニキス×ダイヤモンド]¥7,458,000・ネックレス『パンテール ドゥカルティエ』[PT×エメラルド×オニキス×ダイヤモンド]¥33,660,000・時計『パンテール ソンジューズ』[WG×ダイヤモンド×エメラルド×オニキス×サファイア、クオーツ]¥27,192,000※すべて参考価格(カルティエ)ドレス¥322,300(ラルフローレン〈ラルフ ローレン コレクション〉) 靴/私物

パンテール
パンテール

vol.2 「選択の意味、2本の時計タンク─」 文・文字/鈴木保奈美

鈴木保奈美×Cartier
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「ピアノとバレエ、ふたつのお稽古には行けないのよ。どちらかひとつ、選びなさい」
 5歳のわたしに母はそう言った。アパートの窓から、ふたりで薄曇りの景色を眺めていた。ブロック塀の向こう側を往来する人の気配がした。わたしの背の高さからは、扇形に切り取られた穴越しの、灰色のズボンの裾しか見えていなかった。器用な祖父が、自分でセメントを練って積み上げたコンクリートブロック。
母の問いをどう受け止めていたのか、その記憶はまったく無い。とにかく、5歳のわたしはピアノを選んだ。おそらく人生で初めての、選択。
あの時バレエを選んでいたら、と考えることがある。バレリーナになっていた?そんなはずはない。でも少なくとも、バレエを選ぶような女、になっていたことだろう。ピアノだって、中学に上がってすぐやめてしまって、今のわたしはソナチネアルバムだって弾けやしない。それでもあの時ピアノを選んだのが自分で、ピアノと過ごした何年かがあったことは確かだ。

鈴木保奈美×Cartier
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あの日からずっと、選んできた。目が覚めて初めに口にするのはコーヒーか、アールグレイか。スピーカーから流れるのはジャズか、クラシックか。身にまとう香りは薔薇かラベンダー、それとも白檀か。真珠とダイヤ、どちらで耳たぶを飾ろうか。バカンスは南の島へ、それともオーロラの見える北の地へ?
海辺の高校を選んだこと。心理学の授業がある大学を選んだこと。運転免許とパスポートを同時に取ったこと。煙草を吸わないと決めたこと。恋愛を始めたこと。終えたこと。膨大な、すべての選択が、わたしをここへ連れて来た。わたしはわたしが選んできたものたちでできている。

その男は丁寧に撫でつけたグレイの髪をかすかに傾けながら、白手袋をはめた細長い指で2本の時計を差し出した。選びなさい、と。寸分の違いもないように見える2本。何を、どう選べというのだろう。そして、ああ、この時計は、と思い当たった。写真を見たことがある。19世紀半ばから現代に至る、カルティエの歴史が記された大きな重い本の、あのページだ。
正方形よりほんの少し縦長の文字盤に、レイルウェイ式分表示目盛、その外側に時刻を表すローマ数字。文字盤の左右を2本の並行なラインで挟んでいるのは、戦車を真上から見たフォルムなのだという。だからこの時計の名は、「タンク」。1919年、第一次世界大戦が終結したばかりの、戦勝気分に沸くパリで売り出された。プラチナのケースにサファイアのリュウズ、黒い革ベルトというモノトーンの姿は、全くもって21世紀的だ。いやむしろ、現代の「タンク」が時空をひょいと飛び越えて素知らぬ顔であのページに滑り込んでいたのか。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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ああ、わかった。新しいものとアンティーク、
どちらかの価値を選べと言うのでしょう。それなら。
「いいえ、マダム」グレイの髪の男が柔らかく微笑む。
「この2本はいずれも最新の、2021年のモデルです」

鈴木保奈美×Cartier
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「2本の「タンク」のうち、片方は従来のクオーツ式の時計です。そしてもう片方は、ソーラービートを採用しています。文字盤で光を受けて発電するのです。16年間はメンテナンスが不要です。16年。「タンク」の100年を超える歴史を考えれば、驚く数字ではありません。カルティエのアイコンである「タンク」のデザインにソーラービートを組み込むために、画期的な技術が開発されました。テクノロジーのためにデザインを変えない。それがカルティエの矜持です。結果、この2本は我々プロにもほとんど見分けることができません。そうそう、この時計のストラップはリアルレザーではありません。欧州で大量に廃棄されるリンゴをはじめとした植物由来の素材で作られています。その制作過程においても、皮革を使用する場合と比べると、エネルギーや水の消費量において…」

ラグジュアリーとサステイナブルは矛盾しないということか。ならば何故、デザインを変えずに二種類の時計を作るのだ。現代において、ラグジュアリーなものをつくり続ける意味はどこにあるというのか。

「ええ、マダム」彼の言葉は熱を帯びる。
「我々の新しい技術によって、欧州大陸中のリンゴを救出できるなどということはもちろんありません。カルティエが提唱するのは、デザインのサステイナビリティです。100年前と同じデザインが、今も、そして100年後も最新の顔を持つ。そうやって一つのものを長く使っていただくことが、サステイナビリティへのアプローチだと考えるのです」"

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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そして彼はこう言い足した。
「彼女なら、どちらを選ぶと思われますか?」
彼女。パンテールと呼ばれた、あのひと。

鈴木保奈美×Cartier
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確かなものを選ぶには、自分の中に深く潜っていくことだ。鼻腔をくすぐり、喉元を滑り降りて脈打つ内臓へ。肉体の中心に深く沈み込んで、静かに神経を研ぎ澄ませる。満たされるものは何か。欲してやまぬものは何か。答えがみつからなくてもかまわない。それなら今は必要がないということだ。
視線を落とした先に、うっすらと浮かぶ青い血管と尖った尺骨。爪は短い。陽に灼けて、節は硬い。この手首に纏わせたいのはどちらの時間だろう。選ぶのはわたしだ。選ばないことさえ自由だ。
自由という言葉に行き当たった時、しなやかな獣が視界の端を横切った気がして振り返る。
「あなたはあなたが選んだものでできている」あのひとの、声。残像は2秒後に空気に溶ける。

今回使用したのは、この秋新登場の『タンク マスト』。文字盤のローマンインデックスから取り入れた光によって充電される光発電ムーブメント=SOLARBEAT™を搭載。また、ストラップはリンゴの廃棄物などからつくられる植物由来のノンレザー。従来のクオーツ・リアルレザーストラップの『タンク マスト』とデザインはまったく変わらず、同価格で販売。時計『タンク マスト』[スティール、ケースサイズ:縦33.7×横25.5㎜]¥325,600[予価]・イヤリング¥742,500・リング¥169,400(カルティエ)コート¥97,900(マーガレット・ハウエル〈バブアー・フォー・マーガレット・ハウエル〉)ブラウス¥106,700(三喜商事〈バンフォード〉)パンツ・靴/私物

パンテール
パンテール

vol.3 3つのリングと、愛のカタチを探してー「贈り合うもの」 文・文字/鈴木保奈美

鈴木保奈美×Cartier
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指輪を贈られるなんてゾッとする。
そんな、かたくなな少女だった。

ちいさな わっか ひとつで
いっしょう だれかに
つながれてもいいって
はんこをおすような
ものでしょう?

どこからそんな発想を身につけたのか、親戚も友達の家も、知っているのはいたって平和に見える夫婦ばかりだったというのに。わかりもしないくせに、フランス映画なんか観すぎていたのかもしれない。自分の周りにはない複雑な事情とやらに、憧れていたのかもしれない。
そのくせ、いつか誰かが迎えに来るのだと思っていた。

ここは あたしの
ばしょ じゃない。
いま ちょっと
いることに してる だけ。
ほんとの あたしの
いるべき ばしょに
いつか いける だれかと。

それが他力本願の夢想に過ぎないと気がつくまでに、随分と時間がかかった。恋をして。きっとどこかへ行けるのだと胸弾ませ。連れて行ってはくれないのかと落胆する。どこへ行きたいのか、自分の居場所だと言えるのはどこなのかも知ろうとしないまま、ただ、連れて行ってもらえる女、になろうと、そう努めるべきなのだと信じていた。矛盾した小さな あたし。かわいそうな こいびと。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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「気付いたのならいいじゃないの、遅すぎることはないわ」

弦を奏でるような低い声が背後で聞こえた。パンテールを連れたあのひとだと、気配でわかる。だからわたしは振り向かないまま、会話を続けることにする。
「ねえジャンヌ、あなたは指輪を贈られたの?ほんの少ししか見つけられないあなたの写真、短い髪、不敵な眼差し、快活な笑顔。たいていはパールを幾重にもじゃらりと胸元にのせて、そして右手か左手かどちらかの小指にガッチリと、まるでオブジェのような指輪を着けてる。あれはどう見ても愛の契約書代わりのジュエリーではないわ」
あきれたように少し笑って、ジャンヌ・トゥーサンに違いないそのひとは答える。

鈴木保奈美×Cartier
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「面白いことを教えてあげましょうか。
わたしが最初の恋人から贈られた
カルティエのダイヤモンドのネックレスは、別れの挨拶だったわ。
それからパンテールのヴァニティケースと
シガレットケースは、友情と感謝の証だった。
わたしは誰とも契約していない。
支配や服従や依存や、そんな言葉とは縁が無い。
そして自信を持って、
自分はそのジュエリーにふさわしいと言うことができる。
いえ、ジュエリーがわたしにふさわしいのだ、と」

鈴木保奈美×Cartier
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それだけ言うと、彼女は立ち去ってしまったようだ。ひとつところにとどまるのは退屈だと言わんばかりに。同じように小指にリングを着けていた、あの男のことも聞きたかったのに。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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ジャン・コクトーはジャンヌ・トゥーサンがベルギーに生まれた2年あと、パリ郊外に生まれている。そうして20世紀に入ってすぐの頃には2人ともパリにいた。当時大流行していたバレエ・リュスへの関心がきっかけで、コクトーとルイ・カルティエの友情が始まったと言われている。ルイの横にはジャンヌがいたはず。コクトーの横にはレイモン・ラディゲというギリシャ彫刻のような青年が。コクトーがバレエの台本を書き、ピカソが美術を、サティが音楽を担当したこともあった。なんという青春だろう。狭いパリにあまりにも強烈な才能がひしめき合い、友情と恋愛と嫉妬と裏切りと、失意と歓喜が幾重にも交錯していたことだろう。あまりにも濃密で、想像するだけでクラクラする。
コクトーは小指に、カルティエの『トリニティ』リングを着けていた。いつも、ってわけじゃない。なんというか、気まぐれに?
彼にとって「トリニティ」の3本の輪は何を意味していたのだろう。詩と音楽と絵画だろうか。自分とルイ・カルティエと、ジャンヌのこと?それともコクトー自身と恋人と、さらに別の愛の対象なのか。

2本の輪では、限界がある。
表か裏か、勝利か敗北か、率いる者か従う者か。
二者択一の世界は単調だ。黒と白をつなぐグレイ。
光と闇の間に漂う靄。
3本目の輪が介在することで宇宙は無限に広がる。
そんな絶妙なバランスを、彼は愛したのではないだろうか。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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晩年のコクトーは、『トリニティ』リングをふたつ重ねていた。深く皺が刻まれ、しみの浮いた、節くれだった指に、彫刻のような存在感を放つ6本の輪。そのボリュームは、若くすらりとした指につけるよりもずっとずっと官能的だ。鈍く重く輝くふたつ目のリングは、誰のためのものだったろう?愛した人に贈るつもりでいたのに、渡しそびれてしまったものか。ふたりの関係に亀裂が入って送り返されてきたものなのか。いずれにせよそこには、甘いしあわせだけではない物語が隠されていたはずだ。
そうしてその苦さをも、コクトーは引き受けた、老いた小指に。叶わぬ想い。狂おしい背徳。還らない命。甘えることなく、寄りかからず、言い訳もせず、全てを引き受けた。理由は簡単だ。それが彼自身だから。

ルイ・カルティエから贈られたのだろうか、コサック風のブーツを履いて、ニコニコと微笑む白髪のジャンヌ・トゥーサンの写真がある。その笑顔があまりにも眩しくて、こちらの胸は潰れそうになる。いや、笑顔のせいではない。彼女が、全てを引き受けていたから。堂々と。誇らしく。

いつまで まっても
どこかへ つれていってくれる
ひとは やってこない。
そんな ひとは
いないのだ。
あたしは どこへでも
じぶんで いくのだ。

甘えることなく、寄りかからず、言い訳もせず、わたしはわたしを引き受けよう。

今月使用したのは、3つの輪を複雑に組み合わせたアイコンリング『トリニティ』。3色のゴールドは、愛情=PG、友情=WG、忠誠心=YGをそれぞれ意味し、不変のデザインは、男女の垣根を超え、時代を超え、現在も多くの人に愛されている。上/リング『トリニティ』[WG×ダイヤモンド×セラミック]¥2,296,800・中/リング/薬指『トリニティ』[WG×YG×PG×ダイヤモンド]¥1,570,800・/小指『トリニティ』[WG×YG×PG]¥169,400・下/イヤリング『トリニティ』[WG×YG×PG×ダイヤモンド]¥742,500・ブレスレット『トリニティ』[WG×YG×PG]¥1,148,400・リング『トリニティ』[WG×YG×PG]¥169,400(カルティエ)ボーダーニット¥78,000(エストネーション〈ソニア リキェル〉)靴¥83,000(シューズ・ファースト〈ティエリー・ラボタン〉)パンツ/私物 赤のタートルニット¥26,400(三喜商事〈アリュード〉)黒のタートルニット¥57,200(ギャルリー・ヴィー 丸の内店〈ギャルリー・ヴィー〉)

パンテール
パンテール

vol.4 「変化の中でつくり出し、
送り出すもの」
文・文字/鈴木保奈美

鈴木保奈美×Cartier
鈴木保奈美×Cartier

ある宝石職人の話。

わたしは18歳の時、この仕事を始めた。子供の頃から、小さな工房で働く父の背中を見ていた。その手からつくり出される指輪やネックレスは夢のようだった。だから自然とジュエリーをつくる仕事をしようと思うようになったのだ。わたしが“カルティエ”の工房で働けることになったと聞いて、父は大喜びだった。孔雀のように周囲に自慢したものだ。

ボリュームのある作品をつくるとき~わたしはそれらを作品と呼ぶ、商品ではなく~ときには数ヶ月、数年もの時間をかけることがある。そうなるとその作品は、もはや自分の子供のようなものだ。丁寧に、時間をかけて育てる。自分の身体の一部のような、愛しい存在。そうして作品が完成して旅立っていくとき、それは我が子が成人して家を出るときのようだ。寂しくはないのだ。作品が、それ自身の人生を歩み始めるとき、わたしはこの上ない幸せを感じる。

ジュエリーを身につける機会はほとんどない。自分の作品を身につけるのは、試着してみるときだけ。この子たちは旅立って、誰かの肌を輝かせる。どこぞの王侯貴族か、石油王の妻かスター女優か?レッドカーペットで煌めく自分の作品を目にしたら、とてもとても誇りに思う。でも。本当に好きなのは、工房で作業をしている時間だ。鉱物が、信じられないような輝きを放って生き物のようにこちらを見つめる。わたしの指先一つで、パンテールにもクロコダイルにもなる。この興奮があるから、この仕事はやめられない。

手書きメモ
手書きメモ
鈴木保奈美×Cartier
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ある女優の話。

わたしは18歳の時、この仕事を始めた。子供の頃から、自分以外の誰かになりたいと願っていた。不幸せに育ったわけじゃない。でも不安で、寂しがりで、わがままを言いたいのに言えずに小さく縮こまっていい子のふりをしている自分から、逃げ出したいと思っていた。
演じる仕事を始めた当時、大嘘をついていい、という事態にわたしは狂喜した。自分らしくなくても、社会のルールを踏み外しても、作品の中でなら誰にも咎められない。けれど、そのうちに気がついた。どんなに嘘をついても、そこにいるのは自分だ。わたしの声で、わたしの顔で、わたしの身体から発せられるわたしの嘘。わたしはわたしから逃げられない。だとしたら、まず、逃げたくならない自分になるしかないではないか。

ジュエリーを身につけてスポットライトを浴びるのは、ごく稀な機会でしかない。そりゃあ嬉しいに決まっている。でもそれはほんの束の間のこと。たいていは、ひとり台本と向き合い、格闘する。自分の知力と、感情と、動かせる筋肉の限界を探り続ける。辛く苦しい時間。なのに、うう、苦しい、と弱音を吐きつつ、この葛藤が好きでたまらないのだ、と思う。ふふ、バカだよね。そうしてそんなふうに思えるようになった自分から、もう逃げ出したいとは思わない。 今にも飛び立ちそうなパロット(オウム)のペンダントは、動物や植物の世界観を表現したハイジュエリーコレクション「ファウナ&フローラ」から。パヴェダイヤモンドで表現された精巧な羽根、小さなサファイアが連なるフリンジがリズミカルに揺れる贅沢なデザインに魅了される。ネックレス『ワゾ リベレ』[WG×サファイア×エメラルド×マザーオブパール×ダイヤモンド]¥25,740,000/参考価格(カルティエ)

鈴木保奈美×Cartier
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2020年春、パンデミックが世界を襲った。

フランス全土はロックダウンされた。エッセンシャルワーカーでない限り、職場へ赴くことは許されない。「カルティエ」の工房も閉ざされた。わたしの仕事はリモートではできない。どうしろというのだろう。
アパルトマンから一歩も出られず、悶々と考える。今までわたしがやってきた仕事はなんだろう?わたしの子供たち…コツコツとつくり上げてきたハイジュエリーを手にするのは、世界のほんのひと握りの人たちだ。ときにそれは、愛や信頼の証としてだけではなく、地位や財力や権力の象徴として人々の間をめぐる。あるいはこれみよがしにマントルピースの上に飾られて耳目を集めたり、ひょっとしたら頑丈な金庫の中で長いこと眠り続けるのかもしれない。それが、わたしの仕事の成果。どんなに素晴らしいジュエリーをつくったとて、所詮、病人の手当てをすることも、薬をつくることも、飢えた子供に食料を届けることもできないのだ。メタルの粉で黒く染まった爪の先に、何の意味があったのだ?胸の奥にレンガが投げ込まれたように、ずしんと重い。足元から湧き上がる霧はやがて、すっかり視界を閉ざしてしまう。

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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2020年春、パンデミックが世界を襲った。

日本国内に緊急事態が宣言され、全ての劇場は閉ざされた。撮影スタジオを使えるのは報道番組だけだ。
制作中止になった台本を抱えて、悶々と考える。今までわたしがやってきた仕事は何だろう?淡い恋のときめきや、嫁と姑の仁義なき戦いや、刑事の執念や戦国武将の野望や、あるいは電波に乗って一瞬で過ぎ去ってしまう何ということのない笑い。そういうものでは人の命は救えない。ウイルスを消滅させることはできない。足元の舞台がゆらゆらと崩れて、不思議の国のアリスのように暗い穴に落ちてゆく。
数週間が過ぎた頃、古い友人から一通のメールが届いた。
「久しぶり。元気にしてる?今この言葉は、真剣な安否確認みたいで、笑っちゃうね。
実は、祖母が亡くなりました。100歳に近い高齢で、このカオスを乗り越えることはできなかった。でも穏やかな最期だったから、心配しないでね。いつもいつも、10年前のコンサートのことを楽しそうに話していたの。きっと思い出していたのでしょう、笑顔で眠りについたのよ。ありがとうと伝えたくて」
友人のおばあちゃまは、80代になって人生で初めてアイドルに恋をした。その彼が韓国からコンサートをしにやってくる。最初で最後かもしれないから、なんとか観に行けないだろうか、と友人に頼まれて、わたしは方々へ問い合わせて何とかプラチナチケットを手に入れた。その日から、おばあちゃまはみるみる元気になった。美容院へ行き、新しい服を買い、会場を杖なしで歩きたいとリハビリに励んだ。そうしてコンサート当日。つやつやの頬をピンクに上気させて、背筋を伸ばしてすいすい歩く彼女は、本当に幸せそうだった。 朱赤から白、グレーへ美しいグラデーションを描くネックレスは、クロコダイルを抽象的に表現したもの。ハイジュエリーコレクション「シュルナチュレル」より。ウロコのような小さなモザイクモチーフが絶妙に組み合わされ、肌に沿ってしなやかに動く。ネックレス[PG×グレーマザーオブパール×コーラル×ダイヤモンド]¥39,864,000・着用したブレスレット『アグラフ』[WG×ダイヤモンド]¥17,160,000/すべて参考価格(カルティエ)「プルミエ アロンディスモン」のシャツ¥23,100・「ルカグロッシ」のブーツ¥49,500(プルミエ アロンディスモン)パンツ/私物

鈴木保奈美×Cartier
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サボテンをイメージした彫刻のように力強い「カクテュス ドゥ カルティエ」コレクション。ブレスレット[YG×エメラルド×ダイヤモンド]¥24,816,000/参考価格(カルティエ)

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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「カルティエ」を代表するハイジュエリーコレクション「トゥッティ フルッティ」を新解釈した「ピエール グラヴェ」コレクション。クールな色調の半貴石に、インドの宝飾品からインスピレーションを得た伝統ある技術を施し、華麗に仕上げている。リング[WG×アクアマリン×タンザナイト×ムーンストーン×オニキス×ダイヤモンド]¥12,672,000/参考価格(カルティエ)

手書きメモ
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鈴木保奈美×Cartier
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ああ、そうだ。わたしたちの仕事。手術をすることも、救援物資を運ぶこともできないけれど、誰かの人生にほんのひととき、キラキラして甘い砂糖菓子のような思い出をプレゼントできる。それだけでいい。たったひとりの誰かのために、わたしは舞台に立とう。そのための準備をコツコツしよう。それがわたしの、クラフツマンシップだ。
来週から少しずつ、工房の作業を再開する、とオフィスから連絡があった。気持ちは晴れないままだ。久しぶりに娘を連れて、外の空気を吸おう。
運河沿いを歩きながらちいさな娘が言った。
「ママと手をつなぐとき、いつもそおっとママの指輪をさわっているの。つるつるして、ちいさな赤い石が光ってて、さわるとほっとする。おじいちゃんがつくったんでしょう?いつかわたしにちょうだい、ね」
ああ、そうか。わたしたちの仕事。たとえぎゅっと握りしめてしまえるほどの小さな煌めきでも。美しいものへの憧れは、心を動かす。引き継がれてきた歴史は、弱った気持ちの支えになる。それだけでいい。目の前にいる小さなひとりのために、わたしは石を彫ろう。そのための技術をコツコツ磨こう。それがわたしの、クラフツマンシップだ。 着用したイヤリングとネックレスは、構築的なデザインが特徴の「リフレクション ドゥ カルティエ」コレクションから。バゲットカットとブリリアントカットのダイヤモンドを複雑に組み合わせた、レースのような輝きが圧巻。イヤリング[WG×ダイヤモンド]¥8,316,000・ネックレス[WG×ダイヤモンド]¥50,160,000/すべて参考価格(カルティエ)ドレス/参考商品(エスカーダ・ジャパン〈エスカーダ〉)

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Staff
撮影/浅井佳代子
スタイリスト/犬走比佐乃
ヘア&メイク/福沢京子
構成/喜多容子(Precious)
WEB制作/イクシアネクスト
  • 文中の表記は、PT=プラチナ、WG=ホワイトゴールドを表します。
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