妻がたくさん働くと、夫の手取りが減ってしまう?

カンナさん(37歳)は、大手自動車メーカーに勤める夫のシンジさん(42歳)と、息子のアサヒくん(6歳)と、東京・目黒区で暮らしています。独身時代は医療事務の仕事をしていましたが、10年前、シンジさんとの結婚を機に、それまで勤めていた病院を退職し、専業主婦になりました。そして、30歳のときにアサヒくんを出産。その後も子育てに追われ、仕事には復帰しないままでした。

妻がたくさん働くと、夫の手取りが減ってしまう?
妻がたくさん働くと、夫の手取りが減ってしまう?

ところが、先日、以前勤めていた病院の上司から連絡があり、「病院が業務拡大することになって、事務職員を探しているの。パートでもいいから、仕事に復帰してくれないかしら」と相談されたのです。

「早いもので、息子も来年4月には小学生です。私がいなくても、自分でできることも増えてきました。ちょっと寂しい気持ちもありますが、私も子離れするのにいい機会だと思って、仕事に復帰することにしました」(カンナさん)

とはいえ、10年間のブランクがありますし、いきなりフルタイムで働くのは難しそうです。アサヒくんが学校に行っている時間帯に、シンジさんの扶養の範囲で働いたいと思っています。そこでカンナさんが気にしているのが、「パート収入の壁」と呼ばれているものです。

「妻がたくさん働くと、夫の手取りが減ってしまうと聞いたことがあります。夫の年収は、だいたい800万~900万円なのですが、私は年収どのくらいで働くのがいいのでしょうか?」(カンナさん)

社会保険の適用拡大と配偶者特別控除の見直しで、「パート収入の壁」は変わってきている!

パート収入の壁
パート収入の壁

100万円、103万円、106万円、130万円、150万円、201万円。

これは、税金や社会保険料の仕組みによって、女性の働き方に影響を与えている収入の節目の金額で、一般に「パート収入の壁」と呼ばれています。

「収入」は、働いたり、不動産を所有したりして得たお金の総額で、サラリーマンやパート労働者などは勤務先からもらった「給与」、自営業者は「売上げ」のことを指します。この収入から、税金や社会保険料などを差し引いたものが「手取り」で、実際に使えるお金(可処分所得)になります。

夫に扶養されている妻が働く場合、妻の収入が一定ラインを超えると、本人に税金や社会保険料がかかるようになったり、夫が税制優遇制度を利用できなくなったりして、収入が増えても手取りが減ってしまうことがあります。頑張って働いても、自分より働いていない人よりも、手取りが少なくなる逆転現象が起こるというわけです。

もちろん、税金や社会保険料を納めることによって得られるメリットもありますが、教育費や住宅ローンの支払いなどで、目の前に必要なお金がある場合は、少しでも手取りを減らしたくないと思う人もいます。そのため、パート収入の壁を超えないように、働き方を調整している女性も多いのではないでしょうか?

ただし、ここ数年、税制改正や社会保険制度の見直しによって、壁となる金額も以前とは変わってきています。

短時間労働者への社会保険の適用が拡大、「パート収入の壁」が130万円→106万円になる人も

2016年10月、これまで社会保険のセーフティーネットから漏れていた非正規雇用の人などが安心して働けるようにするために、短時間労働者への社会保険の適用が拡大されました。

そのことで、社会保険料の壁がこれまでの130万円から106万円に下がる人が出てきています。また、税制改正によって、夫が38万円の配偶者控除などを利用できる妻の年収が、これまでの103万円から150万円に引き上げられました。

では、カンナさんは、年収いくらで働くのがお得なのか? それぞれの家庭の事情に合わせて、自分に合った働き方を見つけるために、前編では、パート収入の壁の意味を理解するところから始めましょう。

パート年収の6つの壁の実態は? 正しく理解して働き方を考える

前述したように、「パート収入の壁」は、妻の収入に応じて、税金や社会保険料がかかったり、税金の控除が使えなくなったりする節目の金額。

現在は、100万円、103万円、106万円、130万円、150万円、201万円という6つの壁があり、①妻本人の税金や社会保険料に影響するもの、②夫の税金の控除に影響するものに分けられます。

妻の収入が、この6つのラインを超えると何が起こるのか?確認してみましょう。

パート年収の6つの壁の実態は?
パート年収の6つの壁の実態は?

●100万円:妻にも住民税がかかりだす

税金を計算するもとになる「課税所得」は、「収入」からさまざまな控除が差し引かれます。サラリーマンやパート労働者などの給与所得者の住民税を計算するときは、基礎控除35万円のほかに、収入に応じた給与所得控除を差し引くことができます。

給与所得控除の最低ラインは65万円なので、合計100万円までは住民税は無税。これを超えると、住民税が課税されるようになります。

●103万円:妻に所得税がかかりだし、夫の勤務先の配偶者手当がなくなる

・妻の所得税
住民税と同様に、所得税にもさまざまな控除があります。所得税の基礎控除は38万円で、給与所得控除の最低ラインは65万円。妻の収入が103万円を超えると、所得税が課税されます。

・夫の勤務先の配偶者手当
企業が従業員の福利厚生として、独自に設けている配偶者手当(家族手当)。人事院の「平成30年職種別民間給与実態調査」によると、77.9%の企業が「家族手当の制度がある」と答えています。対象となる妻の収入制限は、以前は7割近くの企業が、国の税制に連動させて配偶者控除の金額103万円以下としていました。

2018年1月、所得税の配偶者控除は、150万円に引き上げられましたが、制度変更後も54.6%の企業が配偶者手当の収入制限を103万円としています。

●106万円の壁:大企業で働く妻に社会保険料がかかる

会社員の夫に扶養されている妻は、保険料の負担なしで年金保険と健康保険に加入できますが、パートなどで働いて収入が一定額を超えると、夫の扶養を外れて自分で保険料を負担して社会保険に加入します。

これまで、夫の扶養を抜けて社会保険に加入しなければいけない妻は、勤務先の規模に関係なく、パート収入が年収130万円以上の場合(週の労働時間が30時間以上)でした。この要件が見直されたのが、2016年10月。

勤務先の社会保険に加入したくても、労働時間の規定などによって加入を阻まれていた、非正規雇用の労働者のセーフティーネットを強化して、安心して働けるようにするために、短時間労働者への社会保険の適用が拡大されたのです。

そのため、現在は、従業員数が501人以上の大企業で働く人は、年収106万円以上(このほかに、1週間の労働時間が20時間以上、勤続1年以上などの条件あり。学生は適用外)になると、厚生年金保険と健康保険への加入が義務付けられています。

パート主婦で従業員数501人以上の企業で働く人は、年収106万円(月収8万8000円)を超えると、夫の社会保険の扶養から外れて、自分で保険料を負担することになります。

●130万円の壁:中小企業働く妻に社会保険料がかかる

従来からある、社会保険料の壁。年収が130万円以上になると、従業員数500人以下の企業で働くパート妻も、夫の社会保険の扶養から外れて、給与から社会保険料が天引きされるようになります。

●150万円の壁:夫は配偶者特別控除額を利用できる

従来の103万円にかわって、税制改正によって2018年1月に新たに登場した、税金の壁。

配偶者控除は、扶養している配偶者(妻)がいる場合に、夫が利用できる優遇税制で、妻の年収が103万円以下なら、夫は38万円の控除を受けられます。

でも、妻の年収が103万円を超えた時点でいきなり夫の控除をなくすと、収入の少ない人より、高い人の手取りが減ってしまい、税制のゆがみが起こります。そこで、手取りの逆転現象を防ぐために設けられているのが配偶者特別控除で、妻の年収が103万円を超えると、夫が利用できる控除額は徐々に減額していきます。

2018年1月に見直されたのは、この配偶者特別控除の拡大で、妻の年収150万円まで、夫は満額の38万円を所得控除できるようになりました。

●201万円の壁:夫の配偶者特別控除が消滅する

配偶者特別控除は、妻の年収が増えるに伴い、夫の控除額は段階的に減っていく仕組みになっています。そして、妻の年収が201万円になると夫の控除は消滅します。

ただし、配偶者控除、配偶者特別控除は、夫本人の年収要件もあります。満額の38万円の控除が受けられるのは、年収1120万円までの人になります。これを超えると控除額は段階的に減額されて、年収1220万円を超える人は利用できません。

手取りに大きな影響を与えるのは「妻の社会保険料」と「夫の会社の配偶者手当」

手取りに大きな影響を与えるのは「妻の社会保険料」と「夫の会社の配偶者手当」
手取りに大きな影響を与えるのは「妻の社会保険料」と「夫の会社の配偶者手当」

カンナさんが仕事に復帰した場合、パート収入が100万円を超えると、住民税がかかるようになりますが、少し超えた程度なら、住民税は数千円です。103万円を超えると所得税がかかりますが、こちらも住民税と同様に、手取りを大きく減らす原因にはなりません。

夫のシンジさんの年収は800万~900万円程度なので、配偶者特別控除が利用できます。カンナさんのパート収入が150万円を超えると、シンジさんの配偶者特別控除の金額が減額されていきますが、収入が増えれば、税金を負担しても手取りも増える仕組みになっているので、一家の手取りが大幅に減ることはありません。

妻の社会保険料

税制よりも手取りに大きな影響を与えるのは、社会保険料です。従業員が501人以上の企業で働く場合は106万円、500人以下の企業の場合は130万円、これを超えると、社会保険の扶養から外れて、妻自身の給与から、厚生年金保険と健康保険の保険料が天引きされるようになります。

社会保険料は、収入に一定の割合をかけて計算しますが、おおむね15%が目安です。年収106万円なら保険料は約16万円、年収130万円なら保険料は約20万円が天引きされるので、社会保険料を負担していない収入の低い人よりも手取りが減る「逆転現象」が起こってしまうのです。

2018年の税制改正によって、夫が配偶者特別控除を受けられる妻の収入150万~201万円までに引き上げられましたが、その前に106万円、130万円の社会保険料の壁がそびえ立っているというわけです。

夫の勤務先の配偶者手当

もうひとつインパクトが大きいのが、夫の勤務先の配偶者手当です。

中央労働委員会の「平成27年賃金事情等総合調査」によると、配偶者手当の平均は月額1万7400円。配偶者手当が消滅する妻の収入は、企業によって異なりますが、前述したように半数以上が103万円です。これを超えると、夫の収入が年間20万円程度減額してしまうので、パート収入が103万円を少し超えた程度では、大きく損をしてしまう可能性があるのです。

パート収入の壁を考えるときは、数十万円単位で手取りを減らす、妻の社会保険料と夫の配偶者手当に気を配っておくと、「こんなはずじゃなかった」と失敗することがなさそうです。

カンナさんのように、「今は子どもが小さくて、長時間働けない」というような人は、このふたつのパート年収の壁を意識して働くのもひとつの手段です。

ただし、税金や社会保険料を払えば、その分、自分に返ってくるメリットもあります。専業主婦は、老後にもらえるのは国民年金だけですが、パートで働いて厚生年金保険に加入すれば、老後の年金を増やすことができます。健康保険に加入すれば、病気やケガで仕事、出産を休んでも所得保障が得られます。

後編では、パート収入の壁を超えて働くことのメリットについて考えてみたいと思います。


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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。