自分の親世代、そしていつかは自分も、避けては通れない「遺産の相続」。知っておいたほうが、損をせず、相続争いにならないことも多いとわかっていても、当事者の立場にならないと、なかなか学ぶ機会がないもの。

そこで相続・贈与・遺言のエキスパートである税理士の井口麻里子さんに、相続に関する素朴な疑問にプロの見地からお答えいただきました。今回のテーマは「モメる遺言、モメない遺言の違いは?」です。

5つのケースで、モメる遺言とモメない遺言の違いを解説!

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遺言でモメないための知識

よく遺産相続争いが、遺言をもとに起きたというお話を耳にしますが、実際、どんな遺言だとモメてしまいがちなのか、気になりませんか? 井口さんより、5つの遺言のケースそれぞれの、モメる遺言とモメない遺言のポイントを教わります。

■ケース1:ほかの相続人の遺留分を侵害している遺言

「遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された、相続財産の最低限度の取り分のことです。例えば、生前贈与で相続財産が減ってしまったり、遺言で「自分以外の相続人へ全財産を相続させる」と書かれていたため、自分が一切財産をもらえない、ということがありますが、その場合でも故人の兄弟姉妹以外の法定相続人、例えば故人の子や配偶者などは、法定相続分の一定割合を、遺留分として請求できるようになっています。

遺言を書く立場として、もし誰かの遺留分を侵害するような遺言を書くなら、十分注意が必要です」

●モメやすい遺言

「特定の相続人に大半の財産を相続させ、他の相続人の遺留分を侵害している遺言は、とにかくモメやすいです。

例えば、『妻と長男・次男』の家族構成の夫が遺言を書く場合。妻に『自宅3,000万円と預貯金1,000万円』。長男に『預貯金1,000万円』。次男には『ゴルフ会員権100万円』。これだけが書いてある遺言だと、次男は到底納得できず、遺留分減殺請求を起こし、長く続く争族へもつれこむ可能性が高くなります」

●モメない遺言

「さまさまな想いがあってせっかく残す遺言なので、遺留分を侵害されている相続人が納得できるような、付言(ふげん)事項を書くことが重要です。付言事項とは、感謝の気持ちや自分の想い、葬儀の方法といった、法的効果はないけれども大切な事項を、遺言の最後などに記載する部分をいいます。

『妻には若いときから苦労をかけたが、いつも笑顔で助けてもらった。子どもたちも立派に育ててくれて感謝している。妻には安心して老後を暮らしてほしいから、自宅と預貯金1,000万円を受け取ってもらいたい。

長男は家業を手伝ってもらい、また長男の嫁には介護で大変世話をかけたので、それに感謝し、またこれからも家業を続けてもらうため、少ないながら預貯金1,000万円を残したい。

次男はあまり教育費がかけられなかったにも関わらず、医者となってくれて、若いうちからアメリカへ渡り活躍してくれた。父さんの自慢の息子であり、誇りに思ってきた。何かあげられないかと考え、父さんが大好きだったゴルフ場の会員権をもらってもらい、そこへ行ったら、父さんのことを思い出してくれると嬉しい。』

など、なぜこのような分け方をしたのか、自分の思いを丁寧に書くことで、残された相続人が素直に受け取れる遺言となります。

付言事項は、残された相続人を傷つけない、親族間の相続争いを巻き起こせさない、実は大切な遺言の一部なのです」

■ケース2:遺産分割協議のあとにポロッと出てきた遺言

「遺産分割協議とは、相続人全員で行う、遺産をどのように分けるかを決める話し合いのことです」

●モメやすい遺言

「遺言がないと思ったまま、相続人同士の遺産分割協議が成立し、その協議通りに相続したあとに、自宅の額の裏から自筆証書遺言が出てきた、というようなことは結構多いです。

遺産分割協議で長男が相続した不動産を、長男が売却したあとに遺言が出てきて、遺言ではそれは長女が相続することになっていた。そんな場合は、遺言が優先されるため、長女が財産返還を求め、訴訟を起こすような事態になることも。

自筆証書遺言の場合は、人に見られたくないばかりに、誰も分からないところに遺言を隠し、このような事態を招きがちです」

●モメない遺言

「公正証書遺言であれば、遺言原本を公証役場で預かっていてくれるので、自分が死んだら公証役場へ行くようにだけ相続人に伝えておけば、相続人は遺言があることを事前に分かり、かつ中身を見られることもありません。自筆証書遺言の場合は、2020年7月10日(金)から法務局で預かってくれる制度が始まりますので、この制度を利用する場合も、預けてあることを家族に伝えておけばよくなります」

■ケース3:財産の割合で取り分を指定する「包括遺贈」の遺言

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「平等だからモメないだろう」の考えは危険

「包括遺贈とは、財産の全部または一部を包括的に遺贈するもので、財産に対する一定の割合を示してする遺贈をいいます。例えば『全財産の6割を妻に、4割を子に遺贈する』などです。これに対し、割合を指定せず、特定の財産を指定し、その遺産を受遺者に遺贈するのは『特定遺贈』と呼びます。例えば『この土地を妻に遺贈する』などです」

●モメやすい遺言

包括遺贈のなかでも『全財産を子どもたち3人に3分の1ずつ遺贈する』といった遺言はモメやすいです。平等だからモメないだろう、と、こういう書き方をする方も多いのです。

財産が預貯金のみならこれでもいいですが、自宅などの不動産や、株や投資信託などの財産があった場合、具体的にどのように分けるか、結局、相続人同士で遺産分割協議をせざるを得なくなります。

すんなり分割できるとは限らず、不動産を3分の1ずつ共有にするのか、売却して現金にして3分の1するのか決めなくてはなりませんし、『いやいや思い出の詰まった実家を売るなんて反対だ』という相続人も出てくるでしょう。

株や投信にしても、『すぐ現金化して3分の1にしよう』『いや今売ったら損だからしばらく待とう』『僕はこの株は売却せず、株のままもらいたい』など意見はさまざまに割れるものです」

●モメない遺言

「モメないためには、包括遺贈は避け、各財産につき具体的に誰がどのように相続するのか、丁寧に書いておいてあげることが、親族間の相続争いを避ける遺言といえます」

■4:遺言執行者が誰なのか書かれていない遺言

「遺言の内容を実現すべく、事務手続きをする人のことを『遺言執行者』といいます」

●モメやすい遺言

「遺言執行者の指定がない遺言の場合、相続人全員による必要書類への署名や実印での捺印、そして各々の印鑑証明書が必要となります。仲違いをしている相続人がひとりでもいると、こうした作業に非協力的になり、遺言通りに名義変更等が進まず、預貯金さえも引き出せないことになりかねません。

また、所在不明の相続人、連絡がつきにくい相続人、高齢または体が悪く、印鑑証明書や戸籍謄本等の取得もなかなかできない相続人がいる場合も、事務手続きはなかなか進みません」

●モメない遺言

「弁護士等の専門家や、信頼のおける相続人のひとりを遺言執行者に指定をしておけば、スムーズに遺産相続が進みます」

■5:相続人以外へ遺贈する場合の遺言

相続人以外の人へ遺贈する場合は?
相続人以外の人へ遺贈する場合は?

「ヘルパーさんや世話になった近所の方など、相続人以外の人へ遺贈したい方もいます」

●モメやすい遺言

「相続人以外へ遺贈する場合の遺言では、『財産の10分の1を遺贈する』などの書き方はNG。特に、不動産に相続人以外の方の持分が入るようなことは避けたいものです。

『持分が入る』というのは『共有する』という意味ですが、不動産を共有にすると、修繕する、建替える、更地にして売却する、といったいずれの判断にも共有者全員の合意が必要となります。第三者の共有者がいる場合、足並みが揃わなくなる可能性が高まります。

また、その第三者が亡くなった場合、その方の相続人が次の共有者となり、その人数は代を追うほど増えていきます。そのうち所在不明の方も出てきます。不動産に修繕や建替えといったことができなくなると、不動産価値が落ち、売ることもできない不動産になりかねないというリスクがあります」

●モメない遺言

「相続人以外の方にあげる場合は、『現金100万円』など簡単にあげやすい書き方をすべきです。また、相続人の心情を考慮し、その方にあげる理由を書いておくことが重要です」


モメる遺言、モメない遺言を5つのケースにおいて、挙げていただきました。事前に少し知っておくだけでも、親族間の相続争いをぐっと減らすことができそうです。

相続について学ぶ全10回シリーズ、明日は「相続対象も高齢化…どんな贈与・遺言が得する?」という疑問にお答えしていきます

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井口 麻里子さん
税理士
(いぐち・まりこ)税理士。辻・本郷税理士法人相続部に所属。富裕層の大規模な相続から、一般家庭のミニマムな相続、さらには国際相続まであらゆるケースに精通した相続・贈与・遺言のエキスパート。近年はあらかじめ作成すれば、要らぬトラブルを避けられる遺言の啓蒙に力を入れている。
井口麻里子のブログ
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
WRITING :
石原亜香利
EDIT :
安念美和子、榊原淳
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