「私たちの世代がリアルに描かれた物語に魅了されて」
──中学時代の初恋相手同士が、ときを経て50歳となり、地元で再会し、やがて恋人に──。11月14日より公開となる映画『平場の月』のあらすじを、端的に説明すると、このような物語に。しかし本作で描かれているのは恋愛模様だけでなく、自分にも周囲にも、さまざまな課題や問題を抱える世代が、懸命に生きていく姿だ。
本作に出演するのは、主人公・青砥役の堺 雅人さんと、彼が思いを寄せていた中学の同級生・須藤役の井川 遥さん。ふたりはこの物語を、どう感じ、演じたのだろう。
井川さん(以下敬称略):作品でいちばん惹かれたのは、大きな出来事が起こるわけではないけれど、我々の世代だからこその日常が、描かれているところでした。
堺さん(以下敬称略):僕らみたいな50代の恋愛をテーマにした、日本の映画って珍しいらしいですね。ふだん、自分を中心にして生きているので、気づきませんでした。
井川:(笑)。男性社会を描いた職業ものの作品は多くありますけど、女性の40〜50代の等身大の姿を描いたものは少ないと思います。以前、『半沢直樹』で堺さんと共演させていただいたときに、たまには我々世代のドラマがあってもいいよね? なんて話していたんですけれど…。
堺:僕、覚えてないんですよ(笑)。実はこの作品のオファーを受けたことも覚えていないんですけど、気がついたら原作を読んで、作品に入り込んでいましたね。
──物語は、母親の介護で地元に戻った青砥が、自身のがんの疑いで訪れた病院に勤務する、(井川さん演じる)須藤との再会から始まる。須藤は幼少期に家庭環境に恵まれなかった、どこか闇を抱える女性だ。
井川:須藤は、本音をしまい込んで、言葉に裏腹なところがある。原作を読んだ人たちとディスカッションしたときに、須藤像が人によって違っていたりして。
堺:誰と話したんですか?
井川:事務所の人だったり友達だったり。話してみると、それぞれで違っていて。
堺:へえ、おもしろい作業ですね。須藤像については、土井裕泰監督とも、時間をかけてコミュニケーションされてましたよね。
井川:そうですね。須藤って、ぶっきらぼうな感じがするんですけど、本当は愛に対してすごく“枯渇してる”というか、いびつなところがあって。頼れる人を見つけたときに危うくなってしまうのが、逆にすごく女っぽい気がしたんです。
堺:確かに、過去のダメな自分に戻りたくない気持ちが、ぶっきらぼうさとして出てしまうんですよね。でも壁を感じながらも、漏れ出てくるSOSや好きっていう気持ちに、青砥は青砥で向き合っていくから。ふたりの間にある壁だけでなく、周囲のいろんなものが障害になって、ずっとお互いを見ているけど、目が合うのはチラッとした瞬間だけ。素直にコミュニケーションができない、そのややこしさが、演じていて逆に楽しかったですね。
都会から地元へ帰ったひとりの女性の生活が丁寧に伝えられたらいいなと
「堺さんって、特殊能力があるような強い役のイメージをもたれる方が多いと思うんですが、日常生活をきちんと送っている方だから、青砥にぴったりだと思いました。男性はあまり知らないであろう食材にも、詳しいんです」
大人の人間関係があるからこそ日々の生活が切ない。その不自由さが、とても愛おしかった
「井川さんは、すごくおてんばさんですよ。しっとりとされた印象があったんですけれど、生きるバイタリティに溢れていて、表情がクルクルと変わって…。本当に僕はだまされていました(笑)」
「その人が幸せかどうかはひとつの物差しでは測れない」
──作品の中盤、今度は須藤の病が発覚することで、ふたりの関係は大きく変化していく。そこにもまた、50代ならではの生き方を、リアルに映し出しているように感じるが…。
堺:青砥は、東京で働いていたのに、離婚して、親の事情で埼玉に戻ってくるのですが、彼の腰を落ち着けたくない気持ちが、すごくわかって。僕にとって東京は仕事する街であり、生活する街でもあるけど、生まれ育ってはいないし、俳優というのは、なんかふらふらした仕事なので、「ここが僕の居場所なんだ」と、いえないところがあるんです。青砥も実家に住んでいて、親の家だしな、僕の家じゃないしなっていう、同じような落ち着きのなさをもっている。50代になってから自分の居場所がなくなった、ふわふわした立ち位置は、演じていておもしろかったです。でも須藤と出会うことで、「ここにいてもいいかな」って変化するんですよね。
井川:堺さん、そんなふうに思っていたんですね。私は40代って大きく変化があったように思うんです。仕事に対しても子育てに対しても向き合い方は変わっていないつもりでしたけど、子どもが幼少期のときとは違って、ちゃんと一個人として真剣に向き合いながら、一緒になって自分自身も正していかなきゃダメだなって。
堺:確かに、青砥にも離婚した妻との間に息子がいるけれど、まだ子供が小さかったら、自分のことどころじゃないですよね。やっぱり子供が成人するまではって、考えちゃうと思う。
井川:でも50代になったら、子育ても一段落して、次は親の介護とか自分の病気とか、これからどう生きていくか、向き合っていかざるを得なくなる。仕事の仕方もまた考え直したり、仲間との連携も必要だし、日常が、より大事になっていくのかもしれませんね。
堺:未来のことというよりは、過去の後始末じゃないけれども、もし自分が病気だとわかったらどうするだろうとか、そもそも“家”ってなんだろうとか、徐々に考え始めますよね。親の衰えも目の当たりにしますし…。ゆくゆくは自分がたどる道でもありますから。
井川:本当にそうですね。
堺:今回、作品にご協力いただいた医療指導の先生が、「がんは死に至る病だけれど、それを抱えて生きている人もたくさんいる。人はいずれ亡くなるし、病になって人生に限りが生まれることで、より濃密な時間を過ごすことができる人もいる」というお話をしてくださったんです。それを聞いて、人生というのは、幸福も不幸も、ひとつの物差しでは測れない何かがあるんじゃないかと思いました。青砥に「自分ががんかもしれない」という恐れがあったから、いつもより踏み込んで須藤に声をかけられたのかもしれないし、須藤も「これからはひとりで生きていく」って決めていたけれど、病気になることで青砥との時間が過ごせたかもしれないし。衰えも含めて、人間にとって、何がいいか悪いかは、なかなかわからないことなんじゃないかなという気はします。ただ50代って、ここから恋愛しようとすると面倒くさいですよね。遠慮して、なかなか相手に、聞きたいことを聞けないですもん。
井川:若いころのように、ただ好きだから一緒にいたいではいられなくて、抱えているもの、形成してきたものを引っくるめて、こんな自分でも好きでいてくれるかと思ったら進めないし、やめておいたほうがいいって気持ちもわかるから、いろいろもどかしいものがありました。
堺:結局、若くても大人になっても、人との距離感や人間関係って面倒くさいもの。でもそういった障壁があるからこそ、日々の暮らしが、切なくていいものになっていく。演じ終わった今、そんなことを感じているんです。
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- PHOTO :
- 熊澤 透
- STYLIST :
- mick(Koa Hole inc./堺さん分)、青木千加子(井川さん分)
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- 保田かずみ(SHIMA/堺さん分)、佐々木貞江(井川さん分)
- EDIT :
- 福本絵里香(Precious)
- 取材・文 :
- 湯口かおり

















