人生の後半戦を見据えて──40代からの決断と「キャリアの舵取り」

かの有名な中国の思想家・孔子は『論語』にて「四十にして惑はず」と述べたそうですが…、いやいや現代の40代は「不惑」どころか、迷うことばかり。そんな迷える私たちに、ひと筋の光を与えてくれる先輩たちの言葉には、これからを生きるヒントがぎゅっと詰まっています。

輝く先輩女性たちに、無我夢中で走り抜けてきた一周目が一段落した今、これから先の二周目、三周目はどんな未来を描きたいか?根掘り、葉掘り、お話しをお聞きしました。

今回は、日本航空(JAL)執行役員 カスタマー・エクスペリエンス本部 副本部長の崎原淳子(さきはら じゅんこ)さんにお話しをうかがいました。

「内示のたびに抵抗。上司の言葉でとりあえずやってみるようにしたら、どの立場も“意外と楽しかった”んです」──日本航空(JAL)執行役員 カスタマー・エクスペリエンス本部 副本部長 崎原淳子さん

日本航空(JAL) 執行役員  カスタマー・エクスペリエンス本部 副本部長  崎原淳子さん
 

小学1年生のとき、単身赴任中の父に会うため飛行機に乗り、JALのCAにひと目惚れ、将来の夢が決まった。ところが新卒での採用試験は不採用。IT企業に内定をもらった矢先、JALの採用担当者からアルバイトの誘いを受ける。

「迷いました。でも、やっぱり夢をあきらめきれなくて。バックヤード部門のアルバイトとして毎日沖縄空港支店に通いました。その後、既卒採用試験で無事合格、念願の客室乗務員として入社しました。翌年、国際線でフライトデビュー。以降35年間は、客室部門ひと筋でした」

こちらも思わず笑顔になる朗らかで丁寧な語り口。この人が対応してくれたら、安心してフライトを楽しめるはずだ。37歳で客室教育訓練部の教官に、40歳で客室乗員部のチーフに。上海基地乗員室でシニア育成、45歳で客室マネジャーに就任など、CA部門ひと筋とはいえ、40代はさまざまな分野でキャリアを重ねた。

「まずやってみること。失敗を恐れることなく、どうせやるなら楽しくポジティブに。…などと、今でこそアドバイスしていますが、当時は異動や昇格の内示をいただくたび、“教官は性に合わない” “自分は二番手タイプ” と抵抗していました(笑)。あるとき上司に “やってもないことを評価するのはずるい” と言われて目からウロコ。以来、とりあえずやってみたら、どの部署もどの立場も “意外と楽しい!” ということに気付いたんです」

57歳で中部支社の支社長に抜擢される。初めて客室本部を出て、営業部門へ。CA出身の支社長はJALでも初だった。

「最初は苦労しました。営業用語がわからず会議では質問攻め。かっこつけても仕方ない。等身大でぶつかり、頼れるところは頼り、経験分野はしっかりと意見する。視野が広がり、会社にどう貢献できるのか、より意識するようになりました。辞めたいと思ったこと? イヤだ、辛い、と思ったことは数えきれないほどありますが、辞めたいと思ったことは一度もありません。この仕事と会社が大好きです」

〈崎原淳子さんのHistory〉

キャリア_1
チーフ時代、機内での様子。
キャリア_2
管理職初年度に当時の稲盛和夫会長とのツーショット。

22歳 :琉球大学法文学部卒業後、沖縄空港支店でアルバイト、12月、客室乗務員として入社
23歳 :国際線で初フライト、以降CA生活ひと筋
37歳 :客室教育訓練部教官に
40歳 :成田客室乗員部チーフに就任
42歳 :上海基地乗員室へ異動
43歳 :客室品質企画部に異動、イレギュラー対応を担当
45歳 :客室マネジャーに就任
51歳 :客室教育訓練部部長に
55歳 :第4客室乗員部部長に
57歳 :中部支社長に就任
59歳 :執行役員、カスタマー・エクスペリエンス本部 副本部長に就任

直感で一問一答!

◉好きな言葉は?「笑門来福」「一日一爆笑」「常に明るく前向きに」

◉生まれ変わったら何になりたい?「IT企業に勤務してみたい。就職活動で内定をいただいたのがIT企業でした。もし就職していたらどんなキャリアを歩んでいたのかしら」

◉動物に例えると?「猫。猫が大好きだから(笑)。どんなに忙しくても猫と戯れることでリラックス、リセットできます」

◉最近観たおすすめの映画は?「『国宝』」

◉推しは?「歌舞伎女形・坂東玉三郎さん。本当に美しい…」

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PHOTO :
篠原宏明
EDIT&WRITING :
田中美保、木村 晶(Precious)