8月公開の「大人の女性におすすめしたい映画」4選
映画ライター・坂口さゆりさんが厳選した、「大人の女性が観るべき」映画作品を毎月、お届けする本シリーズ。今回は、2019年8月公開の映画、『トールキン 旅のはじまり』、『おしえて!ドクター・ルース』、『カーライル ニューヨークが恋したホテル』、『マイ・エンジェル』の4作品をご紹介します。
『トールキン 旅のはじまり』|ヒューマンドラマ
この作家の頭の中を覗いてみたいーー。自分がまったく想像もつかないような小説を読むと、ついそんな野暮なことを考えてしまいます。『指輪物語』のJ・R・R・トールキンもそのひとり。『トールキン 旅のはじまり』は、トールキンの生涯の友となった3人の友情と、愛する女性との関係を軸に、彼の波乱に満ちた半生を描いています。
20世紀初頭、3歳で父を亡くしたトールキンは、母と弟と3人暮らし。貧しいながらも母は息子たちに物語を創作して聞かせ、励まし続けます。ところが、その母も急死してしまい、12歳で孤児となったトールキンは、母の友人の神父の計らいで、弟とともにフォークナー夫人の家に下宿。奨学生となってキング・エドワード校に通うことになります。
そこはいわゆる上流階級の子息ばかりが通う名門校。転校生のトールキンは抜きん出た才能で、3人の生涯の友を得ることに。しかし時は流れ、戦争の影がヒタヒタと彼らにも迫ってくるのでした……。
本作を通して考えさせられたのは、「芸術のもつ力」です。トールキンには親も財産もありません。でも、並外れた言語力や絵の才能、そして母が育んでくれた創造力がありました。そんな素養があればこそ、「芸術の力で世界を変える」ことを誓い合うようになる3人の親友に恵まれ、愛する人にも巡り会うようになるのです。
ラスト、トールキンが語り出す「物語」に心踊るのは彼の家族だけではありません。各国の思惑が複雑に絡み合う現代では、個人の想像力がますます必要とされるのでは。人の心を動かす芸術には、確かに世界を変える力がある。この映画を見ながら改めてそう信じたくなりました。
作品詳細
- 『トールキン 旅のはじまり』
- 監督:ドメ・カルコスキ 出演:ニコラス・ホルト、リリー・コリンズ、コルム・ミーニー、アンソニー・ボイル、パトリック・ギブソン、トム・グリン=カーニーほか。
- 2019年8月30日(金)からTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。
『おしえて!ドクター・ルース』|ドキュメンタリー
突然ですが、みなさんは何歳まで働きたいですか? 私は書きたいことがある限り、この仕事を続けていきたいと思っていますが、この『おしえて!ドクター・ルース』の主人公ドクター・ルースには驚きました! なんと91歳の今も本を書いたり、国内外を股にかけ講演したり。現役のセックス・セラピストとして活躍しているのです。
本作は、そんなルースの人生を追った働く女性必見のドキュメンタリーです。
ドクター・ルースの名を一躍有名にしたのは、1980年代にニューヨークのラジオ局で始まったトーク番組「セクシュアリー・スピーキング」でした。
ニューヨークであってもまだ性の問題を大っぴらに語ることができなかった時代にスタート。リスナーの性の悩みに明るく明瞭に、かつ学術的にスッキリ答えてくれるドクター・ルースに多くの人が救われました。
番組は大評判となり、84年にはテレビ番組もスタート。「ノーマル」という言葉を嫌い、性別や指向に関わらず個人やカップルから性や人生の悩みについて相談を受けています。
そんな彼女は80年代に蔓延していたエイズへの偏見に立ち上がり、中絶問題で女性の権利の向上をあと押しし、LGBTの人々にも心を寄せ、多くの人々が彼女の明るい笑顔に癒されてきました。
なぜ彼女はこうした弱者に心を寄せるようになったのでしょうか。それは彼女の波乱に富んだ過去にあります。
ドクター・ルースはドイツ系アメリカ人。ユダヤ人である彼女は第二次世界大戦のホロコーストで両親と祖母、親戚を亡くし、天涯孤独となったことが大きく影響しています。
彼女はホロコーストで教育を断念した者に支払われる賠償金1500ドルを得て、2番目の夫ともに米国へ移住しますが、結婚が破綻したため、シングルマザーとなり時給1ドルのメイドをしながら子育てをしました。幼いころから熱心に学ぶ姿勢をもっていた彼女は、パリのソルボンヌ大学、コロンビア大学、コーネル大学で学び、ついには博士号を取得。81年にセックスセラピストとして開業します。
ドクター・ルースは正しい性教育を受けなかったために、性や家族計画の問題に振り回される人々を多く見てきたそう。だからこそ、「弱い立場に置かれた人々に無関心でいられない」と言います。
どんな試練に遭おうとも笑顔ですべてを益に変えてきたドクター・ルース。その生き方は必ず観る者にも生きる力を与えてくれます!
作品詳細
- 『おしえて!ドクター・ルース』
- 監督:ライアン・ホワイト 出演:ルース・K・ウエストハイマーほか。
- 2019年8月30日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開。
『カーライル ニューヨークが恋したホテル』|ドキュメンタリー
Precious読者にピッタリ! と思ってしまったドキュメンタリーがこちら『カーライル ニューヨークが恋したホテル』です。カーライルの名前は聞いたことがありましたが、まぁ本当に、なんて素敵なホテルなの! とワクワクしながら観てしまいました。
それはカーライルを愛する著名人の多さからもわかります。ジョージ・クルーニー、ウェス・アンダーソン、トミー・リー・ジョーンズ、ナオミ・キャンベル、ソフィア・コッポラ、アンジェリカ・ヒューストン…。豪華セレブたちがいかにこのホテルが素晴らしいかを語る語る!
英国王室もいつもこちらを利用しているそうで、ウィリアム王子とキャサリン妃がまだ小さなジョージ王子を連れて初めてニューヨークを訪れた際に宿泊したのもこのホテルでした。もちろんアメリカの歴代大統領も利用しています。
なぜこれほど支持されるのかといえば、このホテルは宿泊者の秘密を必ず守るから。カーライルに限っていえば、ここからスキャンダルが漏れることはないのです。
でも逆にいえば、そんなホテルだからこそ取材はかなり困難だった模様。マシュー・ミーレー監督がホテルに通いつめて4年をかけて制作。あの手この手で従業員たちの口を割らせようとするシーンも度々挿入されます。
「言えません」と断れられるなかでも、すでに故人となった人たちの驚きのエピソードが。なんとダイアナ妃とマイケル・ジャクソンとスティーブ・ジョブズが同じエレベーターに乗り合わせたことがあったとか。そして、沈黙に耐えられなかったのか、ダイアナ妃がマイケルの『ビート・イット』を口ずさんだ、というのです。その状況を想像するだけで思わず頬が緩んでしまいました。
映画からはカーライルで働く従業員たちの誇りも伝わってきます。転職が当たり前の米国にあって、勤続年数が長いのです! なかには40年以上という人も。自分の職場を愛する人たちばかりのホテルなんて、それは絶対素敵なホテルに決まってますよね。
ニューヨークのアッパー・イーストサイドにある5つ星ホテル「カーライル」。宿泊者のイニシャルを刺しゅうした枕カバーを用意するホテルなんて初耳です!
ホテル内にあるベーメルメンス・バーも魅力的。米国の絵本作家ルドウィッヒ・ベーメルマンスが1年半かけて壁に絵を描いたバーですが、ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブタペスト・ホテル』はここからインスピレーションを受けたそうです。
参考までにスイートは1泊2万ドルするそうですが、ホームページで宿泊料を検索してみたところ850ドル(9月15日1泊)でした。いつか夢のようなひとときを味わいたいものです。
作品詳細
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『カーライル ニューヨークが恋したホテル』
監督・脚本:マシュー・ミーレー『ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート』 撮影:ジャスティン・ベア 音楽:アール・ローズ 出演:ジョージ・クルーニー、ウェス・アンダーソン、ソフィア・コッポラ、アンジェリカ・ヒューストン、トミー・リー・ジョーンズ、ハリソン・フォード、ジェフ・ゴールドブラム、ウディ・アレン、ヴェラ・ウォン、アンソニー・ボーデイン、ロジャー・フェデラー、ジョン・ハム、レニー・クラヴィッツ、ナオミ・キャンベル、エレイン・ストリッチ 配給:アンプラグド - Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開中。
『マイ・エンジェル』|ヒューマンドラマ
オスカー女優マリオン・コティヤールが仕事も受けず、脚本も読まないオフの期間だったにもかかわらず、脚本の素晴らしさに出演を決めたという本作。コート・ダジュールを舞台に、行き場のない母娘の喪失と再生を描いた愛の物語です。
マリオンが演じるのは、愛されることを知らず、娘を愛する術を知らず、酒に男に流されてしまうシングルマザーのマルレーヌ。「エンジェル・フェイス」と呼ぶ8歳の娘エリー(エイリーヌ・アクソイ=エテックス)と海辺のアパートでふたり暮らしをしています。
“2度目”結婚式を明日に控えたマルレーヌは不安でなかなか寝つけません。今度こそうまくやらなくちゃ。そんな思いに駆られるマルレーヌは、エリーに子守唄を歌ってもらいながら寝つき、結婚式を迎えます。
幸せ絶頂だったはずのその日、マルレーヌは悪癖から酒を飲み続けて我を失い、披露パーティーで参加者の男性と不適切な関係に。その現場を夫に目撃され、結婚は見事に破談になってしまいます。
自宅のベッドでふさぎ込むようになったマルレーヌですが、ある日友人に誘われ、エリーを連れてナイトクラブへ出かけます。男と意気投合した彼女は、エリーをタクシーで帰宅させ、その男と消えてしまうのでした…。育児放棄されたエリーは、母と同じように酒を飲むようになり、学校ではイジメにあうようになります。
そんなエリーがやがて、前の家に住む男性を訪ねてきながらも拒否された息子フリオ(アルバン・ルノワール)と心を通わせることに…。
男を熱くしても愛されたことのない母親は、娘を愛しているにもかかわらず、子どもを愛する術も、育てる術も知りません。何も考えず行き当たりばったりで生きている、そんな人生がマリオンの演技から浮かんできます。冒頭の子守唄シーンを見れば、母と娘の危うい関係も明らかです。
マリオンの演技に負けていない、エリーを演じたエイリーヌ・アクソイ=エテックスもまた見事です。母親をジッと観察する姿や、意思の強さを瞳で表現。母親の愛に翻弄されながらも、フリオとの出会いで母と決別することを選ぶ少女の生きる力に圧倒されます。
ところで、この映画は10月に閉館が決まっている有楽町スバル座の最後の洋画作品。ぜひ劇場へ足を運んでみてくださいね。
作品詳細
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『マイ・エンジェル』
監督:ヴァネッサ・フィロ 出演:マリオン・コティヤール、エイリーヌ・アクソイ=エテックス、アルバン・ルノワール、アメリー・ドール、ステファン・リドーほか。 - 有楽町スバル座ほか全国順次公開中。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター