34歳で国際弁護士からギャラリーオーナーに転身したカティンカさん

N.Y.では、それぞれが抱く夢や目的に向かってまっすぐに生き抜く人々に出会うことができます。競争率の高いこの街でアメリカンドリームを手にすることのできる人は、たったのひと握り。では、誰がどうやって夢を掴んでいるのでしょうか? 本企画では、N.Y.といういばらの地で、自身を信じ強く美しく生き抜く女性たちの「リアルライフ」を赤裸々にご紹介します。

まずは、国際弁護士から34歳でギャラリーオーナーに転身したバイタリティーあふれる女性、カティンカ・タバカルさんの生活を覗き見てみましょう!

PROFILE
Catinca Tabacaru(カティンカ・タバカルさん)
1980年、ルーマニア出身。幼少の頃に、家族でカナダに移住する。カリフォルニア大学バークレー校で政治経済学を専攻し、デューク大学大学院ロースクールで法律と国際法の修士号を習得。2017年に国際弁護士になり、国際人道法に携わった後、2014年に自身の名を冠したギャラリーをオープン。

こぢんまりとしたユニークなギャラリーが数多く立ち並ぶニューヨーク・マンハッタン、ロウアー・イースト・サイド地区。そんな激戦区の中で、アップカミングなアーティストの作品をいち早く展示していることで注目されているのが、2014年にオープンした「カティンカ・タバカル・ギャラリー」です。

ロウアー・イースト・サイド地区に位置する「カティンカ・タバカル・ギャラリー」

設立者でオーナーのCatinca Tabacaru(カティンカ・タバカル)さんは、コミュニズム(共産主義)の時代、1980年に生まれたルーマニア人。「コミニュズムって、その時代の大人にとっては大変なことだったと思うのですが、わたしはまだ子供だったので、事情がよく理解できていなかったですね。実際、食べ物は地元直産のナチュラルな食材が中心、喉が乾けば湧き水を飲み、学校の後は友達と牛を追いかけたり滝で遊んだりと、今思えばとても恵まれた環境でのびのびと育ちました」。意外とワイルドな子供時代を送ったというカティンカさんですが、1989年のルーマニア革命を機に家族でカナダに移住した経験があるとか。

チャンスに恵まれた新生活

カナダでの生活は意外にも自由で「チャンスに恵まれていた」と、当時を回想するカティンカさん。頭脳明晰で勉強好きだった彼女は、名門のカリフォルニア大学バークレー校に入学。政治経済学を専攻した後、イタリアへ短期留学をするチャンスにも恵まれ、イタリア語の学士号を見事習得しました。次第に国際関係に興味を持ち弁護士への道を決心。卒業後はデューク大学のロースクールに入学し、国際法の修士号も習得するほど熱心に勉学に励みました。在学中にグアンタナモ収容所の弁護団にも参加。2007年に晴れて国際弁護士の資格を獲得した後は、ルワンダ国際戦犯法廷で、タンザニアにて国際人道法に携わりました。そのなかで、「人々の深い悲しみや暴力、紛争といった残酷な事実を目の当たりにするのはあまりにも辛く……。弁護士という仕事に対しても、無力さを感じ始めました」と当時の葛藤を匂わせるカティンカさん。そんな時、ニューヨークの法律事務所「Curtis, Mallet-Prevost, Colt & Mosle LLP」からオファーを受け、可能性に満ちた魅力的な街に、大きな期待を抱いて移り住みました。

N.Y.で直面した挫折

「実際に憧れのローファームで働いてみると、N.Y.での弁護士の仕事は自分が想像していたのとは、はるかにかけ離れていて……。自分の仕事が世界にとって意味のあることのようには感じられなくなってしまい、このまま続けるべきなのかどうかと仕事に疑問を持ち始めてしまいました」とカティンカさん。そして、そんな思いに耐えきれず、ついには退職を決意したとか。

退職への不安と未来に挑戦する勇気

写真に没頭していた高校時代や、大学院で専攻したドキュメンタリー写真のクラスでの経験などを生かし、退職後はアートに関わる仕事をしようと考え初めていたカティンカさん。とはいえ、退職を決意するのはそんなに簡単なことでなかったとか。「自分の心に従う正しい選択だと分かっているのですが、両親も周りの人も賛成はしてくれなかったので、正直迷うところもありました」。コミュニズムを逃れて新天地で生活を始めた経験をもつ父親が特に反対していたといいます。「経済的にもキャリアにも恵まれているのに、急にアート業界に転職を考えるなんて、人生を棒に振るのでは、と考えたのでしょうね。父は娘に良い人生を与えようと、自分の人生を犠牲にしてまで必死になって働いてくれたので、がっかりしたのかもしれません」。そんな不安や葛藤と戦いながらも、2010年に女性の権利とジェンダーライツ、ショートフィルムに焦点を当てた非営利団体「ウーマンズ・ヴォイス・ナウ」を発足。アートに携わる仕事は弁護士時代のオフィスワークとは一変して、毎日が新しい発見であふれていると感じ、本格的にアートと向き合おうと2014年には念願のギャラリーをオープンしました。トレンドを意識するのではなく、ユニークな作品を打ち出す新人アーティストを発掘することができるギャラリーオーナーとしての目利きを発揮し、今ではペインティグや写真、彫刻、インスタレーションアートを中心にしたコンテンポラリーアートを2〜3週間おきに展示するほどに。

チャレンジを経て辿り着いた成長

今までの人生で一番の挑戦は「いわゆる世間の『こうすべきだ、こうでなくてはならない』という一般論を無視すること」だったとか。「弁護士の世界でもアート業界でも、必ず『こういうアーティストを展示しなければならない』、『こういう友達やネットワークを築かなければならない』という『〜すべき』というスタンダードがあります。自分の心の声を聞いて、自分が信じた方へ、みんなと違う方向へ進むことはとても難しいことですね。私が転職したときのように。でも自分の心の声を信じてアート業界に転身して、あの時の自分の判断は間違っていなかった。クリエイティブな人々と関わり合える、素晴らしいライフスタイルが送れるようになったので、よかったと思っています」。

同世代のアーティスト作品へのこだわり

レースやパール、レザーなど、上等な素材を使ったダークな印象のマスク。
空想的なキャラクターがかくれんぼをしているコミカルな『la monture』。
鹿の頭が映るエキセントリックな『le lieu reposé du chevreuil』。

運営しているギャラリーのコンセプトは、カティンカさんと同世代のアーティストの作品を展示すること。「年齢差が10歳以内のアーティストの作品がほとんどです」。同世代は同じ星の下に生まれ、同じアイデアを共有しているので、心の位置が近く感じるといいます。また、「派手でエキセントリックな作品を作る、まだキャリアの浅い『ずば抜けた感性をもつ』新人のアーティストを選ぶことにこだわっている」とも。2017年の6月には、若きフランス人アーティスト、メヒリル・レヴィッセの初個展を開催。「エロティックでコミカルなヌード作品に対しては賛否両論でしたが、それもまた、いい経験になったと思っています」と常に前向きに捉えるカティンカさん。新しいプロジェクトへの参加も積極的に行なっているとか。

ジンバブエでの出会いと新たな挑戦

今後の目標は、「アフリカのアーティストが自分の作品を発表する場をアフリカで設けられるよう、ジンバブエでギャラリーをオープンする」こと。プロジェクトはもう動き出し、カティンカさん自身も何度もジンバブエに足を運んでいます。「アフリカ在住のアーティストは、ヨーロッパやアメリカに渡り、自身のアートを発表するものだと世間は思っていますが、彼らがアメリカに入国することは経済的にもビザの問題でも難しい。だったらアートの発表の場をアフリカに持って行こう、と思ったことがきっかけでした。これは北や西に住む私達にとっても、現地に赴くきっかけとなり素晴らしい経験になると思います」。今では国際弁護士の経験をもつ彼女ならではの知識やアイディアが助けとなり、弁護士時代に培ったコミュニケーション能力やスマートな交渉術を強みに他のギャラリストでは行えない法的な処置も念頭に入れながらアーティスト発掘に励んでいるのだとか。「ビザの問題で、国を渡ることができないアーティストをサポートするアート作品展示方法は、人道法に携わっていたからこそ生まれた視点。大きなギャラリーで、人気のアーティストを展示することに興味は抱かず、アーティストのためを思った展示方法に今後も携わって行きたいです」。

「初めはギャラリストへの転身がベストな選択かは分からなかったけれど、今では間違っていなかったと思えます」と話すカティンカさん。「36歳になった今は20代に比べて精神的にも落ち着き安定している。そして弁護士だったころよりも心が元気で幸せですね。今の仕事では、自分の素直な気持ちを大切に、新しい物事と進撃に向き合うことができる。毎月ギャラリー内で生まれる新しい世界をアーティストとともに創造できて、とても満足しています」。誰もが反対する突然の転職宣言からわずか数年で、未来へと繋がる確かな道筋を切り開いた若き成功者。アメリカンドリームを見事手にした若干36歳のギャラリストの挑戦は、これからも続きます。

【カティンカ流、アイコンスタイル3選】

ビジネスシーンで着用することが多いEmilia Wickstedのドレス。ギャラリーのイベントでも愛用するお気に入り。
白のワンジーは、ウィリアムズバーグのブティックで購入。デートやリゾートで着る軽やかなスタイル。
カイロの空港で買ったカフタン。ボヘミアンやヒッピーっぽい雰囲気の服も好き。

【一問一答Q&A】

Q. 自分を一言で表すなら? 
A. 派手。

Q. 影響を受けた人 
A. たくさんいて、ひとりに決められない。私の人生において、優しくて恐れることなく、反骨スピリットを持ち合わせた人ね。

Q. 人生で一番大切なものは?
A. 愛。

【デイリーの愛用品】

お母さんからもらった、エルメスのバングル。デイリーに使えるから、大活躍している。
友達がくれた、東南アジアを連想させる化粧ポーチ。大きすぎず、小さすぎないサイズがぴったり。
Rui Chafesのアーティストブック。50代のスカルプターで、見事な作品。
カティンカさんのギャラリーで開催したグループ展『Nova Terra』のカタログ。イスラエルやジンバブエのアーティスト、4人をフューチャーした。

【N.Y.で生き抜くカティンカさんの24時】

■9:00AM 目覚まし時計が鳴る。スヌーズを2〜3回して浅い眠りの中でまどろむのが好き。ベッドの陽の当たる私の肌を温める場所で寝返りを打つ。
■9:30AM もしボーイフレンドがまだベッドにいたら、キスを。携帯でメールチェックをして、急用や何か素敵なニュースはないかと調べる。
■10:00AM シャワーを浴びてギャラリーへ行く準備をする。
■10:30AM 2ブロック先にあるお気に入りのコーヒーショップ、「Butler」に行き、ラージカップに入ったミディアムコーヒーをオーダー。ブラウンシュガーをスプーン2杯とアーモンドミルクを入れるのが好き。
■10:40AM たまにはウィリアムズバーグブリッジを徒歩で渡ることもあるけど、大抵はUberでギャラリーに出勤。
■11:00AM ギャラリーに到着。アシスタントディレクターのラファエル・ギルバート(ラフィ)がすでにギャラリーを開けて、コーヒーかお茶を淹れてくれる。
■11:05AM まずはクイックミーティングを行い、前日に起こったことやその日のうちに片付けなければならないことについて擦り合わせる。
■11:15AM その日に何が起こるかを予想するのは難しい。Eメール、スカイプコール、ストラテジーミーティング、etc。アーティストとプロジェクトに関し話し合うこともあれば、ギャラリーのウェブサイトの更新に時間を当てたり、プレスが取材に訪ねてくることも。イベントを企画したりアートフェアに応募したり……。N.Y.の真ん中で産声をあげたばかりの3歳のギャラリーとしては、すべきタスクが山積みです。
■1:30PM コレクターやキュレーター、アーティスト、友達などとのランチを楽しむ。予定がないときには素敵なインターンがランチを買ってきてくれるのよ。「An Choi」のベトナミーズサンドイッチや、「Dudley’s」のエッグサンドイッチとブルッセルスプラウト、もしくはデリのサラダが定番。ランチ後も仕事はまだまだ続きます。
■3:00PM ギャラリーは大抵午後の方がお客さんが多く、自ら対応。ミーティングがあるときにはラフィがサポートしてくれるのよ。キュレーターやコレクターもこの時間帯に来ることが多く、いかに目的を達成するか、問題を解決するか、アーティストを特定のレジデンシープログラムや美術館の展覧会に入れるかを話し合う。
■7:00PM 他のギャラリーのオープニングに行ったり、ビジネスやパーソナルなディナーに。女友達とヨガに行ってからディナーを楽しむこともあるのよ。パフォーマンスやシアターのショーにも。金曜日には「Grace Exhibition Space」行くのも好き。「BAM」もお気に入りのスポットよ。 ここはオプションだらけのN.Y.。退屈することなんて、一生ないわ!
■10:00PM 家に帰るときもあれば、まだまだパーティーを楽しむことも。いずれにしても、帰宅後は1〜2時間PCでメールチェックなど仕事を行う。何事もなければボーイフレンドとTVドラマを見てリラックスすることも。最近は『Dear White People』にふたりとも夢中なのよ! どんなに夜が遅くなったとしても、2時までには帰宅するの。だって、2時以降に「いいことは」滅多に起こらないから。
■0:00〜2:00AM 大抵この時間に消灯。厳しいタイムスケジュールは作っていないから、早く寝るときは次の日の8時に起きて、リビングでヨガをすることも。 

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PHOTO :
Lisa Kato
WRITING :
Azumi Hasegawa
EDIT :
石原あや乃