寺島しのぶさん「今は手が届きそうで届かない……でも、ラグジュアリーは、きっと自分の中にこそ、ある」
シャッターの音が止み、撮ったばかりの写真がPCに映し出される。スタッフから賞賛の声が上がっても、寺島しのぶさんがその場を動くことはなかった。裸足のまま座り込み、手持ち無沙汰な様子で自分の手など眺めている。
「撮影はカメラマンとの対峙。私の動きをカメラが追って……そのやり取りが楽しい。自分はあくまで『素材』だから、切り取られた一瞬の『作品』は、もう私のものじゃないような気がして。『自分がどんな顔で写ったか』には、ほとんど興味がないんです」
「ラグジュアリー」とは「豊かな心」
こんなふうに、ありのままの自分を「はい、どうぞ」と、カメラに差し出せる女優は、実はそれ程、多くない。
「ラグジュアリー……説明するのは難しいけど……あえて言葉にするなら、『豊かな心』、でしょうか。『自分のための時間』をつくれる心のゆとり、も含めて。
私自身は今、本当に時間に追われているので。毎日、やるべきことをメモにして、ひとつひとつ必死にこなして。夫からは『いつもいつも、何をそんなに急いでいるの?』と言われるくらい。
まだ子供がいなかったころ、夫とふたりでシャンパングラスを片手に眺めたモルジブの海。何をしても、何もしなくてもよかった、まさにラグジュアリーな時間……今となっては、まるで幻みたい(笑)」
7歳になる一人息子の眞秀君は、2月には歌舞伎座の舞台に立った。老犬の介護も重なり、睡眠時間すらままならない日々。
「ふと鏡を眺め、眉間のシワにゾッとすることもあるけれど、今はしかたない。自分がやるべきことをやる、そんな時期だと受け止めています。子供がいなかったら絶対にやらなかったこと、知らなかったことを経験できて、その積み重ねはいずれ絶対に自分自身の人生を豊かにしてくれるはず。だから楽しもう、ありがたいこと、だと。子供の目を通して歌舞伎の世界を観て、改めて実感できたこともありました」
先日は、祖父が舞台で身につけ、祖母から母へ譲られた貴重な帯を、今度は寺島さん自身が受け継いで、撮影に臨んだ。
「振り返ってみれば、物心つく前からずっと、私は無意識に『ラグジュアリー』なものに触れ、育てられてきました。若いころにはわからなかった、その大切さ、ありがたみが、大人になった今、よくわかります。尾上の家に生まれたことに悩んだこともあったけど、今はすべての偶然に感謝したい。今後、10年、20年経ったとき、自分の人生を振り返って、『ああ、あのとき辛かった時間も、自分を育てたラグジュアリーな時間だった』と、思える日が来ることを信じ……たいですね(笑)」
寺島さんが歌舞伎の家に生まれたことは、確かに偶然であったかもしれない。しかし、ラグジュアリーを肌で知る女優が真摯に芸を磨き、己を磨き、カメラに自分を差し出す潔さを身につけ、今、ここにいるのは偶然ではない。
シンプルなシャツにさりげないデニムが、このうえなく格好いい。このたたずまいこそが、唯一無二の「ラグジュアリー」ではないだろうか。
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- 河西真紀
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- 兼信実加子、喜多容子(Precious)