漫画家のかわぐちかいじ氏による80〜90年代の大ヒットコミック『沈黙の艦隊』が、海上自衛隊協力のもとに30年の時を経て実写化されます。核や国際政治をめぐる緊迫した心理戦を未曾有のスケールで描いた今作の主人公、海江田四郎を演じるのは大沢たかおさん。海江田を追いかける深町洋役で玉木宏さんが共演。合同取材もまじえたおふたりのインタビューを3回にわたってお届けします。初回は大沢さんと玉木さんの初共演時のエピソードから、潜水艦映画ならではの過酷な撮影環境や作品の見どころまでお聞きしました。

大沢たかおさん
(おおさわ・たかお)東京都出身。1987年より『MEN’S NON-NO』を始めとするファッション誌やパリコレクションでモデルとして活躍し、1994年のドラマ『君といた夏』(CX)で俳優に転身。2005年には映画『解夏』(東宝)で第28回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞する。国民的人気ドラマの『JIN -仁-』(09年/TBS)で主演を務め、映画『ミッドナイト・イーグル』(07年/松竹)、『藁の楯 わらのたて』(13年/ワーナー・ブラザース)、『風に立つライオン』(15年/東宝)など話題作に多数出演。2023年はシリーズ最高傑作との呼び声も高い映画『キングダム 運命の炎』(東宝、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)が公開。映画『沈黙の艦隊』(23年/東宝)では、俳優とプロデューサーを兼任した
玉木 宏さん
(たまき・ひろし)愛知県出身。1998年にドラマ『せつない』(EX)で俳優デビュー。2001年に映画『ウォーターボーイズ』(東宝)で注目を集め、2006年にドラマ『のだめカンタービレ』(CX)でエランドール新人賞を受賞する。2007年には映画『ミッドナイト・イーグル』(松竹)で大沢たかお氏と共演。その後、連続テレビ小説『あさが来た』(15年/NHK)、『極主夫道』(20年/NTV)、大河ドラマ『青天を衝け』(21年/NHK)など話題作に出演。今年は映画『キングダム 運命の炎』(23年)が公開。2024年には映画『ゴールデンカムイ』の公開を控えている

「潜水艦という特殊な空間の中で、時間の流れ方にも不思議なものを感じました」玉木 宏さん

この映画の原作である『沈黙の艦隊』は、1988年から1996年まで週刊漫画雑誌『モーニング』(講談社)で連載された、累計発行部数3200万部(紙と電子を含む)を超える伝説的なコミックです。主人公の海江田(大沢たかお)は米艦隊所属という数奇な運命をもつ世界最新鋭の原子力潜水艦、〈シーバット(=やまと)〉の艦長でありながら、原潜と乗組員76名を伴い航海中に逃走。核の脅威を盾に世界と対峙する海江田の行為は、果たして善なのか、悪なのか。海江田の暴走を止めるべく後を追う日本海上自衛隊のディーゼル潜水艦〈たつなみ〉の艦長、深町(玉木 宏)との心理劇も見どころです。そんな大沢さんと玉木さんの初めての共演作品は、16年前の山岳アクション映画『ミッドナイト・イーグル』。今回久々の顔合わせとなりました。

――『沈黙の艦隊』で久しぶりに共演されてみていかがでしたか。

大沢 「『ミッドナイト・イーグル』からかなり時間がたちましたが、当時の玉木くんに感じた“すごく信頼できて、性格が良くて、みんなに愛される役者さん”という記憶は強く残っていました。今回一緒のシーンは少なかったですが、また共演することができてとても楽しかったです」

俳優の大沢たかおさんと玉木宏さん
今回一緒のシーンは少なかったですが、また共演することができてとても楽しかった(大沢さん)

玉木 「あのときは大沢さんの背中を本当に近くで見させていただきました。大沢さんが栄養補助食品を食べるシーンがあったのですが、僕が16~17テイクくらいNGを出してしまったんです。そのたびに延々と食べさせ続けてしまったんです」

大沢 「(笑)」

玉木 「もう今回はそんなミスは絶対に許されないぞ!と心しながらご一緒させていただいたのですが、残念ながら今作では、大沢さんと実際に対峙するシーンは限られていて、それぞれ別の潜水艦の艦長という役どころなので、撮影は僕が率いる〈たつなみ〉のパートから始まりました。まだ撮影を手探りで進めていくような段階で大沢さん演じる海江田と僕の演じる深町が電話で会話するシーンがあったのですが、そのとき、大沢さんがわざわざ現場に来てくださったのがとてもうれしかった。役もつかみやすくなってありがたかったです」

大沢 「監督が”来てくれますか?”と声をかけてくれたんです。そう言ってくれたことがうれしかったし、玉木くんとも全然会えていなかったのでおじゃましました。撮影は〈たつなみ〉パートが終わったら次は他のパートなどと、セットごとに集中して撮っていたので、現場がどのように動いているのか自分の目で確かめてみたい気持ちもありました」

玉木 「後日、深町が海江田と話すために〈シーバット〉にひとりで乗り込むシーンを撮影したときには、僕はものすごくアウェイ感があったんです。僕たち〈たつなみ〉の現場とは空気が全く違って、まるでよその現場に行ったような気がしたんです。〈たつなみ〉は艦内もアナログな潜水艦だけに、最新鋭の原潜〈シーバット〉艦内の光景が本当に別世界に見えました」

大沢たかおさんと玉木宏さん
、最新鋭の原潜〈シーバット〉艦内の光景が本当に別世界に見えました(玉木さん)

大沢 「撮った季節も違うんですよね。〈たつなみ〉パートの撮影は夏の終わりで、少し汗ばむくらいでした。入り口を遮光した巨大な倉庫の中にセットを建て込む時間が必要で、潜水艦のセットを変えて、撮影を再開するころにはすでに冬になっていたんです。気候も一変してものすごく寒い中、実際の潜水艦と同じように狭いセットにずっといるうちに、徐々に〈シーバット〉の役者陣に運命共同体のような一体感が出てきました。長丁場の撮影はただでさえ結束力が高まるのに、同じ潜水艦の中に延々とみんなでいるから団結感の高まりはひとしおで。そんなタイミングで玉木くんが撮影のためにひとりでやって来たものですから、空気が違ってとまどっただろうなと思います」

――お聞きしていると、それだけ今回の撮影現場が特殊で過酷な環境だったことが伝わってきます。〈たつなみ〉の現場のほうはどのような状況だったのでしょう。

玉木 「〈たつなみ〉のほうも同じように団結力が高まりました。潜水艦という深海における密室のような特殊な空間の中で、時間の流れ方にも何か不思議なものを感じました。僕個人としては潜水艦を舞台にした作品は3作品目なんです。だからおおよその様子は想像できていたのですが、やはり実際に撮影に入るとなかなかキツイものがあるというか。ずっと同じセットで、潜水艦も実際には動いているのに撮影時は動かない中で、どんどんストーリーが展開して緊迫感が上昇していく。動きがないからといって気持ちまでフラットになったら絵もつまらなくなってしまうので、シーンごとに気持ちをちゃんと植え付けておくことに留意しました」

「果たして海江田を原作どおりの人物像で捉えるべきか、悩みました」大沢たかおさん

―― 見どころが詰まっている『沈黙の艦隊』ですが、映画の最大の魅力はどのあたりになるのでしょうか。

大沢 「30年前の作品ながら、構造的に見たときにすごく新鮮な印象があるんですよ。たとえば主人公が成長していくようなわかりやすい物語ではないんです。主人公がとんでもないことをやらかすところから始まって、周囲をどんどん巻き込んでいく。巻き込まれる政治家や潜水艦の乗員、アメリカの艦隊の司令官や乗員含めて、彼らのほうが正義に見えたり成長する部分もあるという意味でストーリーの構造に新しさを感じますし、令和の今だからこそ響く部分もあると思っています」

玉木 「主人公の海江田自体、テロリストなのか、はたまたそうではなく救世主なのかというあたりもよくわからないまま、ただただ周囲が翻弄されていく様子に痛快さを感じるかもしれません。また、政治家たちがどのような結論を出すのか、日本とアメリカの関係はどうなってしまうんだ!?という時事的要素も特色ですね。ちょっと怖さを感じさせる、ポリティカルなエンターテイメント性が醍醐味だと思います。潜水艦の映像などはCG技術を駆使していて、男のロマンや臨場感あふれる映像を味わってもらえると思います」

令和の今だからこそ響く部分もあると思っています(大沢さん)
令和の今だからこそ響く部分もあると思っています(大沢さん)

――30年前の作品を今の世に送り出すにあたって、おふたりが念頭におかれたのはどのようなことでしたか。

大沢 「原作に登場したソ連は今はないですし、人の価値観を始めこの30年でさまざまなことが変化しました。そのあたりをふまえて考えたのは、海江田の人物造形です。コミックでは最初の1ページめから“この人、いい人なんだな”と思わせるような、非常に勇ましくて正しい雰囲気の人物として描かれているんです。でも、果たしてそれでいいんだろうか。令和の時代に海江田という人物がスクリーンに現れたとき、すぐに“この人は正義の味方だな”と思わせることが今回の映画として面白いことなのかと疑問に思えたんです。核兵器を積んだ潜水艦を乗っ取って戦争をもくろむ行為は反逆です。素敵でも正しくもないんですよ。だから別に美化しなくてもいいんじゃないかと思ったんです。あえてそのぐらいの腹づもりでいる主人公も、もしかしたら今の時代にはいいのかもしれないと。そこは原作とは大きく変えて調整をしてみました」

玉木 「30年前と変わっていない点に着目するとしたら、核に対する恐怖は変わらないと思いますし、何を考えているのかわからない人物に翻弄される危機感というのも、いつの時代も同じだと思います。実際、今はいつどこで暴走が始まってしまうかもわからない時代です。エンタメ作品として今できることのほうがきっと多いのではと思いながら、作品に向き合ってきたところはあります」

大沢 「残念ながら30年前よりも戦争やさまざまな問題が人ごとではなくなってきています。国家間の紛争が我々の身近な事柄に感じられてしまう現代において、30年たっても色あせない原作を今の映画として送り出すことに、僕はすごく意味があると思っています」

俳優の玉木宏さん
エンタメ作品として今できることのほうがきっと多いのではと思いながら、作品に向き合ってきた(玉木さん)
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ときに談笑しながら、今回の作品をとりまく背景について言葉を尽くして語ってくださった大沢さんと玉木さん。Vol.2では、撮影裏話をお聞きしています。お楽しみに。


■映画『沈黙の艦隊』9月29日公開!

日本近海で海上自衛隊の潜水艦が米原潜と衝突し、海江田艦長と全乗組員の死亡が報道される。しかし事故は、海江田が秘密裏に日米政府の作った原潜に乗船させるための偽装工作だった。海江田は核ミサイルを乗せたまま逃亡し、独立国家「やまと」を世界へ宣言する――
かわぐちかいじの人気漫画『沈黙の艦隊』を、大沢たかお主演・プロデューサーで実写映画化。事故を装って日本初の原子力潜水艦を奪った艦長と、彼を追う日米政府・海上自衛隊・米海軍を描く。

出演:大沢たかお、玉木宏、上戸彩、ユースケ・サンタマリア、中村倫也、中村蒼、松岡広大、前原滉、水川あさみ、岡本多緒、手塚とおる、酒向芳、笹野高史、アレクス・ポーノヴィッチ、リック・アムスバリー、橋爪功、夏川結衣、江口洋介
原作:かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』(講談社「モーニング」)
監督:吉野耕平
脚本:髙井光
音楽:池頼広
主題歌:Ado「DIGNITY」(ユニバーサル ミュージック)/楽曲提供:B’z
プロデューサー:松橋真三、大沢たかお、千田幸子、浦部宣滋
制作:CREDEUS
配給:東宝
(C)かわぐちかいじ/講談社 
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■大沢たかおさん衣装 ニット¥72,600(インコントロ)
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この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
PHOTO :
中田陽子(MAETTICO)
STYLIST :
黒田 領(大沢さん)、上野健太郎(玉木さん)
HAIR MAKE :
松本あきお(beautiful ambition/大沢さん)、渡部幸也(riLLa/玉木さん)
WRITING :
谷畑まゆみ