ビアンカ・ジャガー。正式には、ビアンカ・ペレス・モラ・マシアス。ニカラグア人。今もまばゆいばかりにオーラを放つ'70年代を代表するファッションアイコンのひとりだ。

'70年代のセレブカップル、ビアンカ・ジャガーとミック・ジャガー

ミック・ジャガーとの結婚

1971年5月12日、ローリングストーンズのミック・ ジャガーと結婚。サントロペのタウンホールでの挙式では、 新郎新婦ともイヴ・サンローランのスーツをまとい、ビアンカの素肌の上に着たタキシードジャケットとマキシのファッ ションが話題を呼んだ。付き添ったのは、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム。 ブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーブ、ジェーン・ フォンダと名だたる美女を恋人や妻にした、当代きっての”ドンファン” だ。そして、ビアンカの友人でアラン・ドロンの妻であり、 すでに離婚していたナタリー・ドロン。

結婚式を彩った人物の名前だけでも、' 70年代の初期の気分が盛り上がってくる。自由で大胆で、 恐い物知らず。美しさこそが最大の権力であった時代。 愛こそ全てを凌駕する若者の時代であった。

ビアンカ・ジャガーのファッション

スーパースターのミック・ ジャガーの最初の結婚の相手として語られることが多いビアンカだ が、彼女は'60年代にすでにニューヨークでは雲の上の人、 セレブリティ中のセレブリティとして知られていた。

いわゆるジェットセッターで、 ニューヨークとパリを往来する生活であったが、「 なにもしないでスターになった唯一の人間」 と自分自身を形容していたほどだ(『ヴォーグの60年間』 平凡社)。セルジュ・ルタンスの白っぽいメイクアップを施し、 身支度に何時間もかけ、 美しい姿で遅い時間に華々しく登場することでも有名であった。

ビアンカ・ジャガーのファッション

ビアンカは、ファッションセンスでも群を抜いていた。 装飾過剰なヒッピーシックにさっさと別れを告げミニマルで機能的 、 かつエレガントなニューヨークファッションをいち早く身にまとい 、デザイナー達のミューズとなった。ビアンカをとびきり輝かせた舞台となったのは、当時、 ニューヨークで最高にスノッブなナイトクラブ「スタジオ54」 だ。

ビアンカ・ジャガーとアンディ・ウォーホール

アンディ・ウォーホール(上写真右)を始め、デヴィッド・ボウイやミック・ ジャガー、ライザ・ミネリなどのスターアーティストをはじめ、 ニューヨークファッションの旗手カルバン・クライン、 ホルストン等が夜な夜な集い、ビアンカは、 彼らのドレスを着こなし、女王のように華やかな輪の中心にいた。

そもそも、この退廃的快楽の殿堂「スタジオ54」の雰囲気は、ビアンカの誕生日パーティで、 そのイメージが決定付けられたと言ってもよい。「 白馬にまたがった彼女が、 雲つくような黒人の大男によってダンスフロアを引き回された。 男は身体を覆うきらびやかな金色の装飾片以外は何もまとってい なかった。それ以後、 同じような華麗さとファンタジーの突拍子もない組み合わせがある 限りは、何をしても良かった」(『カポーティ』ジェラルド・ クラーク著 文藝春秋)。

アートとポップ、俗悪と貴族趣味が交差し、 混迷を極めながらモダンに変容する'70年代のニューヨークのサブ カルチャーシーン。 まさに存在するだけでそれをリードしていたのが、ビアンカその人であった。すごい美人というわけではないが、 辺りを払う意志的で個性的な顔立ちは、 モデルや女優と言った容貌が命の女性達とは、ひと味異なる誇り高い バックグラウンドを感じさせた。

ビアンカ・ジャガーのバックグラウンドと、今

ニカラグアの名門一族に生まれ、 その後フランス屈指のエリート“養成学校”グランゼコール”のひとつ、 パリ政治学院を卒業。ついでながら、 単なるお嬢様のパリ遊学とは異なる選択であったことを強調してお こう。パリ政治学院は、フランソワ・ミッテラン、ジャック・ シラクを始め著名な政治家を輩出した、 ハーバードやオックスフォード並みに世界的評価が高い大学である 。

彼女を有名にした社交界とは無縁に映るキャリアだが、 洗練された会話やウィットに富んだ仕草と天衣無縫な'70年代的行 動が合わさって、どれほどビアンカが、周りを魅了したことかは、 容易に想像できる。中南米のエキゾチズム、高学歴、由緒ある家柄、華やかさとはうらはらの謎めいた私生活、ひと癖ある美貌。 人気ロックアーティストと結婚したにもかかわらず、ビアンカはいわゆるグルーピーではなかった。 ドラッグやアルコールに溺れることなく、 自分のやるべき途を見いだしたのだ。

ビアンカジャガーと娘のジェイド

一人娘ジェイドをもうけた後、ミックの浮気が原因で離婚。 以来破天荒なまでの女性遍歴を重ねるミック・ ジャガーとは対照的に、ビアンカはひっそりと華やかな世界から姿を消した。 内乱が続く祖国ニカラグアのための人権活動家として。 そして現在は地球温暖化や貧困、飢餓、 放射能問題に対して積極的に発言を続けている。

この記事の執筆者
1987年、国際羊毛事務局婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。2000年より情報用語辞典『イミダス』でファッション分野を執筆。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
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文/藤岡篤子 写真提供/AFLO 構成/渋谷香菜子