【目次】

【第39回のあらすじ】

1584(天正13)年、小牧・長久手の戦いで織田・徳川との和睦に成功し、秀吉(池松壮亮さん)は関白に。秀長(仲野太賀さん)は大和郡山城で、今で言うところの“町おこし”を成し遂げ、3か月ぶりに大坂城の秀吉を訪ねました。まるで数年ぶりの再会のようにお互いの手柄を称え喜びあうふたり――この兄弟、本当に仲よしですね。

相変わらず信濃の真田氏との戦いを続けていた家康(松下洸平さん)。

(C)NHK
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その腹心の石川数正(迫田孝也さん)を大坂城へ呼び出した秀吉は、真田との和睦を持ちかけます。難色を示す数正に見せたのは、京につくる予定の自邸“聚楽第(じゅらくだい/じゅらくてい)”の模型。その城郭計画の見事さに数正は目を見張ります。しかも城郭計画を見せただけでなく、大量の金を「徳川へのほんの手土産」とした秀吉、己の力をわかりやすく示したというわけですね。

(C)NHK
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ここで筆者が目を見張ったのは、まるで21世紀クオリティの聚楽第の模型です。紙に描いた平面図だけでなく、複雑な構造をもつ天守や大広間を施工する前には、棟梁が実際に木を削って、組み立て式の縮小模型をつくったのだそう。

ちなみにこの聚楽第はのちに跡形もなく打ち壊されましたが、現在の京都市上京区・大宮通から千本通、中立売通から丸太町通にかけての西陣エリアに、当時の堀跡や本丸跡を示す石碑が残っています。

第39回「茶々の本心」では、戦国武将を支えた女たちの“本心”が最大の見せ場でした。

信長の妹・市(宮崎あおいさん)と浅井長政(中島歩さん)夫婦の三姉妹は大坂城で暮らしていましたが、長女の茶々(井上和さん)にとって両親の仇である秀吉に庇護されている現実は耐えがたい苦痛のはず。そんな茶々を楽にするためにも「早う嫁に…」と秀吉はせき立てますが、茶々は「政のために使われるのは真っ平。生涯この家のお荷物となって朽ち果てます、殿下の苦しむお顔を眺めながら…」と頑なです。

そんな茶々を説得――いや、茶々自身に己と向き合い、本心を確かめさせたのは、秀吉の正妻、今では「北の政所(まんどころ)」と呼ばれる寧々(浜辺美波さん)です。

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「政所」とは、身分の高い公家や将軍家が、自身の家政(領地や財産管理、私的な事務)を処理するために設けた機関・事務所のこと。貴族の寝殿造りにおいて、主人は南側の部屋を使用し、妻(正室)は北側の部屋に住む慣例から、正室を「北」や「北の方」と表現しました。「北の政所」は、関白・秀吉の妻である寧々を指しています。

寧々の提案は、茶々が秀吉の妻になるか否か弓で決めようというのです。寧々が勝てば茶々は豊臣家のために秀吉の妻になる、茶々が勝てば好きにしてよい、と。戦国時代の武家の女性たちは、嗜みとしての長刀(なぎなた)や小太刀(こだち)だけでなく、万が一の際の防衛や護身のために弓術(弓道)を身につけることがありました。茶々が弓の練習をしているシーンはたびたび描かれていましたね。寧々は織田家の弓衆の娘です。勝負は五分五分といったところでしょうか。

(NHK)
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勝ったのは茶々ですが、「万民を豊かにする」という思いを込めて豊臣姓を名乗った秀吉の妻となることを決めた彼女に、「これからは共にこの家を守っておくれ」と言い切った寧々、そして「ありがたき幸せ」と応えた茶々。なんとも清々しく、潔く、頼もしい女たちでしょう。茶々を秀吉の妻に迎え入れることは、“秀吉LOVE”な寧々にとって苦渋の決断でしたが、本作では秀吉との子を成すことが叶わなかった正妻・寧々によって、うま~く茶々と視聴者を納得させましたね。

こうして、織田、浅井、豊臣は血縁となりました。そして茶々は、豊臣家の嫡男を産むという重要な役目を果たすことになるのです。

そして次回送りとして…石川数正が徳川を捨てて出奔、豊臣兄弟の元へやって来ました。さぁ、どうする家康!? 


【寧々と茶々の見事な役割分担まとめ】

最下層武士の秀吉と恋愛結婚し、苦労を共にしながら夫を天下人へと押し上げた寧々。一方の茶々は、父は浅井長政、母は信長の妹・市という名門の間に生まれた姫ながら、豊臣家の命脈をつないだ「血統の守護者」です。対照的なこのふたりは対立する関係として受け止められることが多いようですが、秀吉と豊臣家を支える両輪のような存在でした。

残り10回となった『豊臣兄弟!』をより楽しむために、彼女たちが豊臣家と豊臣政権においてどのような存在だったか、何を果たしたのか、さくっとまとめてみましょう。

■豊臣家の大黒柱、「豊臣のかかさま」こと寧々

・豊臣家の「奥(私的空間)」を取り仕切る

  • 全国の大名から人質として集められた、妻や子供たちが生活する屋敷(奥)を統率。人質である彼らの待遇を配慮し、各大名家とのトラブルを防ぐ策を講じるなど、政権の裏側を安定させました。

  • ・武闘派家臣たちの「おふくろさま」

  • 子に恵まれなかった寧々は、幼くして家臣となった加藤清正(伊藤絃さん)や福島正則(松崎優輝さん)たちを自分の子どものように愛情をもって育て、精神的な支えにもなっていました。

  • ・朝廷・公家・諸大名との外交

  • 朝廷から武家の女性に与えられる最高位の「従一位」を授かった寧々は、「北の政所」として天皇や公家、各大名の正妻たちと親交を深めました。豊臣家の社会的威信を高めたのは寧々というわけです。豊臣政権の正統性を補強する“外交官”としての重要な役割を果たしました。

■姫君から豊臣家の生母、そして最高決裁者へ…茶々

・豊臣家の「跡継ぎ」を生むという絶対的功績

  • そもそも茶々が秀吉の妻となったのは、長らく後継者に恵まれなかった秀吉との間に子をもうけるため。秀吉・寧々夫妻には何人もの養子がいましたが、家のためにはやはり実子を、ということです。そして茶々は立派な男児(鶴松.。のちの秀頼)を出産します。当時の武家社会において、跡継ぎを生むことは最大の貢献のひとつです。これにより、茶々は豊臣家のなかで絶対的な政治力・発言力を得ました。

  • ・秀吉亡なきあとの「最高決裁者」

  • 1598(慶長3)年に秀吉が亡くなって幼い秀頼が豊臣家の当主になると、茶々はその生母として大坂城の差配や直轄地の管理、大名たちへの指示や内政の決裁などを一手に担いました。これは実質的な豊臣家のトップと言っても過言ではありません。

  • ・豊臣家の「誇りと権威」を守り抜く

  • 織田信長の姪としてその血を引く、誇り高く凛とした存在の茶々。天下の主たる豊臣家の格式を守るため、江戸幕府を開いて豊臣家を臣下に組み込もうとする家康に対し、最後まで豊臣家の独立と尊厳を主張し続けました。

役割は違えども、共に秀吉を支え、豊臣家を守った寧々と茶々は、「公的な場を取り仕切る正妻」と「跡継ぎを産み育てる妻」としての役割を分担しました。秀吉亡きあとの関ヶ原の戦い(1600年)にいたる背景には、このふたりの戦いがあり、結果的にそれが豊臣家を滅ぼすことになったというのが一般的な見解のようですが…『豊臣兄弟!』の寧々と茶々、実は“豊臣姉妹!”くらい良好な関係だったのかもしれませんね。


【次回『豊臣兄弟!』第40回「あさひの輿入れ」のあらすじ】

石川数正(迫田孝也さん)が豊臣方へ出奔し、徳川家中は騒然。豊臣との戦は不可能と思われたが、家康(松下洸平さん)が諦める様子はない。

(C)NHK
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秀長(仲野太賀さん)ももはや手立てがなく、秀吉(池松壮亮さん)が挙兵を決めた矢先、大地震が発生! 大坂・浜松共に大きな被害を受け、両者は和睦の道を探ることに。だが家康は和睦にあたり、秀吉の身内を妻として差し出すよう要求してくる。豊臣家から輿入れできるのはあさひ(倉沢杏菜さん)だけで――。

※『豊臣兄弟!』第39回「茶々の本心」のNHK ONE配信期間は2026年10月18日(日)午後8:44までです。

※宮崎あおいさんの【崎】は「たつさき」が正式表記です。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
小竹智子
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 完結編』(NHK出版)/『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本国語大辞典』(小学館)/『大河ドラマ「豊臣兄弟!」完全読本』(産経新聞出版)/『女たちの戦国 江と同時代を生きた11人』(幻冬舎新書)/黒田教授による「豊臣兄弟!」の時代考証(駿河台大学) :