【目次】

【「ミニスカートの日」はなぜ10月18日?由来と制定情報】

■「いつ」?

「ミニスカートの日」は10月18日です。

■日付の「由来」は?

1960年代、世界的なミニスカートブームの象徴として活躍したツイッギー。彼女が1967年の10月18日に初来日したことが、「ミニスカートの日」の由来とされています。

当時、日本でもミニスカートは流行し始めていましたが、ツイッギーの来日はその人気をさらに盛り上げる出来事となりました。細身の体形に短いスカート、そして印象的なショートヘア。彼女のファッションは、日本の若い女性たちから大きな注目を集めたのです。

■「誰が」制定した?

「ミニスカートの日」は、ツイッギーの初来日にちなんだ記念日として、記念日紹介サイトなどでも取り上げられています。ただし、制定した団体や人物、制定年については、確かな一次資料を確認できていません。とはいえ、1960年代のファッションが日本の女性たちに与えた影響を振り返るきっかけとなる日であることは間違いなさそうです。


【日本にミニ旋風を巻き起こした「ツイッギー」とは】

■名前の由来は「小枝」

ツイッギー[Twiggy]は、1949年にイギリス・ロンドン郊外で生まれたファッションモデルです。出生名はレスリー・ホーンビー(現在の姓はローソン)。「ツイッギー」という名前は、英語で「小枝のような」という意味の言葉に由来します。細身の体形と大きな瞳、コンパクトなショートヘアがトレードマークで、1960年代の若者文化を象徴する存在となりました。

それまでのファッション界では、大人っぽく優雅な女性像が主流。そのため、1960年代に若者文化が台頭すると、ツイッギーのような少女性を感じさせるモデルが新鮮に受け止められたのです。身長165cm、体重41kgといわれた華奢な体形で、ミニスカートを軽やかに着こなす姿は世界中で注目され、「ミニの女王」として知られるようになりました。

■日本にも「ツイッギー旋風」が!

1967(昭和42)年、18歳のツイッギーが日本を訪れると、そのファッションやヘアスタイルは大きな話題となりました。とりわけ人気を集めたのが、コンパクトなショートヘアの「ツイッギーカット」。前髪を横分けにした髪型は、英国のヘアスタイリスト、ヴィダル・サスーンが手がけたもので、日本でも流行しました。

実は、ツイッギーを日本に招いたのは、繊維メーカーの東洋レーヨン(現・東レ)でした。ミニスカートの流行によって、ストッキングなどの繊維製品の需要が高まることも期待されていたのです。約3週間にわたる滞在中、ツイッギーは大阪、名古屋、東京でファッションショーを開催。東京の日本武道館では、当時人気を集めていたグループサウンズ(GS)の音楽とファッションを組み合わせたショーが行われ、8,500人もの観客を集めました。

ミニスカートが日本で流行し始めたのは1966(昭和41)年ごろですが、ツイッギーの来日は、ミニスカートの人気を一気に盛り上げる出来事となったのです。

■モデルから女優、歌手へ。多彩な才能を発揮

ツイッギーの活躍は、ファッションモデルの仕事にとどまりません。モデルとして世界的な人気を得たあと、女優や歌手としても活動の幅を広げていきました。1971年公開のミュージカル映画『ボーイフレンド』では主演を務め、ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門で主演女優賞を受賞。映画『ブルース・ブラザース』(1980年)にも出演しています。

1960年代のミニスカートブームを象徴する存在として知られるツイッギーですが、その後も表現の場を変えながら活躍を続けました。ひとつの流行を象徴したスターが、時代を超えてキャリアを築いていったことも、彼女の魅力のひとつといえそうです。

【ミニスカートの流行からたどる、1960年代のファッション】

■ミニスカートの「生みの親」は?

ミニスカートの流行を語るうえで欠かせないのが、英国のファッションデザイナー、マリー・クワント[Mary Quant]です。1930年に生まれたクワントは、1955年、ロンドンのキングスロードにブティック「バザー」をオープン。若い女性たちが自由に楽しめる、斬新で活動的なファッションを提案しました。

1950年代末から1960年代にかけて、クワントが発表した短い丈のスカートは、若い世代を中心に人気を集めます。「ミニスカートの生みの親」として知られる彼女ですが、その誕生には諸説あり、ひとりのデザイナーが発明したと断定することは難しいようです。「ミニ」は、小さいことを表す「miniature」の短縮形です。膝より上の短い丈のスカートは、若い女性たちの新しい感覚を象徴するものとなりました。

■フランスからは「宇宙ルック」が登場!

英国でミニスカートが人気を集める一方、フランスでも新しいファッションが生まれていました。その中心人物が、デザイナーのアンドレ・クレージュ[André Courrèges]です。

クレージュは1960年代、ミニスカートやパンツスーツ、ブーツなどを取り入れた、未来的なコレクションを発表しました。白や淡い色を基調としたシンプルなデザイン、幾何学的なラインが特徴で、「スペースルック(宇宙ルック)」と呼ばれました。

1960年代は、米国とソ連が宇宙開発を競い、人類の宇宙進出への期待が高まっていた時代。1969年にはアポロ11号が月面着陸を果たします。ファッションの世界にも、そんな未来への憧れが反映されていたのですね。

■ミニスカートは女性の装いをどう変えた?

それまでの女性のファッションでは、膝を覆う丈のスカートが一般的でした。そこへ登場したミニスカートは、脚を大胆に見せる新鮮なスタイルとして注目を集めました。

この流行とともに普及したのが、パンティストッキングです。それまでのストッキングは、ガーターベルトで留めるタイプが主流でしたが、短いスカートには、ウエストまで覆うパンティストッキングのほうが適していました。ミニスカートの流行は、女性の下着や靴下にも変化をもたらしたのです。

また、ミニスカートは、若い世代が自分たちの好みでファッションを選ぶ時代の象徴でもありました。デザイナーが提案する流行を取り入れながら、自由に組み合わせ、自分らしく着こなす。1960年代のミニスカートブームには、戦後のファッションがよりカジュアルで身近なものへと変わっていく時代の空気が表れていたのですね!


【雑談でさらりと話したい、ミニスカートにまつわる豆知識】

■「ミニ」より短い「マイクロミニ」も!

ミニスカートよりもさらに丈が短いスカートは、「マイクロミニ」や「ウルトラミニ」と呼ばれます。ミニスカートの流行が進むにつれて、スカート丈もさまざまに変化したのですね。

■ミニの次なるトレンドは「ミディ」「マキシ」?

1960年代末になると、ファッション界では長い丈のスカートも注目され始めます。ふくらはぎあたりまでの「ミディ」、足首近くまである「マキシ」など、丈の異なるスカートが登場しました。ところが、ミニスカートに慣れ親しんだ女性たちのなかには、長い丈への流行の変化に反発する人も。米国では、ミニスカートを支持する女性たちが、ファッション関係者や百貨店に抗議の意思を伝える活動まで行われました。スカート丈が、ちょっとした社会的な議論にまで発展したのです。

■ミニスカートが「職場で禁止」?!

1968年、米国のファッション業界紙『ウィメンズ・ウェア・デイリー』は、社内や取材業務中のミニスカート着用を禁止したとされています。ミニスカートが若者の間で大流行する一方、職場での服装としてふさわしいかどうかについては、さまざまな考え方があったのですね。ファッションの流行とビジネスのドレスコードは、必ずしも同じ歩調で変化していたわけではなかったようです。

■ミニスカートが競馬場のドレスコードを揺るがした!

1965年、英国のモデル、ジーン・シュリンプトンがオーストラリアのフレミントン競馬場に、白いミニ丈のワンピース姿で登場しました。当時、競馬場では帽子や手袋、ストッキングを着用するのが礼儀とされていましたが、彼女はそのいずれも身に着けておらず、大きな話題に。伝統的なドレスコードと新しいファッションの価値観が衝突した、象徴的な出来事となりました。

■「結婚式」にもショート丈!

1968年、ジャクリーン・ケネディがギリシャの海運王アリストテレス・オナシスと再婚した際、着用したのはヴァレンティノによる、レースのトップスと短い丈のプリーツスカートを組み合わせたウェディングドレスでした。

米国大統領夫人として知られ、世界的なファッションアイコンでもあったジャクリーン。そんな彼女が結婚式というフォーマルな場で短い丈のドレスを選んだことは、スカート丈に対する女性たちの意識が変化していた時代を象徴するエピソードです。

■「制服」にも影響が…

ミニスカートの人気は、日常のファッションから制服にも広がりました。日本でも、1970(昭和45)年には全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)が、客室乗務員の制服にミニスカートを採用しました。ANAの制服を手がけたのは芦田淳、JALは森英恵。日本を代表するデザイナーたちが、当時の流行を制服に取り入れていたのですね。

■「ミニ」の流行は女性たち自身がつくった?

ファッションの流行は、有名デザイナーが発表した服から生まれると思いがちですが、ミニスカートの場合は少し事情が違ったようです。ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館によると、1960年代には、街を歩く若い女性や女学生たちが自分たちでスカート丈を短くする動きがありました。そうした街角のファッションが、デザイナーたちの創作にも影響を与えたのです。ミニスカートは、若い女性たち自身が流行をつくる時代の象徴でもあったのですね!

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たかがスカート丈、されどスカート丈。1960年代、女性たちがスカートの裾を数センチ短くしたことは、ファッションの歴史を変える大きな出来事となりました。競馬場のドレスコードを揺るがし、職場では着用禁止の議論まで巻き起こしたミニスカート。今ではごく当たり前のファッションですが、当時はそれほど衝撃的だったのですね。

10月18日の「ミニスカートの日」。クローゼットにある一枚のスカートも、かつての女性たちが切り開いた「自由に装う」という歴史の延長線上にあると思うと、ちょっと感慨深いものがあります。ファッションの歴史を変えたのは、ほんの数センチの『裾の革命』だったのですね!

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
参考資料:参考資料:『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『日本国語大辞典 第二版』(小学館)/『世界大百科事典』(平凡社)/『岩波 世界人名大辞典』(岩波書店)/『デジタル大辞泉プラス』(小学館)/マリークワント「会社概要」(https://www.maryquant.co.jp/company/profile.html)/Bunkamura「マリー・クワント展」(https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_maryquant/)/文春オンライン「ご存知ですか? 10月18日は“ミニスカートの女王”ツイッギーが来日した日です」(https://bunshun.jp/articles/-/4564)/ASU FIDM Museum「From mini to maxi」(https://fidmmuseum.org/learn/articles/mini-maxi)/Victoria Racing Club「The dress that stopped a nation」(https://www.vrc.com.au/latest-news/the-dress-that-stopped-a-nation/)/ANA「制服の歴史」(https://www.ana.co.jp/group/company/ana/uniform/)/JAL「制服の歴史」(https://www.jal.com/ja-jp/about/uniform/)/ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館「The miniskirt myth」(https://www.vam.ac.uk/articles/the-miniskirt-myth) :