初夏公開の「大人の女性におすすめしたい映画」4選

映画ライター・坂口さゆりさんが厳選した、「大人の女性が観るべき」映画作品を毎月、お届けする本シリーズ。今回は、2019年6月公開の映画、『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』、『アマンダと僕』、『凪待ち』、『Girl/ガール』の4作品をご紹介します。

『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』|コメディー

©2018 Lotus Production e 3 Marys Entertainment
©2018 Lotus Production e 3 Marys Entertainment

家族ほど頼りになって、また逆に、失望させられるものもありません。ほろ苦いイタリアのコメディー『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』を見ながら、何度苦笑したことでしょう。

何人もの人々が再会を喜び合いながら、イタリア・イスキア島行きのフェリーに乗り込んでいく。彼らは島に暮らすピエトロとアルバの結婚50周年を祝うために集まった親戚たち。夫妻は苦労してレストランを成功させ、金婚式を迎えたのでした。

そのレストランも今は長男のカルロと長女のサラが引き継ぎ、傍目から見ればなんともうらやましい人生です。親族一同が教会へ向かい、金婚式を挙げたあと、夫妻の広大な屋敷で豪勢なパーティーが始まるのですが……。

©2018 Lotus Production e 3 Marys Entertainment
©2018 Lotus Production e 3 Marys Entertainment

金婚式に子供から年配者まで19名の親族が集まるなんてなんて幸せなことでしょう! でも、どこの家族にも多分、ひとりくらいは「変わり者」はいますよね。問題を抱えていない人間なんていませんから。もちろんこの親族も例外ではありません。

不穏な空気は祝宴が終わるころから漂い始めます。天気が荒れ模様となり、フェリーが欠航。皆が3日間一緒に過ごす羽目になったことから、あらゆる家族の「問題」が噴出し始めます。

ガブリエレ・ムッチーノ監督は原題『A casa tutti bene(家ではみんな良い感じ)』に、「偽善の仮面を被って生きてきた家族の化けの皮が剥がれるまでの状況を表わした」と言いますが、実際、人間の本性は家族や親族だからこそ、容赦なく剥き出しになるのでしょう。血の通った者同士だからこそ、容赦がない「仁義なき闘い」あっぱれです。

作品詳細

  • 『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』
  • 監督・脚本:ガブリエレ・ムッチーノ 出演:ステファノ・アコルシ、カロリーナ・クレシェンティーニ、エレナ・クッチ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノほか。
  • 2019年6月21日(金)からBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。

『アマンダと僕』|ヒューマンドラマ

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

なんの情報もなく見始めた私が予想もしなかった展開に、思わず「えーっ!?」と声を上げてしまったフランス映画『アマンダと僕』。愛する人を突然亡くした叔父と姪の感動の物語です。

舞台はパリ。便利屋として働くダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)はアパートの管理人業務を行ったり、木々の剪定(せんてい)を行ったり。教師である姉のサンドリーヌ(オフェリア・コルブ)に頼まれれば、7歳の姪っ子アマンダ(イゾール・ミュルトリエ)のお迎えも。

父が亡くなり、サンドリーヌとダヴィッドが幼いころに離婚した英国人の母は、英国在住でほとんど没交渉ということもあって、姉弟は固い絆で結ばれていたのでした。

そんなダヴィッドに、パリにやってきたレナ(ステイシー・マーティン)という恋人ができます。穏やかで幸せな日々を過ごしていたダヴィッドですが、ある日突然、サンドリーヌが事件に巻き込まれ亡くなるという悲劇が起きます。

たったひとりの大切な姉を亡くし失意に暮れるダヴィッドですが、ひとりぼっちになってしまったのはアマンダも同じ。ダヴィッドはアマンダの世話をし始めるのですが……。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

私事で恐縮ですが、今年2月に母を亡くした私にとって、ダヴィッドとアマンダのふたりの痛みがどれほど響いたかわかりません。「また明日ね」と約束しながら明日が来ない辛さは、今思い出しても泣けてきます。まして、たった7歳の少女がある日突然母を失う辛さとはどれほどのことでしょう。そう簡単に母の死を受け入れることはできるわけはないのです。

サンドリーヌの使っていた歯ブラシを捨てたダヴィッドに、「ママの歯ブラシよ。人の家のことを勝手に決めないで」と食ってかかる姿は、切なくて悲しくて胸が痛くて仕方がありませんでした。

それでも遺された者たちは生きていくしかありません。ふたりは戸惑いながらも寄り添い合い、支え合っていくのです。「私がおじさんの年になっても、おじさんはまだ私の面倒をみる?」と聞いたアマンダに、「みるよ」と答えるダヴィッド。その答えに安心し切ったアマンダの笑みは観る者の心も安らかにしてくれます。

ウィンドブルドンのテニスの試合に重ね合わせ、諦めてはいけない、人生はまだ終わりじゃないと教えてくれる本作。これからのふたりの人生を祝福せずにはいられない希望に満ちた映画です。

作品詳細

  • 『アマンダと僕』
  • 監督・脚本:ミカエル・アース 出演:ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、ステイシー・マーティン、オフェリア・コルブ、マリアンヌ・バスレー、ジョナタン・コーエン、グレタ・スカッキほか。
  • 2019年6月22日(土)からシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

『凪待ち』|ヒューマンドラマ

©2018「凪待ち」フィルムパートナーズ
©2018「凪待ち」フィルムパートナーズ

恋人を殺され、自暴自棄になった男の再生を描いたヒューマンドラマ。「新しい地図」で再出発を図った香取慎吾さんが主演の注目作品です。

競輪にのめり込み、毎日を無為に過ごしてきた郁男(香取慎吾)は、恋人の亜弓(西田尚美)と亜弓の娘・美波と共に再出発をするため、亜弓の故郷・石巻へ向かいます。就職も決まり、そこに住む亜弓の父と4人での生活が始まります。

そんなある日、母に反抗した美波が帰って来ず、郁男と亜弓が探しに出ますが、ふたりは些細なことから口論となり、亜弓に罵られた郁男は車から亜弓を下ろしてしまいます。

その後、亜弓は何者かによって殺害され、警察から犯人と疑われただけでなく、就職先では金庫の金を横領しているなどあらぬ疑いをかけられてしまうのでした。郁男はますます自暴自棄になっていき……。

©2018「凪待ち」フィルムパートナーズ
©2018「凪待ち」フィルムパートナーズ

いつどこで人生の落伍者になるかわからない現代。愛する人の死で打ちのめされているなかで、殺人や横領の嫌疑がかけられ、ヤクザに報復されたり、信頼していた人から裏切られたりすれば、郁男でなくてもおかしくならずにはいられません。

せっかく人生を再出発しようと移ってきたのに、人生良くなるどころか悪くなるばかり。自身を疫病神と恐れ、己の人生を呪うーー。そんな男を「新しい地図」で再出発を図った香取慎吾さんが熱演し、今まで見たことのない姿を披露しています。

人生のどん底で救いとなるのはなんなのか? 家族とはなんなのか? 「人の望むものは、人の変わらぬ愛である」。そんな聖書の一節を思い出した、心揺さぶられる映画です。

作品詳細

  • 『凪待ち』
  • 監督:白石和彌 出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤 健、音尾琢真、リリー・フランキーほか。
  • 2019年6月28日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。

『Girl/ガール』|ヒューマンドラマ

©Menuet 2018
©Menuet 2018

子どもだったころ、「男だったら政治家になりたかった」と思ったことがあります。女性だってなれるのに、私の中には無意識に「政治家は男がなるもの」という考えが刷り込まれていました。

男の子なら、例えばクラシックバレエ。映画『リトル・ダンサー』もそうでしたが、「男がバレエなんて」という大人はたくさんいました。

そして今、時代はますます複雑になっています。映画『Girl/ガール』の主人公ララはトランスジェンダーの女の子。性を超え、プロのバレリーナを目指す彼女が「私らしく生きる」姿を描いています。

難関のバレエ学校へ入学を認められたことで、父と6歳の弟と新天地に引っ越してきたララ。母親代わりとして弟の面倒をみて、家事もしっかりこなす良きお姉ちゃんです。バレリーナになりたいと強い意志を持つ彼女は、医師や父に止められているにもかかわらず股間をテーピングし、トウシューズを履きこなし、文字通り血の滲む努力を続けます。

一方で、15歳のララは第2次性徴期真っ只中。男性としての発達を抑え、見た目も女性となるためにホルモン療法をはじめますが、なかなか思うように体は変化してくれません。そんな焦りや周囲の女の子たちの嫉妬から次第に精神が追い詰められていくことに……。

©Menuet 2018
©Menuet 2018

本作は第71回カンヌ国際映画祭の新人監督賞を受賞したベルギーの新鋭、ルーカス・ドン監督の長編第一作。アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞でもベルギー代表作品として注目されました。

映画にはモデルとなったトランスジェンダーの少女がいます。生物学的には男性として生まれた彼女が自分は女性だと確信し、15歳にして周囲に反対されても自身のセクシャリティーを公表しました。当時18歳だったドン監督はそんな少女に尊敬の念を抱くと同時に、これを映画にしようと強く思ったそうです。

女らしく、男らしく、とはなんでしょう? 性に囚われず「自分らしく生きる」とは? ラストはララの覚悟に圧倒されるに違いありません。

作品詳細

  • 『Girl/ガール』
  • 監督・脚本:ルーカス・ドン 出演:ビクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアリテ、オリバー・ボダル、ディヒメン・フーファールツ、ケイトリン・ダーメンほか。
  • 2019年7月5日(金)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国公開。
この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
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