「文学作品を漫画で楽しむ」。

多くの人に親しまれてきた名作を、漫画として新たに描き出した作品が今、密かなブームを呼んでいます。時代背景などを視覚的にも楽しむことができる漫画は、現代とは異なる表現手法をよりはっきりと感じることができる表現手段。そんな文学作品を原作とした漫画、『久生十蘭漫画集 予言・姦(かしまし)』の独特の作品世界の魅力を、歌人の穂村 弘さんが語ります。

『久生十蘭漫画集予言・姦(かしまし)』長編の「予言」は、戦後間もない昭和22年に雑誌掲載された文学作品が原作。新婚旅行でフランスへの船旅に出た主人公が、出港直前に届いた手紙の予言どおりの事件に、次々と直面していく。やがて、その予言どおりに、拳銃を自分の頭に向けるのだが…。 著=河井克夫、KADOKAWA ¥1,000(税抜)
『久生十蘭漫画集予言・姦(かしまし)』長編の「予言」は、戦後間もない昭和22年に雑誌掲載された文学作品が原作。新婚旅行でフランスへの船旅に出た主人公が、出港直前に届いた手紙の予言どおりの事件に、次々と直面していく。やがて、その予言どおりに、拳銃を自分の頭に向けるのだが…。 著=河井克夫、KADOKAWA ¥1,000(税抜)

漫画でこそ味わえる異世界へ、あなたもようこそ

名作といわれる小説や詩などの文学作品を、現代の漫画家が新たに作品化する試みが目立っている。『久生十蘭漫画集 予言・姦(かしまし)』は、なかでも特に魅力的な作品のひとつである。原作の時代設定が昔だから、場面の雰囲気や時間の流れ方が現代とは違っていて、独特の異世界感を味わうことができる。

ミステリー仕立ての「予言」には、「華族大礼服」「脳病院」「ダンス付の晩餐会」「船旅の新婚旅行」「動物磁気」といった怪しくも華麗な要素が鏤(ちりば)められている。漫画化によって、その時代特有の風物を視覚的に楽しむことができる。また、結末も衝撃的だ。現代のエンターテインメントには高度などんでん返しが要求される傾向があるから、その点では過去の名作も及ばないはずと思い込んでいた。ところが、本作のどんでん返しの切れ味は凄まじい。読み終わったあとで、夢から覚めたように呆然としてしまった。

「姦」では、着物が重要な役割を果たしている。女が別の女と張り合うシーンはこうだ。

あたしのほうにもはじめからツモリはあったの

薄いレモン地に臙脂の細い立縞をよろけさせたお召しに名物裂の両面綴の帯…

山浦の織元をやめてひっこむ前に一反だけ織った帯留めの秀逸

これだけひき離しておけばぜったい大丈夫と思ったのが油断だったのよ

「まァまそれ中村だっか?」

そうなるとジョーゼットまがいの悪く新しがった薄っぺらなところ

浮きあがったようなレモンの色合いのわざとらしさが悲しいほど嫌味で

泣き出したいくらいになっているのに志貴子のやつ…

この調子でどんどん続いてゆく。何が何だか私にはちんぷんかんぷんだけど、女同士の着物バトルの凄まじさだけはびりびりと伝わってくる。面白いなあ。

この記事の執筆者
TEXT :
穂村 弘さん 歌人
BY :
『Precious4月号』2017年、小学館
著書に、歌集『水中翼船炎上中』(講談社)、エッセイ集『本当はちがうんだ日記』(集英社文庫)『君がいない夜のごはん』(文春文庫)『絶叫委員会』(ちくま文庫)など多数。好きなもの:散歩、古本屋、24年組、和洋折衷、アドバルーン、食堂車。
クレジット :
文/穂村弘、撮影/田村昌裕(FREAKS)【WEB構成】難波寛彦
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