2021年3月12日(金)より、初の主演映画『すってごらん』が公開される尾上松也さん。松也さんが演じるのは、大都会から小さな田舎町へ左遷されたエリート銀行マン。映画はプライドとコンプレックスの間で葛藤する男の物語を描いていきますが、そのきっかけとなるのが、町で盛んに行われている「金魚すくい」というのが斬新です。

タイトルの『すくってごらん』は、実は、金魚を「すくってごらん」と「救ってごらん」のダブルミーニング。そこにはコロナ禍の今だからこそ響く、「金魚すくい」の哲学があります。

「主演」というチャンスをいただけるのは、夢のようなこと

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尾上松也さん

 ──映画初主演です。主演ならではの心構えのようなものはありますか?

そうですね。映画にかかわらず、主演を務めさせていただく作品では、ただ役を演じるということだけではないと思っています。

現場のみなさんが楽しくできるかどうか、そしていい作品にしようと思っていただけるかどうかという部分は、監督あるいは主演の影響って大きいと思うんですよね。そういうことは、歌舞伎の先輩方のみならずの役者の先輩方を拝見していて、すごく感じてたことです。

そういう意味では、映画や舞台に関わらず、作品自体を自分ごととしていきたいと考えていました。

──松也さんは20代の頃から歌舞伎の自主公演もしていましたよね。

そうですね。自主公演に関しては、何かチャレンジングなことをしたいという部分があったように思います。「自分が中心で作品を作る」というのは、役者としてもがいていた時期に目指していたところです。

ですのでそういうチャンスをいただけるときには、どんな作品でどんな役でも、毎回ながら夢のような気持ちであり、自ずと気合が入ります。

「なんだこの変な作品は?」がファーストインプレッション

──以前から「自分がやるなら、通り一遍でないものを」とおっしゃっていましたが、今回まさにそういう作品でした。

そうなんですよ。登場人物が歌ったりラップをしたり…脚本の時点で「なんだこの変な作品は? なんでこんな変なことを?」と思ってしまいました(笑)。

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『すくってごらん』のワンシーン。どうやらここにも松也さんが「なんだ?」と思った理由がありそう

原作はそういうのはなしに、魂を込めて「金魚すくい」に取り組んでいる人物たちの、どストレートなところがあるお話なので、どういう狙いが…?と。

ですが先ほどお話したように、僕はチャレンジングなことに惹かれしまうタイプなので。脚本を読んだだけで、監督含め制作の皆さんのぶっ飛んだチャレンジが見えましたし、それを形にするのは面白そうだなと、興味をそそられました。

──松也さん演じる香芝誠(かしば・まこと)は、本来は勝ち組の銀行マンだったのに、舞台となった田舎町に左遷されます。その設定が「ポイが破れても金魚はすくえる」という金魚すくいのセオリーと重なって、すごく印象的でした。コロナ禍で自身を負け組と感じている人たちに響くような気がして。勝ち負けとは異なる価値観のようなものを感じたというか。

撮影は一昨年の夏で、コロナ禍のこんな状況になるとは意図していなかったのですが、おっしゃるように、今こそそういう部分で考えを変えたり、見方を変えたりしなくてはいけない時期ですし、意図せず「今こそみなさんに観ていただきたい映画」になったと思っています。

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尾上松也さんが演じた、主人公の銀行員・香芝誠

僕自身、コンプレックスを抱えながら必死だった

──松也さん自身は、主人公の姿がご自身に重なるところはありましたか?

「勝ち組・負け組」ということではないですが、僕自身は、劣等感の中で生きてきたところがあるんですよね。歌舞伎界という特殊な世界の中で、決して家柄に恵まれて生まれてきたわけではありませんし。

マイナスとは言わないまでも、プラスというわけでは決してない、そういう感覚が自分の中にありましたので、その上で、なんとかそれをプラスまでもっていきたいという思いはありました。

舞台や映画で「主演」をいただけるポジションというのは、ある意味では「勝ち組」かもしれません。僕はコンプレックスを抱えながら「そこにたどり着きたい」と必死でしたので、「負け組」の気持もわかるんですよね。ただそういう「勝ち組」が、必ずしも楽しいとは思わないんです。

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ジャケット・シャツ・パンツ(LEMAIRE<SKWAT>)

──というと?

自分が「主演」をさせていただける立場になってから感じたのは、主演だからできないこともあるということなんですよね。ただがむしゃらに突き進んでいるときの責任感のない自由さ、だからこそできることというのがあって。

自分が「主演」をいただけるようになったのは30歳を過ぎてからですが、それこそ若いうちからそういう立場にあると押しつぶされてしまうこともあるだろうなって。これは俳優に限ったことではないのかもしれません。

──ラストはそれ以外の価値観も示されますよね。「負け組の清々しい笑顔」という言葉も印象的でした。

まあ映画の中には、その両方にとらわれないで生きている人も登場するのですが、すごく羨ましいなと。それが理想の生き方ですよね。


以上、尾上松也さんのインタビュー第1回をお届けしました。

明日公開の記事では、ミュージカル俳優としても活躍する松也さんに、そのきっかけや転機となったエピソードなどをうかがいました。こちらもぜひお楽しみに!

尾上松也さん
歌舞伎俳優
(おのえ まつや)1985年1月30日東京生まれ。1990年に二代目尾上松也を名乗り初舞台。歌舞伎自主公演「挑む」やオリジナル公演「百傾繚乱」にも取組む若手歌舞伎俳優の筆頭格。「エリザベート」(15/帝国劇場)や主演を務めた「メタルマクベスdisc2」(18/劇団☆新感線)など歌舞伎以外の舞台でも活躍し、山崎育三郎、城田優と立ち上げたプロジェクト「IMY(アイマイ)」でも活躍している。「さぼリーマン甘太朗」(17/TX)で連続ドラマ初主演。2020年は日曜劇場「半沢直樹」(TBS)に出演し話題となった。その他主な出演作品に『モアナと伝説の海』(17/声の出演)など。

 <『すくってごらん』作品情報>

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(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社

 とある失敗で左遷されたプライドは高いがネガティブな銀行員・香芝誠が、都会から遠く離れた地で出会った「金魚すくい」を通じて、思いもよらない成長をしていく物語。香芝を演じるのは映画初主演の尾上松也。彼が一目ぼれする美女・吉乃を初のヒロイン役となる百田夏菜子が務める。

原作は世界初の金魚すくいマンガにして、<このマンガがすごい!>にもランクインした傑作マンガ『すくってごらん』(大谷紀子/講談社)。メガホンをとったのは、長編デビュー作『ボクは坊さん。』で高い評価を受けた俊英・真壁幸紀。原作と同じ奈良県を舞台に「和」の世界と斬新な映像表現を融合させ、大胆かつ優雅、そして華麗なるエンターテインメントを誕生させた。

出演:尾上松也 百田夏菜子 柿澤勇人 石田ニコル ほか
原作:大谷紀子『すくってごらん』(講談社「BE LOVE」所載) 
監督:真壁幸紀
脚本:土城温美
音楽:鈴木大輔
2021年3月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国ロードショー
(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社

『すくってごらん』公式サイト

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