世界で最も広く用いられる米国パントーン社の色見本では「PANTONE16-1109 TCX」、日本塗料工業会では「17‒70C」と定められるグレージュ。しかし、その実は曖昧であり、曖昧であるからこそ特別なのかもしれない。齋藤先生はこう語る。
思想や哲学すらにじませる、曖昧で控えめな光の芸術
「色彩心理学の観点からみても、グレージュは非常に定義し難い。色名でいえば『明るい灰味の赤味の黄』となりますが、絶妙な明度と彩度のバランスのうえに成り立つ色です。世間一般的なグレージュは、幅広いレンジで考えるべきでしょう。そもそも日本人は、こういった『はっきりしない』色が好き。古くから障子を通してうっすらと入る光で色を見て、四季折々の植物で多くの色を作ってきた。そんな曖昧な色彩の奥ゆかしさが、日本人的美意識の根底にあるのです」
上品で優しく、控えめといった形容句が連想されるが、グレージュの特徴はそれだけにとどまらない。
「暑い・寒いなど、形容詞対による心理尺度でイメージを調べると、穏やか、静か、はたまた地味など大人しい印象に落ち着きます。極論、他者から意識されにくい色です。一方で、だからこそグレージュを纏う材質や形態そのものを引き立てる。服でいうなら、素材やシルエットのよさを際立たせるのです。ちなみに、服に採用されることの多いカーキも、心理尺度で色単体のイメージを調べると目立った印象をもたれていません。そもそも色とは、形などによってイメージを大きく変えるもの。あくまで控えめな色であるグレージュがファッション的洗練を帯びるのは、その辺に理由がありそうです」
自らは忍び、他者を際立たせるグレージュは、色を纏うアイテムと同様に着用者をも輝かせてくれる。「まるで着る人の内面にフォーカスを当てるように、飾らない自然体な色。まさに年齢を重ねた大人が選ぶにふさわしく、纏う人らしさをあえて語らないことで語る、実に粋な色です。しかも、グレージュはユニセックス系の色味に分類されます。単純にパートナーとの共有もかないますし、男女差に限らず物事の線引きをしないことは現在の時流に沿います。これからさらに、グレージュが注目を浴びていくかもしれません」
日本人の心を刺激し、その先を照らすグレージュ。曖昧で控えめな光の芸術を、心ゆくまで楽しみたい。
グレージュの魅力を知り尽くす、名だたるプレシャスブランドは最高の素材・仕立て・クリエイションにより、その特別な色を紡いでいく。そして、無限大のポテンシャルを異口同音に語りかけてくるのだ。
グレージュの真価について
エレガンスという名の心地よい緊張感を与えるジレやスラックス使い|ジョルジオ アルマーニ

グレージュは時代を超える。それを証明するのがジョルジオ アルマーニだ。早くからその色を採用し、もはや帝王の美学そのものとなった。リネンをポリウレタンコーティングしたステンカラーコートにナイロン×シルク素材のジレ、カシミアTシャツ。そして若干の茶色味を帯びたグレーのシルク×ウール×カシミア製スラックス。異なる素材のそれぞれの表情を生かしながら、グレージュのトーン・オン・トーンは厳格さと官能性、あるいは都市と異国情緒といった数多の要素を内包する。グレージュは普遍的でありながらも常に新しい、完璧な色なのだ。
グレーやブラウン、そしてベージュと描く優美なグラデーション|ロロ・ピアーナ

1924年の創業以来、実に1世紀近くモノ作りを続けるロロ・ピアーナ。アクティブでエレガント、ナチュラルでリッチ。そして、コンフォート。そんなブランドの世界観は、最高級の素材使いが礎になっている。そしてグレージュは、その高い品質を最大限に引き立たせるための重要色だ。優美な表情を湛える、極薄に鞣なめされたヌバックレザー製のバイカージャケットがその好例である。マットな光沢、およそレザーとは思えぬ柔らかさ。素材本来の魅力が見た目にも伝わってくる。上質のなんたるか、グレージュはそれをよく知る色なのだ。
ゆったりシルエットのセットアップに程よい緊張感を与えて|ボッテガ・ヴェネタ

『ワードローブ 01』。ボッテガ・ヴェネタが日常生活のためのエッセンシャルな服を編集したニューコレクション。なかでも注目したいのは、リラックステーラリングと呼ばれる手法で、気楽さとフォーマルさを両立したその仕立てのバランスが、これ以上なく現代的なのだ。このジャケット&パンツもそのひとつで、ショート丈やオーバーシルエットなどのトレンドのディテールやハリのあるウール素材が、彫刻的で力強いフォルムを演出している。だがそれをひけらかすことなく、知性を忍ばせるように、取り入れやすく見せてくれるのがグレージュだ。だからこそ、紳士のワードローブに必須の色なのだ。
快適さを重視しても繊細なグレージュがエレガンスを約束する|ブルネロ クチネリ

伝統的な編地を用いたショールカラーニットの『トラバーチン』、製品洗いを施すことでくったりした表情に仕上げたパンツの『アマレット』。そしてエスパドリーユとボートシューズを掛け合わせたようなスエードシューズの『ココナッツ』、リネン×シルク製ストールの『グリジオ』…。本拠地であるイタリア・ウンブリア州の自然に着想を得たブルネロ クチネリ の色彩感覚はどれも地味溢れる美しいもの。そして淡く繊細なトーンがつないだグレージュの装いは、まるで着る人の内面を際立たせるように、飾らない自然体の雰囲気が漂っている。
製品洗いを施すことで長く着続けた服のように体になじむ着用感が魅力|エルメネジルド ゼニア

創業110年を超えるテキスタイルメーカーとしての伝統を重んじる一方で、テーラリングの未来を見据えた技術革新を推進する。だからこそ、エルメネジルド ゼニアの服は常に現代的であり続けている。今なお天然素材にもこだわり、清涼感満点のリネンアイテムをこの季節の風物詩として提案する。軽やかな生地で柔らかいシルエットに仕立てたテーラードジャケットとスラックスは、いうまでもなくコンフォート。そして製品洗いを施すことでこなれた風合いと優しげなグレージュの色味を獲得している。シルク×カシミア×リネンのニットを合わせると、どこか異国情緒を感じる佇まいに。
バルスター型ブルゾンとスラックスを組み合わせたローマンカジュアル|ブリオーニ

エレガントでありながらも、肩肘張らず自然体。そんなローマ人のエフォートレスな気質を表現するブリオーニの精神は、クラシカルなスーツはもちろん、最高級の素材と仕立てによって生まれるカジュアルウエアからも見て取ることができる。その好例となるのが、柔らかく上質なラムレザーを使用したバルスター型ブルゾンに、ストライプの織り柄が入ったグレースラックスを合わせたこんな控えめな装い。そしてここでも、やはりグレージュが決め手となっている。決して派手さはないけれど、エレガンスとリラックス感のどちらも兼ね備える色だからこそ、装いがシンプルであればあるほどカジュアルが洗練されるのだ。
全身をグレージュトーンにするのも醍醐味ではあるが、せっかくなら小物やワンポイントでお洒落の洗練度を高めたい。そこでグレージュを引き立てるためコーディネートのポイントを紹介するので実践していただきたい。
グレージュトーンを楽しむためのコーディネート
カラートーンを揃えて磨くセットアップのさらなる洗練

ジャケットはゴージ位置を低く傾けたラペルに極力芯地を省く軽やかな仕立てで、パンツはテーパードシルエット。主役はそんなモダンな顔つきのグレージュのコットンツイル地のセットアップ。そこにトーンを揃えたブルーグレーのニットTを合わせることで、新鮮な印象となりグレージュの洗練を加速。スエードベルト&ローファーは濃色を選ぶことで全身が引き締まる。
ヘンプやシルバーの質感で清涼感を
![カーディガン(オーラリー) シャツ(ストラスブルゴ〈バルバ〉) Tシャツ(キーロ〈スタジオ ニコルソン〉) パンツ(ユナイテッドアローズ 六本木ヒルズ店〈ベルナール ザンス フォー ユナイテッドアローズ〉) 眼鏡・クリップオンレンズ(アイヴァン PR〈10 アイヴァン〉) グラスホルダー(グローブスペックス エージェント〈ラ・ループ〉) ベルト(バインド ピーアール〈ダミーコ〉) バングル[太]・[細](アダワット トゥアレグ) サンダル(エドストローム オフィス〈ルメール〉)](https://precious.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/720mw/img_18a4e44501f4d8833f00a816c11cbbfd103534.jpg)
ヘンプのカーディガンにリネンのカプリシャツ。そこにスラックスとサンダルを合わせたシックなリラックススタイル。その味付けにシルバー製のネイティブジュエリーを。清涼感ある素材使いで季節を意識したコーディネートが完成する。
グ レージュチェックを起点に柔和な表情にまとめる

グレー、ブラウン、ホワイトの3色がグレージュのトーンを織りなすツイード調のチェックジャケット。それを起点に、ニットパーカのブラウンやパンツ&スニーカーのホワイト、そしてグレーのレザー巾着といった具合に色使いを広げていく。すると全体に統一感が生まれ、柔和な表情のスポーティカジュアルになる。
定番ブルージーンズでつなぐシックなフレンチカジュアル

ライダーズ×ジーンズといえば、アメリカンカジュアルの王道。だがしかし、グレージュのスエード素材を選ぶだけで、ガラリと印象が変わる。ライダーズはシャープに見えるスタンドカラーのシングルタイプ。そして、デニムは昨今の潮流でもあるワイドストレートモデル。足元にはブラック×ネイビーのコンビ仕様が珍しい、名作ローファーを。仕上げに首回りにはスカーフを覗かせて、シックなフレンチカジュアルスタイルが完成する。
グレージュは周囲を引き立てる色だけに、ワンポイントとして使うのも妙手だ。異なる素材や形を纏った、めくるめくグレージュの色彩は、名品と寄り添うことで休日に彩りを添える花となることだろう。
装いの品格を上げるグレージュ名品目録
ジョルジオ アルマーニの バックパック

スポーティなナイロンと格式あるカーフレザーの異素材コンビは、前者をグレージュ、後者をブラックに彩ることで気高い調和を得た。
右/フランコ バッシのネクタイ 左/ ルイジ ボレッリのネクタイ

右/1973年にイタリアで創業した、シルクメーカーの名門による逸品。品のある様式美のなかでスクエアなブルーの小紋柄が楽しげに踊り、絶妙な静と動を構築。
左/シルクとリネンで織られた清涼感のあるジャカード生地を、独自の縫製・アイロンワークによりふっくらと仕上げた。ボディと同系色の小紋が、慎ましやかに個性を主張する。
ベグ アンド コーのストール

極めて繊細な肌触りの理由は、ストール₁ 枚につき約₈ ㎞もの長さが使われる極細のカシミア単糸。薄く、透き通るようなグレージュが、春の光を美しく映し出す。
トッズの ボートシューズ

一枚革から切り出した、微かなシボが高級感あるヌバック製アッパー。ワックス加工が施された太糸を使うモカシン縫い。伝統のクラフツマンシップが、上品な色に映える。
ボッテガ・ヴェネタの財布

おなじみのイントレチャートを用いながら、「トープ&フォンダン」という印象的なバイカラーを形成する。色柄の切り替え部はスリップポケットになり、機能面でも貢献。
ヴェジャのスニーカー

絶妙な配色に目が奪われ、サステイナブルな背景に感銘を受ける。アッパーには再生ペットボトルなどを、アウトソールには42%のバイオベース素材を利用する。
ザ・スペクタクルの眼鏡

アンティークの風格漂う稀少なバッファローホーンを削り出し、透け感のあるグラデーションカラーに。モダンとクラシカルを両天秤にかけた一流の仕事を見る。
ボルサリーノのハット

最高級ライン『クアリタ・スーペリオーレ』の定番ミディアムブリムモデル。素材はヘアファーに少量のラビットファーをブレンドした、ファーフェルトを使用している。
オメガの腕時計

クリーミーなシルバーダイヤルを、グレージュトーンのケースとストラップで囲む。「ムーンウォッチ」の名で知られる稀代の名作は、色使いとやや小ぶりなサイズ感でジェンダーレスの扉をも開く。

- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年春号より
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- WRITING :
- 増山直樹