「好きな映画を10本教えて」と言われたら、『ローマの休日』は確実に入る。真実の口の前でオードリー・ヘプバーンが心底驚くキュートな姿は何度見ても癒やされる。マリリン・モンローのような肉感的な体型に生まれてこなかった私としては、オードリーのスラリとした体型にも親近感がわく。実はこの名作の脚本を書いたのは、長年クレジットされていなかったダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)だ。理不尽な弾圧によってハリウッドを追われながらも権力に屈せず、家族との絆を強め、偽名で創作活動をし続けた。この実話が映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』になった。
舞台は1940年~50年代の米国・ハリウッド。ソ連との冷戦下、共産主義者を弾圧する赤狩りがハリウッドの映画人にも押し寄せていた。最初の標的は、「ハリウッド・テン」と呼ばれた10人の映画監督や脚本家。なかでも有名なのがトランボであった。
若きころは共産党員であった彼だが、過激な思想をもつことはなく、社会の不平等を憎む愛国者。ところが、下院非米活動委員会の公聴会で証言を拒んで、議会侮辱罪に。1950年に投獄され、翌年出所するも、どこのスタジオでも使ってもらえない。だが、トランボはB級映画専門の会社で破格の安値で仕事を請け負うことに成功。いくつもの偽名を使って書きまくり、やがて干された仲間たちも巻き込んでいく。そんななか、偽名で書いた『ローマの休日』が1954年のアカデミー賞で原案賞を受賞する…。
よき仕事人であり家庭人であったトランボが突然見舞われる悲劇。人に親切に、みんな平等に仲よくといった真っ当な主張が、当時の米国ではまったく聞き入れられなかった。ブラックリストに載せられたら、業界から抹殺されたも同然。当然、仲間を売る者も出てくるし、疎遠になる者もいる。国家権力の恐ろしさがまざまざと伝わってくる。
これを他国の昔話と笑ってはいられない。書き続けることで勝利したトランボの勇姿は、多くの人の心に刻まれるはずだ。
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- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- クレジット :
- 写真/Hilary Bronwyn Gayle