『レベルソ』の、文字盤を反転させてケースバックを表に出せるインサイドアウトの仕掛けは、大真面目なギミックだ。端緒はインド駐在イギリス人将校の、「ポロ競技の試合中にも腕時計を着けていたい」という酔狂で伊達な依頼。それを技術に定評あるスイスのマニュファクチュールは、ムーブメントのレベルから構想した。
しかも時代は、アールデコの爛熟期(らんじゅくき)である。そのままでは瀟洒(しょうしゃ)なレクタンギュラーのフォルムに、平行線を連ねた抽象的な装飾を添え、白色金属がめっぽう映える、クールなしつらえ。100年後でもまだ斬新な角形デザインは、まるで運命でもあるかのようにこの世に降臨した。
それは酔狂で伊達な依頼から始まった「ジャガー・ルクルト」の『レベルソ』
近代ポロは極めてアングロサクソン的で、スノッブさの表象である。『レベルソ』はそんなスポーツから誕生した、ほかにはない腕時計だ。エミリー・ヴァンキャンプが演じたドラマシリーズ「リベンジ」の主人公は、良家の子女を装うために、ポロの競技者として登場していた。マレットを片手にポロ・ポニーを操るレディの出自を、誰が疑うものか。
ポロフィールドがない日本にとって『レベルソ』は、ポロ的なるものの象徴だ。むしろ目前で競われることがないからこそ、ピュアなノーブルさへの憧憬が失われていないのかもしれない。荒れた芝生を盛装の観客総出で踏みならす楽しみとともに、我々はまだないフィールドを夢想する。
くだんの将校は、どうしてポロの試合中も時計を着けっぱなしにしたかったのか。壊れないように反転させることを許容したのだから、競技中に時間を確認することを求めたわけではなさそうだ。
もうひとつの面にも文字盤を手に入れた『レベルソ・トリビュート・デュオ』も決して異端ではなく、時が隠されようが見えていようが『レベルソ』なのだ。いまも決して古びていないその腕時計は、クライスラービル等のニューヨークの摩天楼が最大だとして、最小の部類のアールデコの生き証人であり、着けることそのものに意義がある。
※掲載商品の価格は、税込みです。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2022年春夏号より
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- PHOTO :
- 戸田嘉昭(パイルドライバー)
- WRITING :
- 並木浩一
- EDIT :
- 堀 けいこ