平べったくて見るからに非日常的なスーパー・スポーツカーは、縁遠い存在に思えることでしょう。しかし、英国のマクラーレンがてがけた最新モデル「アルトゥーラ スパイダー」はサーキットで真価を発揮する性能を誇りながら、街でもリラックスして運転できるのが特徴です。猛暑の東京を離れ、スキーリゾートとしても有名な岩手県の安比高原で、その華麗なデザインと実用的な使い心地を確かめてきました。
流れるようなデザインに最新の技術を凝縮
マクラーレンという自動車ブランドのことは知らなくても、アイルトン・セナならご存じでは? そう、1980年代から90年代にかけて日本でも圧倒的な人気を誇ったF1ドライバーです。マクラーレンのルーツはサーキットにあり、現在もF1をはじめとする世界最高峰のレースに参戦しています。セナがF1で活躍した当時に所属していたのも、マクラーレンでした。
セナはマクラーレンチームで活躍したのち、別のチームで活動中の1994年、レース中の事故で惜しくもこの世を去りましたが、その輝かしい成績とカリスマ的な魅力は、没後30年を迎えてもなお色あせることはありません。
マクラーレングループの自動車製造部門(マクラーレン・オートモーティブ)では、2010年代からスポーツカーの販売を本格的にスタート。その最新モデルが、今回紹介する「アルトゥーラ スパイダー」です。
車体のデザインは流れ落ちる水滴をモチーフとし、エンジンは座席の後方に搭載されています。つまり、レーシングカーと同じ構造。車体は軽くがっちりとした骨格で構成され、エンジンが生み出すパワーを余すことなく路面に伝えます。また、高精度に制御される足腰を備え、段差のある場所やタイトなカーブでも驚くほど滑らかに走っていきます。
このように、マクラーレンがつくるスポーツカーは“公道を走れるレーシングカー”と呼ぶにふさわしい性能を秘めていますが、一方で日常的な使用にもフィットする快適性も備えているのが最大の特徴。走るのが大好きな富裕層はもちろん、街からリゾートまでスポーティなドライブを楽しみたいアクティブな層、さらに有機的でスピードを体現したデザインに魅せられるファッショニスタにも支持されているのです。
モーターで静かに走れる上品さも
「アルトゥーラ スパイダー」の試乗イベントの舞台は岩手県の安比高原。1980年代に開発された日本有数のスキーリゾートであるこの地は、グリーンシーズンも魅力は尽きません。ゴンドラでアクセスできる標高1,304mの前森山では、眼下に豊かなブナの二次林が広がり、岩手山や安比高原を含む高原台地の八幡平の広大なパノラマが広がります。そしてなんといってもうれしいのが、過ごしやすい気候。今回訪れた日の東京都心部は気温35度に迫る暑さでしたが、安比高原では最高気温が30度を下回り、一日を通して気持ちいい風が吹いていました。
試乗の拠点となるのは、全室がゲレンデビューのラグジュアリーな5星ホテル「ANAインターコンチネンタル 安比高原リゾート」。エントランスに着くと、鮮やかなカラーの「アルトゥーラ スパイダー」が並んでいました。低い車体は乗り降りに苦労しそうに見えますが、上へ向かって跳ね上がる個性的なドアは一般的な横開き式よりも開口部が広く、見た目以上に楽。お尻から入るようにすればスムーズに乗り込めます(降りるときは足を先に出す要領で)。
車内からは横や後ろの周囲もよく見えて、操作スイッチ類はミニマルで使いやすく配置されています。そして始動スイッチを押すと、拍子抜けするほど静か。というかエンジン音がまったく聴こえてきません! 実はこの「アルトゥーラ スパイダー」には強力なモーターが内蔵されていて、始動時は「エレクトリックモード」がデフォルト。早朝や夜間にガレージを出入りしても近隣の住民に音で気を煩わせずに済む、“ハイブリッド・スポーツカー”なのです(ただし電池の残量が少ないと自動的にエンジンが始動します)。
いまだからこそ叶う贅沢なリゾート体験
ジェントリィな駆動システムのおかげでホテルをスマートに出発したあとは、別荘地が広がる高原をクルージング……というところで、大事な機能を試していないことに気がつきました! 「アルトゥーラ スパイダー」は50km/hまでなら走行中でも開閉できる屋根を備えているのです。開閉スイッチを押すと高原の風が車内に舞い、視界は夏の緑と空の薄いブルーでいっぱいに。スピードが乗ってくると自動的にエンジンが始動し、続く山道では「スポーツモード」を選ぶことでエンジンの心地よい響きが背後から伝わってきます。
上りの山道でアクセルペダルを踏み足すと、みなぎるような力が湧いてきて、自制心の大切さをかみしめながらの躍動的なスポーツドライビングが楽しめます。しかも、クルマがしっかりしているから不安になることもありません。その感覚をひとことで表すと「ひらり」。どんなシーンでも地面にしっかりと足を着きながら、華麗に舞う。そんな感覚です。レーシングカーに使われる超軽量素材を惜しみなく使った車体は実際に軽いのですが、運転感覚そのものが軽やかで視界も広いため、ドライバーの力量に合った運転をしているかぎり心は踊り続けます。
アイルトン・セナが活躍した時代、日本は空前のスキーブームでもありました。好景気の中で休日の余暇を楽しむ文化が広がり、冬の理想郷として煌びやかな時間を提供した安比高原。その輝きは褪せるどころか、いまや海外からの観光客も多数訪れるほどのリゾート地として価値を高めています。
刺激的な体験をする方法は数あれど、周囲の景色までを味方にして心躍るスポーツドライビングが楽しめるのは「アルトゥーラ スパイダー」なればこそ。リゾートに滞在する意義がいっそう深まる高性能スポーツカーとの旅は、いまだからこそ叶う、究極の贅沢なのです。
【Mclaren Artura Spider】
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,539×1,976×1,193mm
車両重量:1,457kg
車両本体価格:¥36,500,000(税込み)
問い合わせ先
- TEXT :
- 櫻井 香さん ライフスタイルエディター
- PHOTO :
- PHOTO:McLaren Automotlive、櫻井 香