今月のMs.Precious……東京都港区在住、建築家。60歳。都内の私立大学工学部建築学科に現役で入学するも「ちょっと違う……」と感じ、両親の反対をよそに2年間仮面浪人の末、東京藝術大学美術学部建築科の激狭な門をくぐる。卒業後は大手有名設計事務所に就職。40歳で独立し、都内にアトリエを構える。会社員時代は海外の有名コンサートホールや博物館などのプロジェクトに参画していたその時の縁に加え、彼女が得意とする独特の"禅"思想的意匠設計はむしろ海外で好評ということもあり、今もワールドワイドな依頼が絶えない。クルマ歴は大学生の頃に親戚から譲り受けたMG・ミジェットを皮切りに、イギリス車ひと筋。
今月のクルマ……【Bentley Continental GTC Speed】
1919年にロンドンで創業したベントレーは、そのブランド黎明期からボディは大柄で、パワーがあって速く、そして頑強。まさに大陸の果てまで誰よりも速く到達できる唯一無二の「グランドツアラー」で、上流階級を中心に好まれました。一方で過酷な耐久レースであるルマン24時間レースおいては1924年から5回もの総合優勝を飾るなど、ベントレーは「性能」と「力」の象徴として広く知られるようになります。その後、数十年にわたる長きの間、ロールス・ロイスと合併していた時期があるものの、1998年にフォルクスワーゲングループの一員となってからは、黎明期のブランドコアを急速に取り戻していきます。今回ご紹介するコンチネンタル GTCは、圧倒的存在感と贅を極めた広いキャビン空間、そして782馬力という目も眩むパワーという従来の魅力に加え、プラグインハイブリッドというエコな時代性を兼ね備えた現代を生きるベントレーなのです。
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「これを着こなせたら、いや、乗りこなせたら最上級の洒落者」――松任谷

松任谷 はじめまして。
Ms.Precious よろしくお願いします。
松任谷 いやあ、ちょっと今日はドキドキしてます。
Ms.Precious こういうテーマなら絶対に興味がおありになるだろうと思ってました。
松任谷 というか試されているようで、結構悩みました。
Ms.Precious いや、そんなつもりはないんですが、松任谷さんがファッション的にどんなクルマを選んでくれるんだろう、というところは楽しみですよね。
松任谷 そうですか? 僕は結構コンサバなんですけどね。
Ms.Precious いや、そんなことないと思いますよ。いろいろと拝見していると。
松任谷 でも、お題というのが、これを着こなせたら最上級ということですよね。あっ、クルマだから乗りこなせたら、ということになるのかな。
Ms.Precious そうです。誰にでも似合うようなものではない方が面白いですよね。
松任谷 で、実際に購入するわけではないんですよね?
Ms.Precious いや、気に入ったらどうなるか……。
松任谷 えっ! そうなんですか? そんなふうには聞いていなかったけど。
Ms.Precious 私、こう見えてクルマエンゲル係数が高いんです。
松任谷 運転がお好きなんですか?
Ms.Precious 好きですね。上手だとは思わないけど。
「男子で似合う人間はほぼ皆無だけど、女性には少しだけ門戸が広い感じはします」――松任谷

松任谷 ちなみに今乗られているクルマはミニと聞いていますが。
Ms.Precious そうですね。ミニはほぼ毎日乗ってます。
松任谷 うーん、どうかなあ。このクルマを気に入ってもらえるかなあ。
Ms.Precious 第一印象はちょっとびっくりしました。でも、さすが、とも思いましたけど。
松任谷 まあ、ハードルが高いクルマだと思うんですよ。個人的に。
Ms.Precious どういうところがですか?
松任谷 男子で似合う人間は……うーん。
Ms.Precious そうですか? 白髪の紳士とかだったらカッコいいと思うけど。
松任谷 歳とると運転が下手になるのって知ってますか? 白髪の紳士はブレーキとアクセルを踏み間違えるかもしれませんよ。それってダメでしょ。
Ms.Precious 松任谷さん、踏み間違えますか?
松任谷 仕事で借りているクルマとかでバックする時に、おっと、なんてことはありましたよ。
Ms.Precious へえ、そんなこともあるんですね。
松任谷 ありますよ。でも、踏み間違えるかもしれない、と思って運転すればすぐに対処出来ます。
Ms.Precious 人間の思考回路の問題ですね。
松任谷 そうです。まあ白髪でもいろいろいると思うけど、女性には少しだけ門戸が広い感じはします。
Ms.Precious ベントレーが?
松任谷 特にこのコンバーチブルが、です。
Ms.Precious 屋根を開けて乗るのって気持ちいいですよね。
松任谷 気持ちいいでしょうね。特にこのクルマなんかは。ゆっくり走りたくなると思います。
Ms.Precious あら? 松任谷さん、数日間乗ってからいらっしゃると聞いてましたけど、その間は?
松任谷 いやあ、オープンにして乗る勇気がなかったですね。
Ms.Precious なぜ?
松任谷 鼻持ちならない野郎だ、と思われたくないじゃないですか。
Ms.Precious なるほどね。それも分かる気はします。でも、わざわざ混んだ原宿のど真ん中でこれみよがしに屋根を開けている人っていますよね?
松任谷 昔ならやったかもしれないけど、今はとてもとてもそんな勇気は無いです。
Ms.Precious ベントレーでそれをやったらそうとうインパクトがありますものね。

松任谷 服の趣味もそうです。どんどん派手嫌いになっていますね。その代りに見えないところにやたら気を遣ってます。
Ms.Precious というと?
松任谷 インナーとか匂いとか、ですね。特に加齢臭は自分では分からないと思うから気を遣いますね。男で香水プンプンも下品だし、種類も大事だし……。
Ms.Precious やっぱりこの対談、面白いですね。クルマの話もそれと同列で行きましょう。
松任谷 そうですね。個人的にはベントレーらしい形のベントレー、例えばフライングスパーとかなら、まだ似合う人は結構いると思うんですよね。つまりロールス・ロイスだとちょっと気が引けるからベントレーを選ぶ、みたいな。
Ms.Precious フライングスパーって昔からあるような、ロールス・ロイスみたいにクラシックな形のクルマですか?
松任谷 そうですね。今ではロールス・ロイスもずいぶん形が変わってしまったけど、なんとなく昔を想像させてくれるような形のクルマです。
Ms.Precious このクルマはそれより難しい、と思われる訳は?
松任谷 なんですかねえ。最初に発売されたのが2003年だったと記憶しているんですが、その頃は2000万を切っていたんですよね。ベントレーでも手が届く、っていうんで日本でも結構人気を集めてね。街中でよく見ました。
Ms.Precious 私も見たことあります。スリムでスマートでしたよね。
松任谷 そう、ベントレーはその昔はレースカーでしたからね。スリムでスマートなのはある意味原点回帰だったと思うんですよ。それを理解していた人たちはどれだけいたのかなあ。
Ms.Precious ブランドは難しいですよね。ブランドを誇示しない方がカッコいい時代もありましたけど、今はまたはっきりと見せる方向になってきているのかしら。
松任谷 やっぱりインフルエンサーとか、わかりやすい方がいいと思われているように思います。
Ms.Precious そうですね。ファッションは音楽とも密接に結びついているでしょう?
松任谷 そうみたいですね。ターゲットはかなり若そうですよね。僕も若い格好は好きですけど。
Ms.Precious どういう格好でこのクルマに乗ったらいいのかしら。
松任谷 なんでもいいと思いますよ。でも使い倒している感が合った方がよくないですか? おしゃれしてピカピカに洗車されたクルマに乗ってるよりも。
Ms.Precious 確かにそうですね。でもインテリアとか見ると結構ピカピカしてますよね。
松任谷 そうですね。このギザギザが刻まれた部分がベントレーらしいというか。キーまで同じテーマでデザインされてますよね。乗ってみましょう。


Ms.Precious あ、いい匂い。高級車の匂いですね。
松任谷 ですね。ロールスも同じような匂いがした記憶がありますけど。
Ms.Precious このベージュのシートはデニムなんかだと色が付いちゃいそう。
松任谷 僕はあえて、デニムの跡なんかが付いたままがカッコいいと思うけど。
Ms.Precious それはすごい。かなり上級者ですね。
松任谷 クルマを大事にするベクトルっていろいろあるでしょ? 自分の手を汚さないでピカピカにしているのってあんまり好きじゃないんです。
Ms.Precious おっしゃりたいことは分かるけれど、シートの汚れは生活感が出て苦手かも。
松任谷 まあ、言われてみればそうですね。シートはきれいにしましょう。
Ms.Precious エンジンスタートはこのボタンですね? いいですか?
松任谷 どうぞ。
「雰囲気はまるで魔法の絨毯。それも毛足の長い絨毯。重量感があって頼もしい」――Ms.Precious

Ms.Precious あら、かからない。
松任谷 ハイブリッドだからですね。プリウスと同じでスタンバイ状態です。アクセルを踏み込めばモーターで発進します。
Ms.Precious ベントレーもハイブリッドの時代なんですね。
松任谷 もっと言えば、このエンジンの兄弟はポルシェにもランボルギーニにも積まれています。
Ms.Precious 兄弟というと?
松任谷 チューニングは違うけど基本的には同じ設計のエンジンということですね。
Ms.Precious では速いんでしょうね。
松任谷 もちろんです。100キロまで3秒ちょっと。
Ms.Precious と言われても分からないんですけど。
松任谷 遊園地で真っ逆さまに落下するアトラクションがあるじゃないですか。あれを縦方向ではなく横方向で味わう感じですね。
Ms.Precious あら、でもゆったりしてますよ。そんな危険な感じは一切しないです。
松任谷 さすがにゆっくり行きたければゆっくりしてくれるところがエクスクルーシブスポーツなんですよね。普通のスポーツカーなんかはいつも急かされる感じで、こんなにゆったりとは運転出来ない。でも踏めばあちらと速さは大して変わらないです。
Ms.Precious 今のところ、雰囲気は魔法の絨毯ですね。毛足の長い絨毯。重量感があって頼もしい。
松任谷 そうですね。新しいエアサスなんですが一段と進歩していてびっくりしました。魔法の絨毯という表現はピッタリだから今度から僕も使おう。
「一人で運転するのがカッコいいクルマ。それもデニムとTシャツなんかでさりげなく乗っていたら最高」――松任谷
Ms.Precious なんだかミニとは全然違うのに似ているところもあるように感じます。
松任谷 知ってますか? ミニはロールス・ロイスと親戚。このクルマはフォルクスワーゲンやポルシェなんかと親戚。なんだか変でしょ?
Ms.Precious そう言われてもピンと来ませんが、ドイツの血が入ったイギリス車というところが似ているのかしら。
松任谷 クルマにはしっかりと味付けをするシェフがいますからね。それにしてもなんだか女性が運転するベントレーはいいなあ。
Ms.Precious 私、似合いますか?
松任谷 僕がいなかったらさらにお似合いだと思いますよ。一人で運転するのがカッコいい。それもデニムとTシャツなんかでさりげなく乗っていたら最高じゃないですか?
Ms.Precious オープンにしてもいいですか? せっかくだから。
松任谷 うーん、恥ずかしいけど、もう暗くなってきたからいいか。では開けます。タウンスピードだったら走りながら開けられちゃうのが現代のクルマですよね。
松任谷&Ms.Precious うわっ。
Ms.Precious なんだかモワッとしましたね。
松任谷 今夜も熱帯夜か。
Ms.Precious もう秋なのにね。
松任谷 外国の方が日本に来るとお醤油の匂いがするらしいですよ。
Ms.Precious この会話、ちょっとこのクルマには合いませんね。
松任谷 いや、僕が合わないんだと思います。

今月のクルマ
【Bentley Continental GTC Speed】
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,895×1,966×1,392mm
車両本体価格:¥45,690,000(ベース価格)
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
問い合わせ先

- TEXT :
- 松任谷正隆さん 作編曲家、音楽プロデューサー
- PHOTO :
- 小倉雄一郎(小学館)
- WRITING :
- 松任谷正隆
- EDIT :
- 三井三奈子