心も体も変化する30代。真っ只中にいる自分が主人公と同じように夢と現実の間で揺れ動いている

ここにいていい人間なのかと自問自答することも
「本当に、覚悟はあるのか?」
映画『秒速5センチメートル』の主演をつとめるにあたり、松村さんは自身に問いかけたという。
「世界中にいる原作アニメファンの期待に、そして抜擢してくれた原作者・新海誠さんや奥山由之監督の要望に、応えることができるのか。即答するにはとても覚悟が足りず、武者震いと共に、耐性のないプレッシャーに戸惑ったのを覚えています。映画の経験は積んでも、いまだ未熟で足りないことばかり。どうしたら、ほかの俳優の方々のように器用に演じることができるのか…そんなことばかり考えて、コンプレックスにさいなまれて。それでも、奥山監督が引っ張ってくれるのなら飛び込んでみるのもいい、と決断したことは、間違いではありませんでした」
惑いと決断を行き来していたとき、松村さんは28歳だった。それから撮影を経て、公開を待つ間に迎えた30歳。奇しくも、映画『秒速5センチメートル』で演じた主人公の年齢と同じだ。
「10代で最初に原作アニメを見たとき、30歳になる前にもう一度見返したとき、そして30歳で実写映画が完成したとき。こんなにも感じ方が変わるものなのかと、驚きました。かつては憧れの眼差しで鑑賞した作品が、今はたまらなく、つらく厳しいリアルとして胸に迫る。仕事、体、心…どれもが変化する30代。その真っ只中にいる自分は、主人公と同じように理想と現実の間で揺れ動いて。期待が大きくなるほど、僕はここにいていい人間なのかと自問自答することもあります」
波に飲み込まれず、自分を大切に考え続けたい

思いがけず、この惑いと葛藤が、スクリーンでの儚く耽美的な主人公・貴樹(たかき)をつくり上げた。世代の異なる三人の俳優が貴樹を演じ、最後のバトンを受け取った松村さんは、感情のグラデーションを繊細かつ正確に表現した。
「でもそれは僕だけの力ではありません。監督のあふれる思いが形になり、僕のよいところを引き出してくれ、多くのクリエイターの方々のセンスと熱量で完成した。まるで魔法のようでした。そして僕はといえば、いつになったらひとりで芝居ができるのだろう―。そう痛感するばかりです。
でも、その答えを急ぐ必要はないと思うんです。時代の空気が変わるのが早い今、そして自分が成長途中にいるなか、波に飲み込まれず、自分を大切に、どんな存在でいたいのかをひたすら考え続けるしかありません。アイドルと俳優の活動がどう混ざり合っていくのかも、見守りたいと思っています。その方法はと聞かれれば…『探している真っ最中』です。ただはっきりしているのは、どちらの活動も楽しいということ。30代、心と体が変化しても、夢を見る体力は衰えないとわかった今、ひとついい作品ができたことで、また次の夢を見ることができる。だから、僕はきっと大丈夫」
完成した映画『秒速5センチメートル』を見終わり「三人が演じた主人公が最後で見事に“つながった”」と話した松村さん。自身のさまざまな活動も、いつかつながりあって、さらに大きく成就することを信じている。惑いも揺れも、きっとそのための通過点。そしてその瞬間の煌めきが、私たちを惹きつけ続ける。
問い合わせ先
関連記事
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- BY :
- 『Precious11月号』小学館、2025年
- PHOTO :
- 三宮幹史(TRIVAL.)
- STYLIST :
- 坂上真一(白山事務所)
- HAIR MAKE :
- 星野加奈子
- COOPERATION :
- BACKGROUNDS FACTORY
- EDIT :
- 福本絵里香(Precious)
- 取材・文 :
- 南 ゆかり