世界の富裕層が宿泊体験に注目する理由
10月、「ミシュランキー」のグローバル発表会に参加するため、パリへ出かけてきました。「ミシュランキー」とは、レストランガイドで有名なミシュランが2024年から導入を始めた、宿泊施設を対象とする新たな格付け制度。ミシュランガイドの星が料理に光を当ててきたように、キーは滞在体験に焦点を絞り、ホテルをセレクトしています。
つまり美食の三つ星が「そのために旅行する価値がある卓越した料理」と定義されるのに対し、キーに値するのは「泊まることそのものが旅の目的となり得る」ホテルやリゾート。
評価は星と同じく3段階で1キーから3キーまで。評価の基準としては、建築やデザインの完成度、ホスピタリティの質、土地とのつながり、価格に見合う体験価値…それらの普遍的な基準をもとに、ミシュランの匿名調査員が世界中のホテルを審査しているのだそうです。
日本から、今年の3ミシュランキーに選ばれたのは、前年から引き続き、「強羅花壇」(神奈川県箱根町)、「ホテル ザ ミツイ キョウト」(京都府京都市)、「アマネム」(三重県志摩市)、「パレスホテル東京」、「フォーシーズンズホテル東京大手町」(東京都千代田区)、「ブルガリ ホテル 東京」(東京都中央区)という6軒に加え、新たに2キーから3キーへ格上げされた 「あさば」(静岡県伊豆市)でトータル7軒。
私が宿泊したことがあるのはこの内「ホテル ザ ミツイ 京都」と「あさば」だけですが、「パレスホテル東京」や「フォーシーズンズホテル東京大手町」、「ブルガリ ホテル 東京」にはもっぱらレストランやバーでお世話になっており、その素晴らしさはよく知っています。
2キーには大好きな「ザ・リッツ・カールトン 日光」(栃木県日光市)や「ENOWA YUHUIN」(大分県由布市)、1キーには今とても行きたいと思っている「山形座 瀧波」(山形県南陽市)、今年5月に開業したばかりの「パティーナ大阪」(大阪府大阪市)がランクイン。
ミシュランの調査員さん、きちんと日本を広範囲に調査し、なかなかナイスなセンスの持ち主だとお見受けしました。大規模で豪華なホテル一辺倒ではなく、ローカルな地方色が活かされているのもいいな、と。
「世界の富裕層の興味はずいぶん以前よりモノからコトや、体験型ラグジュアリーへと移行しています。最近ではそのラグジュアリーも豪華であればよいということではなく、もっとローカルに、よりパーソナルな経験へとシフトしつつあります」と語ってくれたのは、このミシュランキーのスポンサーでもあるUOB(United Over Seas Bank)執行役員のジャクリーン・タンさん。
1935年にシンガポールで設立された同バンクは、現在アジア19市場に拠点を持ち、ASEAN諸国での企業進出支援や富裕層向けのプライベートバンキングに強みを持っています。
アートアワードやサステナブル観光など文化・芸術への投資にも積極的で、ミシュランキーへもその一環として協賛。ラグジュアリートラベルとホスピタリティの質を高める国際的な取り組みに、金融機関として関心を寄せているのだそうです。
ラグジュアリーという価値観の変化については、日々私も如実に感じているところです。たとえば私がファッション誌編集部に配属された90年代、時代はまだまだ上昇志向でポジティブな気勢。ハイブランドのジュエリーやバッグはちょっと無理をしても買うべきアイテムでした。
それからまずバブルが崩壊して、2008年にはリーマンショック、11年には3.11が起きて、最近では新型コロナウィルスに襲われたのはみなさまご存知の通り。
社会が大きく動き、ダメージを受けるたび、私の価値観も変化してきたように思います。どんなにたくさんのブランド品を持っていたとしても、体形が変われば着られないし、トレンドも変わっていきます。
ならば刹那とも言える今この一瞬を心豊かにしたい。一瞬に永遠が宿ると考えたのは作家の稲垣足穂ですが、私もそこに共感します。一瞬の積み重ねである1時間、一日、ひと月、一年…振り返ったときに「あぁ楽しかった」と言える私でありたいのです。
あ、でも勘違いなさらないでください。私はショッピングを否定しているわけではありません。以前ほどハイブランドを買わなくなってはいますが、若いころに「エイヤ」と自分を鼓舞しながら買ったHのバッグや、Cの時計、VC&A(隠せてませんね)のジュエリー、Cのジャケットなどに今も多いに助けられています。
もちろんお財布が許せばまだまだ欲しいものはありますが…自分のライフステージと経済状況から、私のプロフィールにもあるように「おいしいもの、未知なものあれば東奔西走」することにプライオリティを置きたいというわけです。
1泊2日のパリ、私ならではのラグジュアリーな時間
そこで、パリへ。冒頭の「ミシュランキー」グローバル発表会へ伺ったわけですが、発表会が終わってから1泊だけ休暇を取ることにしました。パリでのプライベートな時間は久々でしたので、思い切り贅沢に遊んじゃおう! とも思いましたが、この時なんと1ユーロ175円。
ムムム…と考えた末に過ごしたパリでの時間が実に私らしい休日となったので、ご紹介させていただきたいと思います。
まずはホテル。今回は1泊しかないので移動に時間を割くのはもったいないと考え、立地の良いホテルを選びました。Hôtel du Louvreはルーブル美術館とコメディ・フランセーズ、そしてパレ・ロワイヤルにそれぞれ隣接しているという、まさにパリの中心地に立つホテル。
1855年にナポレオン3世の命によって建てられたオスマン様式の建物は大理石、重厚な木彫り、アーチ状の窓や高い天井が特徴的で、まさにパリに来た! というイメージ。
●Hôtel du Louvre(ホテル・デュ・ルーブル)
https://www.hyatt.com/unbound-collection/ja-JP/paraz-hotel-du-louvre
次にランチ。ミシュランガイドのウェブでHôtel du Louvreのことを調べていたら、歩いて数分の距離に一つ星のレストランがあることを発見しました。お値段も許容範囲だったので、そのままオンラインで予約(ミシュランガイドの予約サービス、使いやすかった!)。
「Pantagruel(パンタグルエル)」は、パリの有名料理学校「フェランディ」で学び、「ル・ブリストル」でも研鑽を積んだJason Gouzy シェフによるモダンフレンチ。イノベーティブすぎず、モダンな仕上がりながらフランス料理の伝統を感じさせる料理に満足しました。
私はソファ席でひとり食べていたのですが、左右もひとり客だったため居心地もよかった。夜はさすがにさびしいですが、ランチならひとり星付きレストランも悪くないですね。
●Pantagruel(パンタグルエル)
https://www.restaurant-pantagruel.com/
そしてこの「Pantagruel」のあるリシュリュー通りが私のような食いしん坊にとっては大変魅力的な通りでした。有名シェフ、オリヴィエ・ロランジェによるスパイスショップ「エピス・ロランジェ」でスパイスを吟味し、これまた有名なチーズ熟成士である久田早苗さんによる「サロン・デュ・フロマージュ ヒサダ」でチーズとバターを爆買い。コンテ24か月を抱えてホクホクしながらホテルへ戻りました。
●エピス・ロランジェ
https://www.epices-roellinger.com/
●サロン・デュ・フロマージュ ヒサダ
https://www.hisada-paris.com/
さて、もう買い物はしない…というテンションで本原稿を書き始めてしまいましたが、やはりファッションの都、パリですから。何も買わずに帰ることはできません。
往時のようにヴァンドーム広場やフォーブル・サントノレでショッピングは出来ませんでしたが、それでもフライト前にちょこっと出かけて購入したのがこちら。
「ピエール・アルディ」のスニーカーと「キュア・バザー」のネイルカラー。デタックス(免税)する買い物が靴1足だけだなんて我ながら信じられない思いでしたが、これでも今の私には贅沢すぎるほどのショッピングです。
価値観とライフスタイルは時代に即して変化し、これが今の私の等身大のラグジュアリーというわけなのでしょう。

- TEXT :
- 秋山 都さん 文筆家・エディター
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- 秋山 都
- WRITING :
- 秋山 都

















