大樋焼の伝統と革新を支える大樋洋子さんを訪ねて
春の風が心地いい青空のもと、まず向かったのは、360年以上もの歴史を誇り、金沢を代表する『大樋焼(おおひやき)』の窯元、『大樋長左衛門窯』。大樋焼は、ろくろを使わず、手びねりで成形、箆(へら)で削りながらひとつひとつ丁寧に作られ、それゆえ手跡が味わいになっているのも特徴。「飴釉(あめゆう)」という独特の釉薬が使われ、茶とも赤ともつかない温もりのある発色と、奥行きや柔らかさを感じさせる深い艶に心奪われます。20年ほど前、この場を訪れた際に少し背伸びをして手に入れた器は、時を経るほどに愛着が湧いて、ずっと人生をともにしたい宝物になっています。
「代をつなぐ」とは新たなものを生み出し続けること
お話を伺ったのは、十一代大樋長左衛門夫人、大樋洋子さん。現代美術と伝統を融合させ、現当主として活躍する十一代大樋長左衛門、大樋年雄氏の妻として、また世界を舞台に活躍する現代アーティスト、奈良祐希氏の母として、その伝統と革新を支え続けています。
実は洋子さん、学生時代に寮で共に過ごした経験のある、大好きな女性。当時からひときわ輝きを放ち、皆の憧れの的でしたが、年齢と経験を重ね、さらに「格好よさ」に磨きがかかっていました。その圧倒的な存在感の奥に、想像させられるのは、伝統を守ること、それを支える立場の「重み」。
「代をつなぐ=古きを温めると思いがち。もちろん、歴代のものを知らなくてはならないし、そこに答えを求めるのだけれど、そのうえで、新たなものを生み続けるということにほかなりません。例えば写真も、オリジナルをコピーしたら、そしてコピーすればするほど『劣化』していくでしょう? 先代に倣って同じように作っていたら、伝統は残らない。後ろを振り返ったときには伝統だけれど、前を向いて進む限りは、つねに革新なんです」(洋子さん)
伝統とは、革新の積み重ねがあって初めて生まれるもの、つながるもの。こうして紡がれた歴史の中でも、十一代は、つとに「革新的」との評価がなされていると聞きました。
「どの世界でもそうだと思うのですが、初代は圧倒的なパワーを持っているもの。二代であろうが、十一代であろうが、継ぐという意識が生じた時点で、プレッシャーはどうしても生まれると思うんです。必ず比べられるから。誰もがいちばんになりたいから。代をつなぐからには代に埋もれたくない……、そう思うのが真の芸術家。だから歴代、誰しも革新的。それゆえ、主人も新しいチャレンジに抵抗がなかったのだと思います。そうとは言え、つい、主人の器を推してしまうんですけど、ね(笑)。忘れてはならないのは、道を切り拓いてくれた先人への敬意、そして伝統に教えを乞うという謙虚な姿勢。それは息子にも、口をすっぱく言い続けています」(洋子さん)
「用の美」だからこそ宿る作り手の「人となり」
茶室『年々庵』では、数種ある歴代のお茶盌の中から好みのものを選んで、お抹茶やお菓子をいただく(有料)ことができます。お茶会では器を選べないのが通例。ここでしか叶えられない貴重な体験です。
「芸術はすべて、五感をフル活動させながら触れるものですが、器は特に『用の美』だからこそ、茶盌を手に取ったとき、茶盌に唇が触れたとき、誰もが違和感を敏感に感じ取るんです。茶盌の美しさは『お茶を美味しくいただく』という制約の中で生まれるもの。穴を開けたら飲めないし、取っ手をつけたらティーカップになるし(笑)。そのため、作り手の『人となり』が出やすいとも言われているんです。ぜひ、お茶とお菓子を召し上がって、たったひとつしかない器というアートを五感で味わっていただきたいと思います」(洋子さん)
『大樋ギャラリー』に並ぶのは、先代である大樋陶冶斎、十一代大樋長左衛門、祐希氏が制作した、芸術家の感情や意志を感じさせる貴重な作品ばかり。また、ミシュランガイドで個人美術館として異例の一つ星を獲得したという『大樋美術館』には、初代から現代までの大樋焼や加賀藩ゆかりの茶道具が展示され、その歴史や文化に深く触れることができます。
「実は、能登半島地震震災によって、美術館に展示していたたくさんの大切な作品が壊れたんです。一時は途方に暮れましたが、新たに立ち上がる意味でも、先々代や先代、十一代の作品の欠片をつなぎ合わせ、焼き直すことで、まったく新しい作品に生まれ変わらせました。前に向かって進む私たちの姿勢も含めて、大樋焼に触れてください」(洋子さん)
驕ることなく、挫けることなく、歴史を重んじながら、時代の息吹を感じ、新たな道を切り開き続ける大樋焼の世界観を、肌で感じてほしいのです。そして、五感で楽しめるアート、かけがえのない自分だけの宝物に出合ってほしいのです。金沢が誇る芸術、大樋焼にはたくさんの「人生訓」が詰まっています。
和のオーベルジュ『つる幸』で過ごす豊かな時間
大樋ギャラリーを後に向かったのは、昨年11月にオープンしたばかりの旅館『つる幸』。観光スポットである近江町市場や武家屋敷にほど近い、街の中心部に位置。もともと美食家がひいきにしていたという名料亭を現代的に昇華、割烹『つる幸知新庵』と共にその地に生まれ変わらせたのだといいます。
邸宅を訪れたかのようなこじんまりとしたエントランスを抜けると、ひとつひとつ趣が異なる全 4 室という、それはそれは贅沢なつくり。すべて90平米超えの、ゆとりを感じさせる空間が広がっています。
中でもユニークなのは、各部屋に専用ダイニングと温泉露天風呂が備えられていること。 一歩足を踏み入れたとたん、静謐な時間が流れ始め、ずっとここで過ごしたくなる……。1泊のみならず、2泊、3泊と「暮らすように滞在する」人が次第に増えているというのもうなづけます。
料理×器×空間、それは記憶に残る繊細なアート
ひと息ついて空が藍色に染まり始めたころに、早めの夕食。ベッドルームやリビングとは別空間として仕切られたダイニングには小さなカウンターもあり、割烹の個室のような設えがなされています。
一献からスタートするコースは、先付けから甘味まで、すべてが金沢や能登をはじめとした北陸の食材を贅沢に使ったものばかり。美しい器でひと皿ひと皿、丁寧にふるまわれます。
料理人自らそれぞれのダイニングに赴き、目の前で仕上げる料理もあり、香り、音、温度、 そして料理人の真剣な眼差し、鮮やかな手さばき……、その「ライブ感」はここでしか味わえない、興奮体験。食材や料理についての何気ない会話から、料亭文化とその奥深さを知る、それもまた大人の醍醐味に違いありません。
食事の後は、広い温泉露天風呂で心身共に解き放たれ、眠りに就く前のひととき、優しい光の中で「もう一杯だけ、飲まない?」……。旅の余韻が、いつもよりゆっくりと静かに流れる時間をくれます。
朝食は、部屋のダイニングか、つる幸知新庵のカウンターか、いずれかを選択できます。 迷った挙句、後者を選んだ私たちの隣には、何度かここを訪れているという素敵な親子連れがいました。優しく温かい空気の中でいただく贅沢で滋味深い食事に、次は、母と一緒に訪れたい、パートナーとも、親友とも特別な旅を楽しみたい、そんな思いが募ります。 つる幸は、心に余白をもたらす宿。それは何度も訪れたくなる空間……。
石川県立図書館に思いがけない出合いを求めて
室生犀星、泉鏡花、徳田秋聲など、明治から昭和初期に活躍した作家を生み出し、「文学の街」とも呼ばれる金沢。そんな土地柄、地元で暮らす人のみならず、観光スポットとしても人気を博しているのが『石川県立図書館』です。閲覧スペースには30万冊の本、500の閲覧席、その規模の大きさはもちろんですが、4階までの吹き抜けを取り囲むように本棚が配置され、本が並べられた円形の閲覧空間は、まさに圧巻。
この図書館ではっとさせられたのは「思いもよらない本との出合い」ができること。「暮らしを広げる」「自分を表現する」「好奇心を抱く」「生き方に学ぶ」など、身近な12のテーマごとにセレクト。しかも、できる限り表紙が見えるように展示され、それぞれが「一冊の芸術」としてもメッセージを発する仕組みになっています。まるで、ウィンドウショッピングをするかのようなときめきがいっぱいなのです。
さらにPrecious読者に注目してほしいのは、館内のそこかしこに置かれた家具。誰もがそれとわかるマスターピースから、ここだけのためにデザインされたユニークなものまで、インテリアという視点からも一日をここで過ごしたくなるはずです。
何もかも、コスパ、タイパが最優先され、「思いがけず出合う」機会が減っている現代。本は特に、その楽しみが奪われている気もします。金沢の旅の中に、この空間を。新しい自分が目覚める感覚をぜひ味わってください。
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
問い合わせ先
大樋美術館・大樋ギャラリー
住所/石川県金沢市橋場町2-17
TEL:076-221-2397
開館・営業時間/9:00〜17:00
休館日/年中無休(要確認)
入館料(美術館)¥1,000・呈茶付き¥2,000・呈茶のみ¥1,200
つる幸
住所/石川県金沢市高岡町6-5
TEL:076-210-5160
客室数/全4室
料金/¥122,100~(1泊2食付き、2名利用時1名料金/税・サービス料込)
石川県立図書館
住所/石川県金沢市小立野2-43-1
TEL:076-223-9565
開館時間/閲覧エリア 9:00~19:00、文化交流エリア 9:00〜21:00(土・日曜・祝日はいずれも〜18:00)
休館日/月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始および特別整理期間(2026年12月21日~2027年1月25日)
- TEXT :
- 松本 千登世 さん エディター・ライター
- PHOTO :
- 志賀真人
- COOPERATION :
- 金沢市観光協会
- EDIT&WRITING :
- 松本千登世

















