親友同士である2人の天才アーティストが、奪い合った伝説の女性とは?

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モデルであり、写真家としても活躍したパティ・ボイド。この写真は1964年のもの。この頃から一流ファッション誌で頭角を現していく。 (C) Michael Ward/Getty Images

2人の男が取り合う女。しかも2人の男は親友同士……。そういう対象になるのは、ある意味で女冥利に尽きること……そう思うのは、不謹慎な考えだろうか?
1960年代、音楽からファッション、アートや思想まで、あらゆる分野の次世代文化が一気に花開いた時代、まさに唯一無二の「永遠のミューズ」と言われたカリスマモデル、パディ・ボイドこそ、親友同士であった2人の大物ミュージシャンが取り合った伝説的な女性であった。
プレシャス世代でも、同時期に一世を風靡した、小枝のように細い「ミニスカートの女王」、ツイッギーの名は知っているかもしれないが、じつは60年代ファッションのもう1人の象徴的存在であったのが、このパティ・ボイド。ツイッギーが人間離れした革命的存在であったのに対し、パティはリアルな憧れの的として、絶大な人気を誇ったと言われる。

そしてパティを取り合ったのが、やはり時代のカリスマ、ビートルズのジョージ・ハリスンと、音楽史上最も重要なギタリストとされるエリック・クラプトン。どちらもとてつもない大物であり、立場は全く異なるものの、音楽的にも共に活動するなど、本当の意味での親友だったとされる。

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1968年6月、ロンドンのヒースロー空港にて。ビートルズのドラマーであるリンゴ・スター(左から3人目)と妻のモーリーン・コックス(左から2人目)、ビートルズのギタリスト、ジョージ・ハリスン(右)と妻のパティ・ボイド(右から2人目)。リンゴの後ろにいるのはエリック・クラプトン。(C)Evening Standard/Hulton Archive/Getty Images

「いとしのレイラ」は、親友の妻への抑えられない情愛を歌ったものだった

この偉大なる三角関係は、当初ジョージ・ハリスンの妻だったパティに、エリック・クラプトンが密かに恋をすることから始まる。親友の妻を愛する苦しみはどんどん募るばかりで、それは音楽にも反映され、今も聴き継がれる世紀の名曲「いとしのレイラ」は、まさにその苦悩と抑えきれない恋心をうたったもの。どうかお願い、助けてくれ。僕の落ち着かない心を沈めてくれ。気が狂わないうちに……そんな歌詞があるが、これなどまさに究極の情愛を吐露した歌詞だと言われる。さらにアルバム一枚分、全てがパティへの愛を綴ったものだったりした。
ちなみに夫のジョージ・ハリスン作のビートルズの名曲「Something」も、妻への愛を表現した曲。天才アーティストたちの創作意欲をかき立てるような女性だったのは確かなのだ。

さて、しばらくはエリックの熱い想いを知りながらも、ジョージとの結婚を守ったパティだったが、ジョージがインド宗教に傾倒し、ビートルズのリンゴ・スターの妻との不倫が発覚したことをきっかけに、結果的にますます求愛が激しくなるエリックの元に走ることになる。

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エリック・クラプトンとパティ・ボイド。1975年3月、ロンドンのレスター・スクエア・シアターにて。(C) Michael Putland/Getty Images

ところが、このあまりにもドラマチックかつ複雑な関係も、意外な結末を迎えることになる。エリックのパティに対する異常なまでの愛情も、親友の妻という、すぐ手に届くところにいるのにどうしても触れられない強烈なもどかしさ、叶わぬ恋ゆえの悲哀がエスカレートしたものだったのか、結婚後、エリックは酒に溺れる様になる。妊活をしていたもののどうしても子供が授からなかったこともあって、エリックは2人の婚外子を持つという状況に陥り、結局関係は破綻するのだ。

なぜパティは、2人の大物が奪い合うほどの魅力を持ったのか?

しかしこの世紀の三角関係はその後もずっと語り継がれ、またパティ・ボイドと言う女性の、他に置換の効かない魅力についても様々に語られてきた。
もともとこの人は、美人と言うよりファニーフェイスが人気のモデル。前歯がビーバーの様に長く出っ張っていたことから、とてもモデルとしては使えないと冷遇されたのにも関わらず、露出するたびに人気が上がり、絶対のトップスターとなっていく。もともと芸術家のミューズとなる女性は、単なる美人ではなく忘れがたい個性を持っていると言われるが、画家や建築家との不倫で夫の作曲家マーラーを悩ませたアルマ・マーラーも、文化人が集うサロンの主役であったショパンの愛人ジョルジュ・サンドもまた、美しいが非常に個性的なタイプであった。そしていずれも、優れた感性を持ち自らも芸術的な才能を見せた人。その後に、写真家としても活躍している。
そもそもモデルとしてのパティ ・ボイドも、そのポージングや表情に独創的な愛らしさと圧倒的な洗練を見せ、そういう意味でも存在そのものがポップカルチャーの象徴となるほどの、カリスマ性を持ったのだ。さらに言えば、トップスターにもかかわらずワガママを言わない、自己主張もあまりしない、むしろ周囲を気遣う癒しの力を持っている人だったとも言われる。2人の天才アーティストに同時に愛され、また親友同士の男たちの友情がそれでも壊れなかったのは、この人の持つそうした力のなせる技なのかもしれない。

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キュートで小悪魔的な魅力に満ちたパティ・ボイド。1964年3月撮影。(C)Larry Ellis/Express/Getty Images)

夏目漱石の『こころ』に描かれた悲劇的な三角関係との違い

こうした複雑な三角関係で思い出されるのは、夏目漱石の『こころ』。かつて親友の「K」と同じ女性を愛した際、抜け駆けして結婚を申し込み、失望した「K」を自殺に追い込んだ過去をもつ男が、長年罪の意識に苛まれながら、結果的に自らも命を立つ悲劇的な物語。つまりこの三角関係は、人間不信と後悔や懺悔の感情を生んだが、ジョージとエリックはむしろ同じ女性を愛し、同じ価値観を共有する者同士の絆をさらに深めたとも言われる。それもパティの人間性によるところが大きかったのではないか?

『こころ』という不世出の傑作小説において、まったくその自覚がなかったとは言え、最終的に2人の男を死に追いやってしまう女性が、なぜ2人を翻弄することになったか、そこにはほとんど触れられていないものの、だからこそ多くの読者は、その女性の魅力をとても神秘的なものとして心に留め置いているはず。パティの魅力も今なおロマンティックな神秘性を放ちながら、伝説の三角関係とともに多くの人の心に刻み付けられているのである。
少なくとも、パティと生きる親友の幸せそのものをエリックが羨ましく思ったことから始まったドラマ。親友同士の男2人に取り合いをさせる女性は、いわば男を幸せにする女性の典型といっていい。その上で、やがて奪いたいと思わせるほどの抗えない魅力を持ったことは、まさに女冥利に尽きる……その意味、少しわかってもらえただろうか。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子