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【6月15日は「千葉県民の日」「栃木県民の日」|なぜ同じ日なのか解説】

毎年6月15日を迎えると、関東地方のふたつの県が同時に「県民の日」を祝います。それが「千葉県民の日」と「栃木県民の日」です。隣りあっているわけでもないのに、なぜ同じ日が記念日に定められたのでしょうか?……答えは…「偶然」です! 両県とも、たまたま1873(明治6)年6月15日に県の成立に関わる大きな再編が行われたため、同じ日が県民の日の由来となりました。

今から150年以上前の1873(明治6)年6月15日、明治政府による地方統治の再編が進むなかで、現在の千葉県と栃木県の原型となる新しい県が同時に誕生しました。千葉では「木更津県」と「印旛県」が合併して「千葉県」の名称が生まれ、栃木では旧「栃木県」と「宇都宮県」が合併して、おおむね現在の県域にあたる新しい「栃木県」が成立しました。このように、地域の歴史の出発点となった特別な記念日が「6月15日」という同じ日になったのは、まったくの偶然の産物なのです。


【「県民の日」とは? 制定された意味と目的】

■「県民の日」とは?

「県(都道府県)民の日」は、国の制度ではなく、各自治体(都道府県)の判断で一年のうちの特定の日を記念日として主に条例により定めた日を指します。各自治体が地域の節目をどう扱うかは、地方自治の領域ですから、つくるかつくらないか、いつにするか等はそれぞれの判断によります。「県民の日」と通称されることがほとんどですが、個々の具体的名称もそれぞれです。

■「意味」と「目的」

普段はあまり意識する機会のない「自治体という枠組み」や「地域の歴史」に光を当て、未来へとつないでいくための節目として、この記念日は大切な意味を持っています。

目的として考えられるのは…
・自分が暮らす土地、生まれ育った地域の歴史や文化、自然について、改めて見つめ直すきっかけをつくる。
・地域社会の一員としての自覚を持ち、よりよいふるさとを自らの手で築いていこうとする意識を育む。
・郷土への愛着を醸成し、地域のさらなる融和と発展を県民全体で祝い合う。

■「都道府県民の日」がない自治体もある?

「都道府県民の日」という名称でなくとも、「ふるさとの日」など、近い目的をもつ記念日を制定しているところもあります。記念日を制定していないのは、山形県、宮城県、神奈川県、新潟県、長野県、岐阜県、兵庫県、福岡県、沖縄県、大阪府、京都府です。


【「千葉県民の日」の由来|千葉県誕生の歴史とは】

■「房総」のあゆみ

現在に至るまで、千葉県が「房総」と呼ばれているのは、元々この地域が「安房国(あわのくに)」「上総国(かずさのくに)」「下総国(しもうさのくに)」から成っていた名残。安房の「房」と上総・下総の「総」の組み合わせから、「房総」となったのです。

■廃藩置県によって、ふたつの県が誕生

1871(明治4)年に行われた廃藩置県によって、房総には24の県が生まれました。その後、上総・安房の地域は「木更津(きさらづ)県」に、下総の地域は「印旛(いんば)県」となりました。

■1873(明治6)年6月15日「千葉県」の誕生

さらに1873(明治6)年の6月15日に、「木更津県」と「印旛県」が合併したことにより、初めて「千葉県」という名称の県が誕生しました。県庁は、それまでの木更津や印旛ではなく、両県の中間に位置する千葉町(現在の千葉市中央区)に置かれることになります。そしてその2年後の1875(明治8)年には、当時の「新治(にいはり)県」の南部(現在の香取・海匝・銚子周辺など)が編入され、現在の境界線が確定しました。

■「千葉県民の日」誕生

「千葉県民の日」は、1984(昭和59)年に、県の人口が500万人を突破したことを記念して制定された記念日です。以来、県民に親しまれる節目となっています。


【「栃木県民の日」の由来|廃藩置県と県成立の背景】

■栃木の歩み|古代から江戸時代まで

現在の栃木県の歴史は、今から約1350年前の7世紀後半にまで遡ることができます。当時、下毛野国(しもつけぬのくに)と那須国(なすのくに)が統一されて生まれた「下野国(しもつけのくに)」が、現在の栃木県の始まりのかたちです。下野国には国庁(現在の県庁にあたる)や、国を治めるために重要な役割を担った国分寺や国分尼寺、下野薬師寺がつくられ、都から華やかな文化が伝えられ、栄えていました。

鎌倉時代には小山氏や宇都宮氏、足利氏、那須氏といった下野の武士たちが活躍し、戦国時代には「足利学校」が日本の大学として、ヨーロッパにまでその名が伝わったそうです。さらに江戸時代に入ると、日光が徳川幕府の聖地となり、日光東照宮をはじめとする華麗な建築群が築かれ、特別な保護を受ける地域として栄えました。

■廃藩置県直後の「宇都宮県」と「旧栃木県」

明治時代を迎えると、全国の藩を廃止して府県を置く廃藩置県が断行され、地方統治の仕組みは大きく変わります。当初、この地域には日光県をはじめ多くの県や藩が細かく存在していましたが、1871(明治4)年11月の統廃合により、大きくふたつの県へと集約されました。ひとつは、下野国の北部を中心とした「宇都宮県」。もうひとつは、下野国の南部および上野国(現在の群馬県)の一部を管轄した旧「栃木県」です。

■1873(明治6)年6月15日「栃木県」の誕生

1873(明治6)年6月15日、旧「栃木県」と「宇都宮県」が合併したことにより、現在の栃木県の原型となる、新しい「栃木県」が誕生しました。この合併により、古代の下野国全域が、再びひとつの県としてまとまることになります。合併当初、県庁は現在の栃木市(旧栃木町)に置かれていましたが、その後、1884(明治17)年に現在の宇都宮市へと県庁が移されました。

■「栃木県民の日」の制定

栃木県における「県民の日」は、1985(昭和60)年に制定されました。県民が郷土について理解と関心を深め、県民としての一体感と自治の意識をはぐくみ、より豊かな郷土を築きあげることを期する日として、現在の栃木県の原型がつくられた6月15日が「栃木県県民の日」に選ばれました。


【「県民の日」は学校が休み? 毎年話題になるイベント文化】

■「県民の日」は学校は休み?

「県民の日」が近づくと、毎年決まって話題にのぼるのが「学校が休みになるかどうか」という問題です。前述の通り、「都道府県民の日」は、あくまで各自治体の判断で特定の日を記念日として定めた日です。この日が休校扱いになるか否かは、自治体の記念日そのものとは別の運用となり、各教育委員会や学校設置者の判断が絡んできます。そのため、記念日があっても休みでない地域もあれば、「都道府県民の日」がなくても市町村の記念日で休みになる地域もあります。

■千葉県と栃木県。ふたつの県の違いは?

同じ6月15日を記念日とする両県の間でも、公立学校(小・中・高校など)の扱いには明確な違いがあります。千葉県では、県民の日を定める条例の趣旨に基づき、原則として公立学校が「休校」となります。これに対して栃木県では、「休校日とはならない」のが通例です。その代わりに、学校給食に地元の特産品を使った特別なメニュー(県民の日記念給食)が登場するなど、日常のなかで郷土の魅力を学ぶ工夫がなされています。

■たとえば「都民の日」は?

「都民の日」には、一部の学校を除き、東京都立および都内各市区町村立の小中高校は休校となります。また、都内にある一部の国立や私立学校も基本的には休校となりますが、2002(平成14)年の学校週5日制実施以降、授業時間数を確保するために「都民の日」でも休校とせず、平常通りに授業を行う学校は増えています。

■無料開放や割引など、多彩な記念イベント

学校の休みの有無にかかわらず、千葉、栃木の両県では、6月15日を中心に県民を対象とした数多くの記念イベントや特典が用意されます。それぞれの県が運営する公立の美術館や博物館、各種施設では、当日に限り入場料が無料になったり、特別な優待を受けられたりするケースが数多く見られます。さらに、公立施設だけでなく、民間のテーマパークやレジャー施設、観光名所などでも、県民限定の割引キャンペーンが広く展開されるのがこの時期の風物詩です。

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偶然にも同じ日に産声を上げ、独自の文化を育んできた千葉県と栃木県。一年に一度訪れるこの記念日は、日々の暮らしの礎となる「郷土」の価値を見つめ直す格好のチャンスです。あなたのふるさとには「都道府県民の日」はあるでしょうか?

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
参考資料:千葉県公式ホームページ(https://www.pref.chiba.lg.jp/index.html) /栃木県公式ホームページ(https://www.pref.tochigi.lg.jp/index.html) /みんなの政治ナビ「県民の日がない県ってあるの?|理由と調べ方を分かりやすく」 (https://hirokazu-fujioka.com/kenmin-day-none/) :