【目次】
- 「桜桃忌」とは? 意味・由来・太宰治との関係
- 「桜桃忌」はなぜ6月19日? 命日と生誕祭の理由
- 太宰治の死因とは? 玉川上水心中事件を解説
- 『桜桃』とはどんな作品? 最後の短編に込められた意味
- 太宰治の代表作一覧|初心者におすすめの作品も紹介
- 三鷹・青森…太宰治ゆかりの地と文学館情報
【「桜桃忌」とは? 意味・由来・太宰治との関係】
■「いつ」?
「桜桃忌」は6月19日です。
■「桜桃忌」の「意味」
「桜桃忌」は、昭和の日本文学を代表する作家・太宰治(1909〜1948)の遺体が発見された6月19日に営まれる追悼日です(実際は6月13日に亡くなったとされています)。日本には、作家や詩人、歌人などの命日を作品や好物にちなんで呼ぶ「文学忌(ぶんがくき)」という文化が深く根付いていますが、そのなかでも「桜桃忌」は、芥川龍之介の「河童忌」や三島由紀夫の「憂国忌」などと並び、現在でも多くの文学ファンが集う、知名度の高い節目となっています。毎年この日を迎えると、太宰治が眠る東京都三鷹市の禅林寺では法要が行われ、墓前に好物が供えられます。
■「桜桃忌」という名の「由来」
太宰治の命日に「桜桃忌」という美しい名前を提案したのは、彼の門下生であり、のちに直木賞作家となった小説家の今官一(こんかんいち)です。『桜桃』は太宰の死の間際に書かれた名作であったこと、そして初夏のこの時期に鮮やかな実を結ぶサクランボ(桜桃)のイメージが、太宰の鮮烈な生涯と珠玉の短編作家というイメージに最もふさわしいとして、友人たちの圧倒的な支持を得て、命名されました。現在に至るまで、太宰治を象徴する記念日として広く定着しています。
【「桜桃忌」はなぜ6月19日? 命日と生誕祭の理由】
■なぜ6月19日? 日付の「由来」
太宰治は1948(昭和23)年の6月13日深夜(14日との説も)に、愛人の山崎富栄と共に玉川上水で入水心中をはかりました。遺体の捜索は難航し、6月19日の早朝、ようやく遺体が引き上げられることになりました。その日は奇しくも太宰39歳の誕生日。これにちなみ、6月19日が「忌日」となったのです。
■誕生祭開催の経緯
太宰が眠る禅林寺と生誕地である青森県金木町では、毎年「桜桃忌」として太宰治を偲んできました。しかし、生誕90周年となった1999年(平成11年)に、ご遺族から「生誕地には生誕を祝う祭の方がふさわしい」という要望があり、それ以降五所川原市では「太宰治生誕祭」に名称を改め、毎年6月19日に太宰治文学碑のある金木芦野公園にて式典を開催しています。太宰治生誕百年の節目の年には、太宰治銅像も建立され、その後多くの太宰ファンが当市を訪れています。
【太宰治の死因とは? 玉川上水心中事件を解説】
■まずはざっくり、太宰治ってどんな作家?
太宰治は青森県北津軽郡出身。裕福な家庭に生まれ、17歳のころ最初の小説を書いて、作家を志します。東京帝国大学文学部仏文科に入学し、井伏鱒二に弟子入りしたのち、1935年に発表した「逆行」が第1回芥川龍之介賞の候補となりました。実は彼が作家として活動したのは、第二次世界大戦前から戦後にかけてのわずか15年です。この間、『走れメロス』や『斜陽』『人間失格』など、次々と作品を発表し、最期は女性と入水自殺した、自己破滅型の小説家としても知られています。
太宰の自殺願望は高校生のころからといわれており、人生で5回の自殺未遂、心中未遂事件を起こしています。彼は死に損なった経験や自殺願望を自ら作品のネタに使ったり、周囲に吹聴して回ったりと、世の中の注意を引きつける手段ともしていたようです。
また、芥川龍之介と同じポーズで写真を撮る程の芥川ファンで、芥川賞受賞を熱望していました。第1回目の芥川賞に『逆行』がノミネートされた際には、賞の選考員のひとり、佐藤春夫に「佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい」と、4メートルもある巻物の手紙を送ったそうです。その後、受賞を逃してしまった太宰は、小説を酷評した川端康成に対し、「川端康成へ」という名指しの文章を雑誌に掲載。恨み辛みの言葉を並べたそうです。エキセントリックな一面が垣間見えますね。
■1948(昭和23)年6月13日、愛人と共に玉川上水に投身
太宰治の直接の死因は、入水(じゅすい)による溺死です。1948年6月13日、太宰治は愛人の山崎富栄と共に、東京・三鷹を流れていた玉川上水へと身を投げました。当時の玉川上水は現在のような穏やかな流れとは異なり、幅が狭くて水深が深く、さらに激しい濁流が渦巻く「ひとくいがわ」とも呼ばれる極めて危険な水路でした。ふたりが並んで入水したと見られる堤防の近くには、丁寧に揃えられた履物や、遺書が残されていたことが確認されています。
■結核の悪化と精神的な孤独
死後、太宰の自宅からは妻や子どもたち、そして編集者や友人たちに宛てた複数の遺書が発見されています。そのなかの有名な一節には「小説を書くのが嫌になった」という趣旨の、創作への疲弊を窺わせる言葉が記されていました。
当時は人気作家として絶頂期にあり、執筆依頼が殺到していた一方で、重度の結核の悪化や、自身の精神的な孤独、そして名声が生み出す重圧に深く苦しんでいたとされています。こうした心身の衰弱に加えて、彼を献身的に支えながら共に死ぬことを望んだ山崎富栄に迫られるように、玉川上水に身を投げたのです。
【『桜桃』とはどんな作品? 最後の短編に込められた意味】
■太宰晩年の家庭生活と葛藤を描いた私小説
短編小説『桜桃』は、太宰治が亡くなる直前の1948(昭和23)年5月、雑誌『世界』に発表された短編小説です。物語は、家庭内の些細な不和や、育児に追われる妻との精神的なすれ違いに耐えかね、家を飛び出してしまう作家の「私」の姿を中心に描かれます。表面的にはユーモラスで自虐的な語り口を用いながらも、その底流には、よき父親でありたいと願いつつ自身の弱さや孤独から逃れるように酒に溺れていく人間の、痛切な自己嫌悪と悲哀に満ちています。
■「子どもよりも親が大事」という衝撃的な一節
本作の冒頭には、「子どもよりも親が大事、と思いたい」という、当時の社会通念からすれば非常に衝撃的な一節が掲げられています。この言葉の背景には、子どもを愛していないわけではなく、むしろ子どもがかわいくて愛おしいからこそ、親としての責任の重さに押し潰されそうになっている主人公の逆説的な苦悩が隠されています。
家を飛び出した「私」は、居酒屋でひとり、サクランボ(桜桃)を注文します。そして、自分の子どもたちには食べさせたこともないような見事なサクランボを、種を吐き出しながら貪るように食べる場面があり、その姿は自らの不甲斐なさと罪悪感を象徴する名シーンとして語り継がれています。
■太宰追悼の象徴となった「サクランボ」
サクランボは、果肉の中に大きく硬い種(核)をひとつだけもった果物です。サクランボの種が、太宰の内面に潜む孤独や死の意識を象徴していると解釈されることもあります。
【太宰治の代表作一覧|初心者におすすめの作品も紹介】
■太宰治の代表作15選
太宰治が短い生涯のなかで遺した作品は、短編・中編・長編を合わせて多岐にわたります。人間の弱さや醜さを残酷なまでに曝け出しながらも、どこか優しさを感じさせる彼の文学は、今なお多くの読者を魅了しています。
ここでは、彼の執筆活動を語るうえで欠かせない15の代表作を、発表された年代順にご紹介します。
『列車』 1933(昭和8)年
本名ではなく「太宰治」の筆名を使用して発表された、初期の重要な短編小説。
『逆行』 1935(昭和10)年
第1回芥川賞の候補となり、選考委員であった川端康成らとの確執を生むきっかけとなったとされる初期の野心作。
『晩年』1936(昭和11)年
初の第一創作集(単行本)。「死ぬつもりで書いた」と語る通り、初期の秀作4編を含む太宰文学の原点。
『姥捨(うばすて)』1939(昭和14)年
自身の心中未遂事件を題材に、生への絶望と再生への過渡期を冷徹な視点で描いた私小説的な中編。
『女生徒』 1939(昭和14)年
思春期の女性特有の繊細な心理を、独白体で見事に捉えた短編。川端康成からも激賛された。
『富嶽百景』1939(昭和14)年
山梨の御坂峠から望む富士山と自身の心の再生を描いた中編。「富士には、月見草がよく似合う」の一節で有名。
『走れメロス』1940(昭和15)年
古代ギリシャの伝説を基に、信頼と友情の尊さを力強く描き切った、現在も教科書等で広く親しまれる傑作。
『東京八景』1940(昭和15)年
自身の東京での苦悩に満ちた10年間の歩みを振り返り、芸術家としての再起を誓う自伝的要素の強い中編。
『津軽』 1944(昭和19)年
自身の故郷である青森の津軽地方を巡り、風土や旧友、育ての親との再会を温かな眼差しで綴った紀行文学の名作。
『お伽草紙』1945(昭和20)年
日本の昔話を太宰独自のユーモアと批評精神を交えて翻案した、戦時下の卓越した語り口が光る短編集。
『ヴィヨンの妻』1947(昭和22)年
放蕩を尽くす詩人の夫と、それを逞しく支える妻の姿を通し、戦後の虚無感と人間の生をリアルに描いた短編。
『斜陽』1947(昭和22)年
戦後の没落貴族の生き様を描き「斜陽族」という流行語が生まれた。文壇での地位を不動のものとした長編。
『桜桃』1948(昭和23)年
育児に追われる家庭の不和と自身の罪悪感を描いた短編。本作がのちに追悼の日「桜桃忌」の由来となった。
『人間失格』1948(昭和23)年
「恥の多い生涯を送って来ました」から始まる太宰文学の集大成。他者への恐怖と破滅を描いた後期の名作。
『グッド・バイ』 1948(昭和23)年
読売新聞の連載中に起きた入水事件により、未完の絶筆となったユーモア小説。異色のコメディタッチが特徴。
■初心者にもおすすめの名作
『富嶽百景(ふがくひゃっけい)』
山梨県御坂峠(みさかとうげ)から望む富士山の様々な表情と、それを見つめる自身の心の再生を瑞々しく描いています。暗く退廃的なイメージを持たれがちな太宰の、明るく健康的な一面に触れられる名作です。
『女生徒(じょせいと)』
ある一人の女子学生が、朝目覚めてから夜眠りにつくまでの、とりとめもない心の移り変わりを第一人称(語り)の文体で表現。男性作家でありながら、思春期の女性特有の繊細で複雑な心理を見事に捉えています。
『人間失格(にんげんしっかく)』
太宰治の集大成にして後期代表作。有名な独白から始まる本作は、他人の前で「道化」を演じることでしか生きられなかった青年・大庭葉蔵の破滅を描いています。一見すると暗澹たる内容ですが、人間が誰しもが抱える「他者への恐怖」や「自己の嘘」を徹底的に分析し描いています。
【三鷹・青森…太宰治ゆかりの地と文学館情報】
■創作の舞台であり、終焉の地となった「東京・三鷹」
太宰治が作家としての絶頂期を過ごし、その生涯を閉じた場所が東京都三鷹市です。1939(昭和14)年、結婚を機に三鷹の下連雀(しもれんじゃく)に移り住んだ太宰は、疎開期を除き、人生の後半をこの地で暮らしました。現在の三鷹には、彼の足跡を辿ることができるスポットが点在しています。
太宰治文学サロン(伊勢元酒店跡)
太宰が通った伊勢元酒店は、短編『十二月八日』にも店名が登場します。酒店の跡地に建てられた文化施設が、太宰治文学サロンです。直筆原稿の複製や初版本などの貴重な資料が展示されており、彼の生涯と三鷹での暮らしを深く知ることができます。
野川家跡
山崎富栄と親しくなった1947(昭和22)年9月頃から、彼女の下宿先の野川家2階も、仕事場として使っていました。太宰の生涯最後の日には、ここから2人で玉川上水へ向かいました。
禅林寺(ぜんりんじ)
太宰治の墓所がある浄土真宗の寺院です。本人の強い希望により、彼が敬愛していた文豪・森鴎外(もりおうがい)の墓と向かい合うようにして建てられました。毎年6月19日の「桜桃忌」には、この墓前に全国から多くのファンが集います。
玉川上水
山崎富栄とともに入水した終焉の地です。当時に比べて水量は大きく減少し、現在は緑豊かな遊歩道として整備されていますが、事件現場の付近には故郷の青森から運ばれた「玉川上水 敷石」が記念碑として佇んでいます。レリーフには、玉川上水を「青葉のトンネル」と書く『乞食学生』の一節が刻まれています。
■生誕の地であり、文学の原点「青森・津軽」
太宰治の文学を語るうえで、彼が生まれ育った青森県津軽地方を外すことはできません。特に故郷である五所川原市(旧金木町)には、彼の原点を示す重要な建築が遺されています。
太宰治記念館「斜陽館(しゃようかん)」
1907(明治40)年、太宰の父である津島源右衛門によって建てられた壮麗な豪邸です。国の重要文化財にも指定されているこの建物は、和洋折衷の見事な木造建築であり、地主階級であった津島家の当時の栄華を今に伝えています。太宰が少年時代を過ごしたこの空間そのものが、のちの名作『斜陽』や『津軽』の背景を理解するための第一級の資料となっています。
芦野公園(あしのこうえん)
斜陽館の近くに位置し、小説『津軽』にも登場する広大な公園です。園内には太宰治の銅像や文学碑が建てられているほか、津軽鉄道の「芦野公園駅」があり、レトロな駅舎とともに太宰ファンにとっての聖地となっています。
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38年という短い生涯で、人間の心の奥底にある弱さや優しさを描き続けた太宰治。誰もが子供の頃に1度は手に取り、「中二病の愛読書」などとも揶揄されがちな太宰作品ですが、大人になってから読みかえすと、徹底した客観性や冷徹な観察力など、まったく違った気付きをもたらしてくれる名作揃いです。さくらんぼが美味しいこの季節、「桜桃忌」をきっかけに、改めて太宰の世界を堪能してみてはいかがでしょうか。
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- Precious.jp編集部
- 参考資料:デジタル大辞泉プラス』(小学館) /三鷹市公式ホームページ「太宰治と三鷹」(https://www.city.mitaka.lg.jp/dazai/dazaitomitaka/outouki.html) /五所川原市公式ホームページ「太宰治誕生祭」(https://www.city.goshogawara.lg.jp/kyouiku/bunka/28seitansai.html) /集英社オンライン「5回の自殺企図のうち心中3回…“死にたがり”文豪・太宰治がそれでもなお日本人に愛され続ける理由」(https://shueisha.online/articles/-/255524) /青空文庫「桜桃」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/308_14910.html) :

















