【目次】

【第23回のあらすじ】

「死にとうないのぅ…まだ死にとうない。おまえらのせいじゃぞ…」。桜が散りゆくなか、息絶える竹中半兵衛(菅田将暉さん)。あまりにも美しく儚い最期に、インターネット上は「半兵衛ロス」を憂うコメントで溢れました。

第23回のサブタイトルは「さらば半兵衛」ですから、視聴者は誰もが「半兵衛は今回で死んでしまう」ことがわかっていたわけです。全員が「いかに?」「いかに?」と成り行きを見守るなかで、想像をはるかに上回る最期を見せてくれるとは。くしくも放送日前日は、半兵衛の命日とされる天正7(1579)年6月13日にあたる日。脚本と演出の妙はもちろん、俳優・菅田将暉さんの役者魂と才能を、見せつけてもらった回でした。

物語は天正6(1578)年、荒木村重(トータス松本さん)が謀反を起こし、毛利に寝返ったところから展開します。半兵衛の制止を振り切って、小寺官兵衛(のちの黒田官兵衛/倉悠貴さん)が村重の説得に向かいますが、あっさりと捕らわれの身に。

「官兵衛も裏切った」という噂が流れるなか、織田信長(小栗旬さん)が命じたのは、寧々(浜辺美波さん)の元で暮らしていた官兵衛の嫡男・松寿丸(森優理斗さん)の処刑でした。ためらう羽柴秀吉(池松壮亮さん)と小一郎(仲野太賀さん)に、半兵衛は幼い命を救う策として、“替え玉”作戦を提案したのでした。

(C)NHK
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大河ドラマファンや歴史好きの間で、村重謀反の際に「半兵衛が官兵衛の嫡男(松寿丸)を知略で守った」というエピソードは有名です。とはいえ、官兵衛のひ孫にあたる福岡藩3代藩主・黒田光之の命で、江戸時代に編さんされた『黒田家譜』などにその記載が見られるものの、同時代史料による裏付けはありません。そのため、現在では後世につくられた伝承では、と考える研究者も少なくないのです。

今回のドラマでは、この「伝承」にさらにフィクションを織り交ぜ、小一郎たち羽柴一家によって、半兵衛が命の尊さを知る…といったストーリーに仕立てられているのですね。

小一郎と慶(吉岡里帆さん)に授かった赤子を腕に抱いたことで、やがて消え入る己の命と、今まさに生を得た力強い命の輝き…この相反するふたつの命の尊さを実感した半兵衛。己の死に対し、どこか達観していた彼も、この時この瞬間に、忘れかけていた自らの生への執着を取り戻したのでしょう。それにしても、なんと美しい涙を流すのでしょうか、この人は。

「私の負けでございます。あの子を抱いた手で、子を殺めることなど、できぬ」。

松寿丸を自らの城・菩提山城に密かにかくまった半兵衛は、信長に“替え玉の首”を差し出します。これはあくまで筆者の想像ですが、信長は半兵衛の命がそう長くないことも、首は実は替え玉であることも、承知のうえで「大儀であった」と半兵衛を労ったのではないかと思うのですよね…。

まぁそれはともかくとして。それからしばらくして、病床の半兵衛は三木城を攻める秀吉の陣にいました。

「死にとうない…」。半兵衛はこうつぶやきます。これまで彼は、「自分は戦が好きなのだ」「戦を心から楽しんでしまう自分が恐ろしい」と語るような、孤独な葛藤を抱える人物として描かれてきました。その半兵衛が、最期に「死にとうない」と口にしたのは、たぶん、最高の仲間たちと離れることを惜しんだから。陽キャな仲間たちと一緒に、天下人への階段を駆け上る秀吉の活躍を、ずっと支えていきたかったに違いありません。最初にチームを離脱せざるを得ない無念さはいかばかりか!

子どものように慟哭する蜂須賀正勝(高橋努さん)に、思わずもらい泣き、の名場面でした。

戦場では、小一郎たちの目前で、毛利軍が敗走を始めていました。当時、半兵衛は生野銀山の豊富な資金を背景に、宇喜多直家への調略を進めていたとされています。最終的に直家が織田方に寝返った背景にはさまざまな要因があったと考えられていますが、ドラマでは、半兵衛が確保を主張した生野銀山の資金が、直家攻略の大きな後ろ盾となったと描かれていました。


【「さらば半兵衛」そのとき時代は…?】

竹中半兵衛が世を去ったのは天正7年(1579年)。ドラマではその最期が感動的に描かれました。しかし歴史をふり返ると、実はこのころの羽柴秀吉は、のちに天下人となる姿からは想像もつかない程、厳しい状況に置かれていました。

筆者を含め、視聴者はどうしても「豊臣秀吉=天下人」というイメージでドラマを観てしまうものですが、実際には半兵衛が亡くなったころの秀吉は、まだ織田信長の家臣のひとりに過ぎず、しかも中国地方攻略の最前線で、次々と危機に見舞われていたのです。

今後の展開を深く理解するためにも、ここで歴史的な事実をおさらいしておきましょう。

■荒木村重の謀反、官兵衛幽閉…秀吉を襲った危機

小一郎と秀吉の兄弟を襲った数々の危機を象徴するような出来事の筆頭が、天正6年(1578年)に起きた荒木村重の謀反です。村重は摂津を支配する有力武将で、信長からも厚い信頼を得ていました。その村重が突如として反旗を翻し、毛利と結んだことで、織田方は大きく動揺します。

(C)NHK

ドラマで描かれたように、村重を説得しようとした黒田官兵衛が幽閉されたのも、このとき。官兵衛の安否がわからなくなると、秀吉陣営内にも「官兵衛も寝返ったのではないか」という疑念が生じます。秀吉が最も頼りにしていた参謀のひとりを失ったかもしれないという状況は、陣営全体の士気を下げるには十分な要素だったのです。

さらに播磨では、別所長治が三木城に籠城し、織田方に反抗します。毛利も西から圧力を強め、秀吉は複数の敵を相手にしなければなりませんでした。

そして同じころ、上月城では尼子勝久や山中鹿介らが毛利軍に包囲されてしまいます。秀吉も対応に奔走しますが状況は厳しく、最終的に上月城は落城。鹿介も命を落としました。後世には名将として語られる秀吉ですが、この時期は決して連戦連勝ではなく、苦しい戦いの連続だったのです。

■半兵衛の死が意味したもの

竹中半兵衛が病に倒れたのは、そんな状況のさなかでした。のちに「秀吉の両兵衛」と称えられたうちのひとりである黒田官兵衛は消息不明。播磨では反乱が相次ぎ、毛利との戦いにも終わりが見えない…その渦中で、秀吉はもうひとりの知恵袋であった半兵衛までを失ってしまったのです。

それでも、秀吉は前に進みます。三木城攻めを勝ち抜き、やがては鳥取城攻め、備中高松城攻めへと向かいます。誠に無念ながら半兵衛は志半ばで世を去りましたが、その先に待っていたのは…あの「本能寺の変」です!

第23回は、天才軍師・竹中半兵衛との別れを描いた回でした。しかし見方を変えれば、それは秀吉が最も頼りにした参謀を失いながらも、自らの力で天下への道を切り開いていく、転換点でもあったのです。


【次回 『豊臣兄弟!』第24回「軍師官兵衛!」あらすじ】

 (C)NHK
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村重(トータス松本さん)に幽閉されて1年、官兵衛(倉悠貴さん)は心身共に限界を迎えていた。籠城を続ける村重と織田軍の戦は膠着状態にあったが、小一郎(仲野太賀さん)が兵糧の補給路を断つことに成功。妻・だし(山谷花純さん)の説得で、村重はついに投降を決意する。

信長(小栗旬さん)への取り次ぎを任された小一郎は、だしに官兵衛への伝言を託す。無駄な血を流さず戦が終わると思われた矢先、驚きの事態が! 状況は一変し――。

※『豊臣兄弟!』第23回「さらば半兵衛」のNHK ONE配信期間は2026年6月21日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
河西真紀
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 後編』(NHK出版) /NHK公式X 大河ドラマ『豊臣兄弟!』 /「I/M 市立伊丹ミュージアム「リニューアル・オープン記念 信長と戦った武将、荒木村重展」 /姫路市公式ホームページ「ひめじ官兵衛プロジェクト」(https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000005242.html) /三木市公式ホームページ「三木合戦の史跡・スポット【豊臣兄弟と三木】」(https://www.city.miki.lg.jp/soshiki/33/91672.html) /岐阜県垂井町観光ガイド「竹中半兵衛重治公について」https://www.tarui-kanko.jp/docs/2026022600019/ :