王朝時代中国の知識人=文人たちが育んだ、知的で優雅な「文人趣味」に惹かれて
毎日が楽しくも慌ただしく過ぎていきますね。何かに追い立てられるように過ごす日常にあって、心の「余白」のような、精神的なゆとりを持つことはとても贅沢なことだと感じます。
私の「余白」をより豊かなものにしてくれるのが中国茶です。王朝時代中国の知識人、文人たちが育んだ知的で優雅なライフスタイル「文人趣味」に長年魅了されてきた私は、ゆったりとした気持ちで何煎もお茶を楽しみます。私たちが知る日常で茶を飲むという習慣は中国で生まれ、唐の時代から一般的になりました。それを宋の時代、中国で禅宗である臨済宗の修行をした僧侶、栄西が日本へ持ち帰ったことは広く知られています。
唐や宋の時代に飲まれた茶は現代の茶の形態とは異なるものでしたが、既に茶は眠気を覚ます効能を持つ飲料として知られていました。そのためか、茶は多くの禅宗寺院で栽培、生産され、僧たちによく飲まれました。坐禅を組んで修行する僧に茶を贈って睡魔と戦わせよう、と詠んだ当時の詩も残ります。茶と禅の結びつきは中国で発展した茶の一面と言えるでしょう。
山包種の茶。花ような自然の香りが広がる。
もう一つ、茶と共に禅との関わりの中で発展したものがあります。普茶料理(ふちゃりょうり)という中国風の精進料理です。中国は明の時代、日本では江戸時代の初めに来日した黄檗宗(おうばくしゅう)の高僧、隠元禅師が日本に伝えました。隠元禅師が京都、宇治に開いた黄檗山萬福寺は今も隠元禅師が伝えた明の時代の禅と共に普茶料理の精神を継承しています。
中国の禅寺では古くから、仏事の後にそれに携わった人たちが一堂に集まって、作法に則って茶を喫しながら合議する「茶礼(されい)」という儀礼がありました。その後に供された食事が普茶料理です。「普茶」とは「普く(あまねく)衆人に茶を供する」という意味を持つ禅の用語です。この名前が示すように普茶料理には、飲食においては全ての人が平等であるという精神が込められています。殺生を避けて食材を無駄にせず、手間を惜しまずに作られた料理は大皿に盛られます。それを仏恩に感謝しながら、皆で和気藹々とした雰囲気の中でいただくことがその精神に沿った本来のあり方です。
東京で楽しめる普茶料理
東京に普茶料理を味わえる場所があると知り、訪れました。日比谷線の入谷駅から歩くこと数分、良く保存された日本家屋の軒先に掛かる白いのれんが目に入ります。「普茶料理梵(ぼん)」です。引き戸を開けると店内は仄暗く、ぼんやりと明かりが透ける障子の様子から個室が並んでいるのがわかります。
私が通された部屋は床間が設られた数寄屋風の和室です。雪見障子越しに坪庭の緑が見えました。料理はすでに予約してあったので、先ずお茶を選んで注文しました。メニューにはもちろん中国茶の名前が並んでいます。私が選んだのは「文山包種」。台湾で栽培、製造される烏龍茶の一種です。茶葉は発酵が極めて軽く、ほとんど焙煎されていません。そのため、抽出されるお茶は日本の緑茶に近い味わいですが、 緑茶には無い清らかな花のような芳香が特徴的です。
こちらのお店では料理は懐石料理のように一品ずつ供されます。最初に出される香煎と干菓子、そして「小餅(しゃおぴん)」「澄子(しゃんつ)」と言った中国語風の献立名に、中国に由来する喫茶文化との繋がりを感じます。
普茶料理には実に多くの食材が使われていますが、それ自体は珍しいものではありません。オクラ、人参、豆腐、こんにゃくなどの、日常的に私たちの食卓にのぼる食材を様々に手をかけて作られる料理は彩豊かに季節感を感じさせ、繊細な風味が重なり合うことで生まれる奥深い味わいが見事です。料理が一品ずつ運ばれるたびに、食材や料理法、見立ての工夫などについてお店の方が丁寧に説明してくださいます。 良く知る野菜が思いがけない料理に変身する驚きが楽しくて、料理をいただきながら感嘆詞の呟きが止まりません。
普茶料理にあって、この驚きを最高に演出するものが「擬き(もどき)料理」だと思いま「擬き料理」は普茶料理の特徴の一つで、精進料理では使うことができない動物性の食材を使った料理に似せて作られた料理です。一般には「鰻の蒲焼もどき」が良く知られているでしょう。見た目や味、食感までも本物とそっくりに作る擬き料理は、料理人の技術と経験、想像力が注ぎ込まれた、大変手の込んだ料理です。私がいただいた献立の中では、こんにゃくを鮑に似せた「鮑こん」、人参とそうめんを使い海老に似せた油茲(ゆじ。あらかじめ下味をつけた天ぷら)などの擬き料理を味わうことができました。
配慮に満ちた「擬き料理」
擬き料理について私は長い間、何か割り切れない印象を持っていました。肉や魚は食べないと言いつつ、それに似せて作った料理を食べるということに、仏門にありながら食べ物に対する払いきれない欲望の存在を感じていたのです。それが、工夫を凝らした普茶料理をいただく中で小さな驚きを重ねるうちに、擬き料理はむしろ、私のように仏門から遠い人のための料理かもしれない、と感じるようになりました。肉や魚に限らず美味しいものに対する欲望は捨てなくても良い。誰もが普茶料理の精神に沿って食事を楽しめるように、という配慮が生んだ料理が擬き料理なのだろうと、今では理解しています。
心配りが行き届いた料理を締めくくるデザート「水菓(すいご)」に、スイカやライチなどの瑞々しい季節のフルーツをいただきました。 食事をしながら飲み続けた中国茶はまだ芳しい香りの余韻を残していました。実際に普茶料理をいただいた体験は、時を超えて伝え続ける「普茶」の親和的精神が茶の香りと共に心の「余白」に染み入るものでした。
【店舗詳細】
「梵」
TEL:03-3872-0375
住所:東京都台東区竜泉1-2-11
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 文・写真 :
- 鈴木美恵

















