【目次】

【「世界翻訳の日」とは? 9月30日に定められた「由来」】

■「世界翻訳の日」は「何日」? 「どんな日」?

「世界翻訳の日(International Translation Day)」は、9月30日です。翻訳者や通訳者、専門用語を整理・管理するターミノロジストなど、言葉を通じて異なる文化や言語をつなぐ専門家の仕事に光を当てる日として、世界各地で記念されています。

■日付の「由来」

9月30日が選ばれたのは、この日が翻訳者の守護聖人とされる聖ヒエロニムスにゆかりのある日だからです。

■「誰が」「いつ」決めた?

「世界翻訳の日」は、国際翻訳連盟(FIT)が1991年に制定した記念日です。FITは、翻訳者、通訳者、ターミノロジストの団体が加盟する国際組織。その後、2017年5月24日、国連総会が決議『A/RES/71/288』を採択し、9月30日を「International Translation Day」とすることを正式に決定しました。これにより「世界翻訳の日」は国連のネットワーク全体で記念される国際デーとなり、国連加盟国や国連システムの組織などに、この日を記念するよう呼びかけています。

なお、日本では2019(令和元)年5月20日、一般社団法人日本翻訳連盟(JTF)が9月30日を「翻訳の日」として日本記念日協会に正式登録しています。「世界翻訳の日」と日本の「翻訳の日」は、関連する日ではありますが、それぞれ制定主体が異なります。


【翻訳者の守護聖人「聖ヒエロニムス」とは?】

■そもそも「聖書」は何語で書かれていたか、知ってる?

聖ヒエロニムスの功績を知るには、まず「聖書は最初からひとつの言語で書かれていたわけではない」ことを知っておくとわかりやすいでしょう。

聖書は、キリスト教の聖典で、「旧約聖書」と「新約聖書」から成ります。旧約聖書は主にヘブライ語で書かれ、一部にアラム語が使われていました。一方、新約聖書は、当時の地中海世界で広く使われていたコイネー・ギリシア語で書かれています。

時代が下ると、ユダヤ人の間でもヘブライ語を理解できない人が増えたため、聖書は人々が理解できる言葉へと翻訳されていきます。ヘブライ語の聖書をアラム語に訳したものは「タルグム」と呼ばれます。また、紀元前のアレクサンドリアでは、ヘブライ語聖書のギリシア語訳が進められ、後に『七十人訳聖書』と呼ばれました。

■聖書を「ラテン語」に訳したヒエロニムス

ローマ帝国の時代になると、ラテン語が広く使われるようになり、2~3世紀ごろにはラテン語訳の聖書もつくられていました。しかし、複数のラテン語訳が存在し、表現や内容にばらつきがありました。

紀元382年ごろ、ローマへ移ったヒエロニムスは、教皇ダマスス1世の勧めを受け、聖書のラテン語訳の改訂に取り組み始めました。その後、福音書などの既存のラテン語訳を見直すとともに、旧約聖書の多くをヘブライ語の原文からラテン語に訳しました。作業は長年にわたり、ヒエロニムスと後継者たちによる改訂・翻訳は、後に「ウルガタ」と呼ばれるラテン語聖書につながります。

■なぜ「翻訳者の守護聖人」なの?

ヒエロニムスが「翻訳者の守護聖人」とされるのは、聖書という重要な文書を異なる言語へ伝える仕事に、生涯をかけて取り組んだ人物だから。カトリック教会などでは『聖ヒエロニムス』として知られています。

9月30日の「世界翻訳の日」は、聖ヒエロニムスの祝日と結びついています。異なる言語の間をつなぐ翻訳という仕事の歴史を振り返る日として、聖ヒエロニムスの功績が今も語り継がれているのです。


【「世界翻訳の日」が国連で採択された「背景」と目的】

■採択された「背景」

国際社会では、国や地域によって使われる言語が異なります。国際連合(国連)も、英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語、アラビア語の6つを公用語としています。こうした多言語の環境で、国や地域の間の意思疎通を支えているのが、翻訳者や通訳者などの言語の専門家です。国連の決議では、言語の多様性を尊重することが、対話や相互理解、協力を促すうえで重要だとしています。

■翻訳は「平和」や「発展」にも貢献している

国連総会が2017年に採択した決議「A/RES/71/288」では、専門的な翻訳について、単に言葉を別の言語に置き換える仕事ではなく、国と国をつなぎ、対話や理解、協力を促す重要な役割を担うものと位置づけています。

さらに、翻訳や通訳などの言語の専門家は、平和と安全の維持、人権の促進、持続可能な開発など、国連の活動を支えるうえでも実務的な役割を果たしていると評価されています。つまり、国連にとっての翻訳は「言葉を訳す仕事」にとどまらず、異なる言語や文化を持つ人々が意思を通わせるための基盤のひとつなのです。

■「翻訳の重要性を知ってもらう日」に

国連総会は、この考えを踏まえて9月30日を「International Translation Day」とすることを決定しました。そして、国連加盟国や国連システムの組織、国際・地域機関、NGO、個人などに、この日を記念し、専門的な翻訳の重要性への理解を広げるよう呼びかけています。

「世界翻訳の日」は、翻訳者や通訳者などの仕事をたたえるだけでなく、言葉の違いを越えて人々が理解し合い、対話することの大切さを考える機会でもあるのです。


【「翻訳」と「通訳」は何が違う?】

■「翻訳」は文章、「通訳」は話し言葉を扱う

「翻訳」と「通訳」は、どちらも異なる言語を使う人同士の意思疎通を支える仕事ですが、扱うものが異なります。翻訳は、書籍や契約書、ウェブサイト、説明書の文章、映画の字幕​など、言語情報を別の言語に置き換える仕事です。一方、通訳は、会議や商談、講演などで話された言葉を、その場で別の言語にして相手に伝えます。

翻訳では、原文を読み込み、資料を調べながら表現を練る時間があります。これに対して通訳では、話し手の言葉を聞き取り、内容を理解したうえで、ほぼリアルタイムに相手の言語で伝える必要があります。

■翻訳者に求められる能力は…

翻訳者は、原文の意味を正確に理解し、読み手に伝わる自然な文章に仕上げます。文学作品なら作品の世界観や文体、ビジネス文書なら専門用語や業界特有の表現など、文章の目的や分野に応じた判断も必要です。

また、専門性の高い翻訳では、用語の意味や使われ方を調べ、訳語を統一する作業も重要になります。そのため、翻訳者には語学力だけでなく、文章を読み解く力、調査する力、専門分野の知識なども求められます。

■通訳者に求められる能力は…

通訳者は、話し手の言葉を聞きながら内容を理解し、その場で別の言語でわかりやすく伝えます。国際会議などで話し手の発言をほぼ同時に訳す「同時通訳」や、話し手が区切って話した後に訳す「逐次通訳」などがあります。

通訳では、限られた時間のなかで話の要点をつかみ、適切な表現に置き換える必要があります。そのため、高い語学力に加えて、集中力、聞き取る力、瞬時に判断する力、話す力などが重要になります。


【文学・ビジネス・外交を支える「翻訳」の役割】

■文学作品を通して、異なる文化を知る

翻訳は、海外の文学作品を日本語で読むためにも欠かせません。小説や詩、エッセイなどが翻訳されることで、私たちは自分とは異なる文化や価値観、時代背景に触れることができます。

文学作品の翻訳では、原文の意味を正確に伝えるだけでなく、作品独自の文体や表現、登場人物の言葉遣いなどを日本語でどう表現するかも重要です。時代の変遷と共に翻訳者が変わることで、同じ文学作品でもかなり違った趣のものとなることを、実感したことはありませんか?

例えば、『ライ麦畑でつかまえて』(J·Dサリンジャー)や『グレートギャツビー』(F·スコット·フィッツジェラルド)は、作家・村上春樹氏の翻訳により、モダンな作品へと変貌しました。一方、野崎孝氏の訳にも長く読み継がれてきた魅力があり、同じ作品でも訳者によって異なる味わいが楽しめます。

■ビジネスでは、国や地域を越えた取引を支える

企業活動でも、翻訳は重要な役割を果たしています。海外との契約書や商品情報、ウェブサイト、マニュアル、広報資料など、さまざまな情報を相手の言語に翻訳することで、国や地域を越えたビジネスが成り立っています。特に契約書や製品の説明などでは、言葉の意味を正確に伝えることが欠かせません。専門用語や業界特有の表現を適切に訳すことは、企業同士の円滑な意思疎通や、商品・サービスを正しく理解してもらうことにもつながります。

■外交や国際交流にも欠かせない

翻訳は、国と国との外交や国際機関の活動にも関わっています。国際的な会議や条約、声明、各種文書などを複数の言語で共有することで、異なる言語を使う人々の間でも情報を正確に伝えることができます。


【AI時代に改めて考えたい、人が「翻訳する」ことの価値】

■人が「翻訳」する意味とは?

近年は、AIを使った翻訳サービスが身近になって、短い文章や日常的なやり取りなら、手軽に外国語を日本語へ、あるいは日本語を外国語へ翻訳できるようになりました。例えばスマートフォンでダウンロード可能なアプリ「Google 翻訳」は、200以上の言語に対応しています。AIが翻訳してくれる時代に、人が翻訳する意味はどこにあるのでしょうか。

ひとつは、言葉の背景にある文化や文脈まで読み取り、どの表現がふさわしいかを判断することです。同じ言葉でも、誰が、誰に向けて、どのような場面で使うかによって、伝わる印象は変わります。

■「正しい訳」だけでは伝わらないものがある

例えば文学作品では、単語の意味を正確に置き換えるだけでは、作品の魅力を十分に伝えられないことがあります。登場人物の性格や感情、時代背景、独特の言葉遣いなどを読み取り、日本語として自然で、その作品らしい表現を選ぶ必要があるからです。

ビジネスや外交でも、専門用語を正確に訳すだけでなく、相手との関係や文化的な背景を踏まえ、誤解が生じない表現を選ぶことが求められます。そこには、言葉の知識だけではなく、人間による理解や配慮、判断が関わっています。

■AIと人、それぞれの力を生かす時代へ

もちろん、AI翻訳は大量の文章を短時間で処理したり、翻訳作業を効率化したりするうえで、大きな力を発揮します。これからは、AIを活用しながら、人間の翻訳者が文脈や文化、表現のニュアンスを確認し、より適切な言葉に整えていく場面が増えていくのではないでしょうか。

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私たちが外国の文学や映画、商品、情報に触れられるのも、そこには「翻訳」という仕事があるからです。

学問の分野においても、日本は自国の言葉で、幅広い分野の高度な学問研究が行える、世界でも数少ない国のひとつです。その背景には、明治時代に海外の学問や文化を日本語に移し替えた、先人たちの努力がありました。

AI翻訳が身近になった今だからこそ、言葉の奥にある文化や思いまでくみ取り、誰かに届ける翻訳者の仕事について、改めて考えてみてはいかがでしょうか。「世界翻訳の日」は、そのいい機会となってくれそうです。

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /International Federation of Translators (https://en.fit-ift.org) /United Nation「International Translation Day 30 September」(https://www.un.org/en/node/100082?utm_source=chatgpt.com)
/⼀般社団法⼈⽇本翻訳連盟(JTF)「『翻訳の⽇』に寄せて」(https://www.jtf.jp/pdf/honyakunohi2020.pdf?utm_source=chatgpt.com) /川村インターナショナル「翻訳の日」(https://www.k-intl.co.jp/blog/b_190930a) /一般社団法人日本聖書協会「翻訳史07|翻訳された聖書 古代から中世」(https://www.bible.or.jp/know/know12.html?utm_source=chatgpt.com) /聖パウロ女史修道会「聖人カレンダー9月30日 聖ヒエロニモ司祭教会博士」(https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=093001) /国連総会決議「A/RES/71/288」(https://documents.un.org/doc/undoc/gen/n17/149/29/pdf/n1714929.pdf?utm_source=chatgpt.com)
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