2月公開の「大人の女性が観るべき映画」4選
映画ライター・坂口さゆりさんが厳選した、「大人の女性が観るべき」映画作品を毎月お届けする本シリーズ。今回は、2019年2月公開の映画、『女王陛下のお気に入り』、『バーニング 劇場版』、『ちいさな独裁者』、『ナポリの隣人』の4作品をご紹介します。
■1:『女王陛下のお気に入り』|ヒューマンドラマ
激しい権力闘争は、なにも男性に限った話ではありません。映画『女王陛下のお気に入り』はきらびやかな宮廷を舞台に、女王の寵愛を巡ってふたりの女たちが火花を散らし合う宮廷絵巻。緊張感が半端ないスリリングな展開で見る者を引き込みます。
舞台は18世紀初頭のイングランド。気まぐれなアン女王(オリヴィア・コールマン)と戦争に揺れる国家を動かしていたのは、女王の幼馴染レディ・サラ(レイチェル・ワイズ)。ある日、サラの従姉妹で貴族から没落したアビゲイル(エマ・ストーン)が彼女を訪ねてやって来ます。召使いとなったアビゲイルはサラに気に入られ、間もなく侍女に昇格するのですが……。
気が短く、絶えず愛を求めていた孤独な女王、「宮廷では良心は不用品」と言ってのける軍人気質のサラ、そして、次第に権力に取り憑かれていくアビゲイル。アカデミー賞にノミネートされている3人の名女優たちが引き出す、人間の持つ“醜悪さ”から目が離すことができません。そんなことを思ってしまうのも程度の差こそあれ、自分の内にもそんなどす黒さが潜んでいるからなのでしょう。
作品詳細
- 『女王陛下のお気に入り』
- 監督:ヨルゴス・ランティモス 出演:オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィンほか。
2月15日(金)から全国公開
■2:『バーニング 劇場版』|ミステリー
村上春樹の短編小説『納屋を焼く』を韓国の名匠イ・チャンドンが映画化ーー。個人的に思い入れのある小説をあのイ・チャンドン監督が!? と昨年の第71回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞したころから観たくてたまらなかったこの映画。期待は裏切られることはありませんでした! 舞台は現代の韓国、ラストシーンはかなり違うのに、世界観は確かに村上春樹の『納屋を焼く』で抱いた印象そのもの。彼らの姿を燃やし尽くすような夕焼けや夜の帳の美しさも見逃せません。
ある日、運送会社のアルバイトをしているイ・ジョンス(ユ・アイン)は、店頭前でセールの宣伝をしている女の子に呼び止められます。それは幼馴染のシン・ヘミ(チョン・ジョンソ)。整形したという彼女はすっかり美しい女性になっていました。飲みに行ったふたりは互いのことを語り合い、そのうちヘミはアフリカ旅行へ行くと言い出します。ジョンスはその間、飼い猫に餌をやってもらえないかとヘミにお願いされ引き受けることに。半月後、ヘミから連絡をもらったジョンスは颯爽と空港へ彼女を迎えに行きますが、彼女の脇にはベンという男性が。ナイロビ空港で知り合ったというふたりはどうやら付き合っている様子なのですが……。
男前の印象が強かったユ・アインが、本作ではなんとも垢抜けない、時代に取り残された感のあるジョンスを好演。この映画を観て改めて、春樹ワールドが世界で受け入れられている理由を知ったような気がします。
作品詳細
- 『バーニング 劇場版』
- 監督:イ・チャンドン 原作:村上春樹 出演:ユ・アイン、チョン・ジョンソ、スティーヴン・ユァン
東京・TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中。
■3:『ちいさな独裁者』|ヒューマンドラマ
モーガン・フリーマンやヘレン・ミレンがハリウッドのアクション映画に……? そんな意外で豪華な俳優陣の出演が話題になったアクション娯楽大作『RED/レッド』。それを撮ったロベルト・シュヴェンケ監督が、久方ぶりに本国ドイツでメガホンを取ったのが『ちいさな独裁者』です。
シュヴェンケ監督によると、ドイツでは「第二次世界大戦で起こった虐殺は上層部の問題で一兵卒は関与していない」という説がまかり通っていたと言います。ところが冷戦終結後、ロシア側から多くの写真や映像などの記録が出てきたことで、それが「嘘」だと明らかになったとか。
『ちいさな独裁者』の主人公は、まさに部隊という組織では下っ端だった若き脱走兵ヘロルト。ひとりさまよっていたときに、たまたまナチスの乗り捨てられた車の中から大尉の軍服を発見。それを纏って大尉になりすますことができたことから、ヒトラーにも負けない独裁者へと変貌していきます。
権力がどれほど甘く、権力に取り憑かれた人間がどれほど愚かなことをするのかに慄然とします。また、下っ端がいきなり強大な力を持つのは、子どもがいきなり刃物を持つようなものに違いありません。
ハロウィーンを出すまでもなく、コスプレ好きで流されやすい日本人は観ておいて損のない映画。人間はやはり生まれながらにして悪なのか。我が身を振り返らずにはいられない秀作です。
作品詳細
- 『ちいさな独裁者』
- 監督・脚本:ロベルト・シュヴェンケ 出演:マックス・フーバッヒャー、ミラン・ペシェル、フレデリック・ラウ、アレクサンダー・フェーリングほか。
東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中
■4:『ナポリの隣人』|ヒューマンドラマ
母の死を巡って父を許せない娘と頑固な父はどうすれば和解できるのかーー。「家族」を描いた映画が数多あるなか、全く想像もしない展開で見せてくれるのが『ナポリの隣人』です。
舞台はイタリア・ナポリ。アラビア語の法廷通訳で生計を立てているエレナはシングルマザー。母の死の原因が父ロレンツォの浮気にあると信じる彼女は父を許すことができません。ロレンツォもまた、アパートの権利問題でエレナと息子サヴェリオと揉めており、子どもたちに心を開くことがないのでした。
弁護士を引退し孤独な日々を送っていたロレンツォはある日、買い物から帰って来ると、向かいの家の部屋の前にミケーラの姿を認めます。鍵を持たずに出かけてしまった彼女は部屋に入れずに困っていたのでした。実は隣はもともとロレンツォが持っていた部屋。部屋同士はバルコニーで繋がっているため、ロレンツォはミケーラを自宅に招き入れます。
これをきっかけにロレンツォは孤独を埋め合わせるかのようにミケーラ夫妻とふたりの子どもたちと交流を深め、疑似家族のような関係になっていきます。ところがある日、思いも掛けない事件が起こってしまい……。
ジャンニ・アメリオ監督はこの物語を「ひとごとではない不幸を描き、声高に叫ぶことはせず無限に寄り添う物語」と言います。ナポリが舞台であっても誰かしらに共感を覚えるのは、人間そのものを描いているからなのでしょう。
人の望むものは、人の変わらぬ愛であるーー。本作を見てそんな聖書の一節を思い出しました。心が荒廃するいっぽうの今を生きるために必要な映画なのかもしれません。
作品詳細
- 『ナポリの隣人』
- 監督・原案・脚本:ジャンニ・アメリオ 出演:レナート・カルペンティアーリ、ジョヴァンナ・メッゾジョルノ、ミカエラ・ラマッツォッティ、エリオ・ジェルマーノ、グレタ・スカッキ、アルトゥーロ・ムセッリ、ジュゼッぺ・ジーノ、マリア・ナツィオナーレほか。
東京・岩波ホール他全国順次公開中
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- WRITING :
- 坂口さゆり