5月公開の「大人の女性におすすめしたい映画」4選
映画ライター・坂口さゆりさんが厳選した、「大人の女性が観るべき」映画作品を毎月、お届けする本シリーズ。今回は、2019年5月公開の映画、『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』、『ベン・イズ・バック』、『RBG 最強の85才』、『氷上の王、ジョン・カリー』の4作品をご紹介します。
特に今月は、鑑賞後に語り合いたくなる、感動的な作品ばかり。是非、映画好きの友人とお出かけください!
■1:『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』|ドキュメンタリー
本作は伝説のダンサー、ルドルフ・ヌレエフの前半生を描いた映画ですが、バレエに興味がない人もご安心ください! レイフ・ファインズ監督は取材の際、「これはバレエ映画ではない。僕にとってひとりの若者がこうありたいと思うことを実現していく物語なんだ」と語ってくれました。
ときは東西冷戦真っ只中の1961年、ソ連のダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(オレグ・イヴェンコ)がフランスに亡命。教え子の亡命についてKGBから追求を受けるバレエ教師アレクサンドル・プーシキン(レイフ・ファインズ)は、「亡命の話は一度も出なかった。彼はただ踊りたかったから西側に渡ったのだ」と答えるのでした。
遡ること23年。ヌレエフは38年3月17日、シベリア鉄道の車中で生まれます。貧しい家庭に育ち、周囲に馴染めない子ども時代を送った彼にとって心の支えになったのは音楽や民族舞踊でした。
6歳のときに初めてバレエを見たヌレエフはこれこそが自分の人生と確信し、父に理解されないながらも母のバックアップで地元のバレエ教師のレッスンを受け、17歳でレニングラード(現サンクトペテルブルク)のワガノワ・バレエ・アカデミーの門を叩きます。
天才には“変人”が多いとは言いますが、ヌレエフもいわゆる「いい人」ではありません。バレエのためならどこまでも貪欲に、わがままに食らいついていきます。
例えば、17歳という年齢での編入は、幼いころから正式なバレエ教育を受けてきた学生たちに比べたら大きなハンデです。当然のように、入学早々校長から技術不足を指摘されます。筆者だったら間違いなくシュンとして辞めてしまうかもしれせん。
ところが、ヌレエフは反抗的な態度を取り、さらには指導者を変えて欲しいと直訴するのです。自分の技術を棚上げして指導者を変えろって一体……。
しかし、希望通りプーシキンのレッスンを受けられるようになり、やがて彼は人一倍の努力をして優秀な成績で卒業。国はヌレエフの故郷のバレエ団に派遣しようとするのですが、これも思い切り拒否。結局、キーロフ・バレエ団のプリマからパートナーに指名されたことで、世界最高峰のバレエ団に入団するのでした。
ルドルフの周りは彼に振り回されっぱなし、傷つけられっぱなしです。それでも、彼の才能ゆえか許すほかなくなってしまう。ここが一流人と常人との大きな差、なのでしょう。何より芸術は、いくら技術が優れていても不思議なことに、それだけで人の心は動かせません。
プーシキンはヌレエフに「『物語』が踊りにないと意味がない」と説きます。これはアートの本質を突いていると思われます。絵画、演劇、音楽……文章だって同じです。優れた技術プラスα。アートはそれを通して「何か」を物語る必要があるのです。
プーシキンのその言葉は、長年演劇界に身を置いてきた俳優であり、今回が3本目の監督作となったレイフ・ファインズ自身の言葉に違いありません。アーティストとしてのファインズを感じる渾身の1作です。
作品詳細
- ホワイト・クロウ 伝説のダンサー
- 監督・出演:レイフ・ファインズ 出演:オレグ・イヴェンコ、アデル・エグザルホプロス、セルゲイ・ポルーニン、ラファエル・ペルソナほか。
TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国公開中。
■2:『ベン・イズ・バック』|ヒューマンドラマ
自身の子どもを平気で虐待する母親がいる昨今ですが、改めて母親の愛情の深さ、強さ、大きさに打たれたのが、映画『ベン・イズ・バック』です。
クリスマス・イブの朝、子どもたちと教会から車で自宅に帰って来たホリーは、家の前に立っている前夫との息子ベンを見て驚きます。なぜならベンは薬物依存症で治療施設に入っているはずだったからです。それでもホリーは久しぶりに息子に会って大喜び。結局、ホリーと現夫のニールは、ホリーの監視を条件にベンが1日だけ家族と過ごすことを認めます。
その夜、一家が教会から帰ると家は荒らされ、愛犬が行方不明に。昔の仲間の仕業だと思ったベンは、犬を取り戻すため家を飛び出します。ホリーも彼を追うのですが……。
母親ホリーに扮するのは、ジュリア・ロバーツ。愛情深く抱きしめ、一緒に過ごし、何があっても息子を「絶対に見放さない、絶対に捨てない」という強固な意志がみなぎる姿に圧倒されます。
そして、息子を演じたのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で注目され、未来のハリウッド映画界を担う若手のルーカス・ヘッジズ。本作を監督したピーター・ヘッジズの息子ですが、ジュリア・ロバーツ自らが監督にリクエストして実現したキャスティングだそうです。
そもそもルーカスは「父親の映画には絶対に出ない」と公言していたそうですが、憧れのスターの希望と聞いて出演。
実際、ルーカスがうまいんです。思春期特有の繊細さ、薬物依存を治療している患者ならではの心の“揺れ”は、何があっても息子を信じるつもりでいる母の気持ちさえ不安にさせてしまう。映画がサスペンスフルになっているのは、そんなルーカスの演技力によるところは大きいはずです。
クライマックスとなるラストは、何があっても息子を離しはしないという母の愛に、涙が止まらず。筆者は母を亡くしたばかりでこの作品を見たこともあって、自身の母がこれまで注いでくれた愛情を、重ねないわけにはいきませんでした。
作品詳細
- ベン・イズ・バック
- 監督・脚本・製作:ピーター・ヘッジズ 出演:ジュリア・ロバーツ、ルーカス・ヘッジズ、コートニー・B・バーンズ、キャスリン・ニュートンほか。
- 5月24日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。
■3:『RBG 最強の85才』|ドキュメンタリー
3月に紹介した『ビリーブ 未来への大逆転』。その主人公ルース・ベイダー・ギンズバーグのドキュメンタリー映画がこの『RBG 最強の85才』です。
弁護士として女性の権利や男女平等の道を拓き、86歳にして現役の最高裁判事である彼女は、いまや米国の国民的アイコンといえる存在になりました。本作は本国で大ヒットとなり、アカデミー賞にノミネートされ、各国の映画祭でも絶賛されています。
ルースは「母からふたつのことを教えられた」と言います。それはひとつが「淑女であれ」、もうひとつが「自立せよ」でした。前者は、「怒りなどの不毛な感情に流されるなということ」、後者は「白馬の王子様とあって幸せに暮らすのもいいけれど、自立する力も必要ということ」です。
確かに怒りを爆発させていいことなんてひとつもありません。ルースは性差別の存在を知らない同僚の男性判事に対して、「幼稚園の先生になったつもりで説き続けていく必要がある」と言うのです。なるほど! ルースが賢く長く闘い続けることができたのは、幼いときから培われてきたそんな感情コントロールに勝因があるのかも。
女性たちにとってもこの言葉は、家庭や職場で役に立つに違いありません。
そして、『ビリーブ』でも夫マーティンの素晴らしい献身ぶりが描かれていましたが、本作でもルースが「彼との出会いが人生で一番の幸運」と言い切るように、いかにこの夫婦の愛が真実だったかも見ものです。
謙虚な彼女が最高裁判事になれたのは、彼女の才能を信じる社交家マーティンの力添えがあったから。彼はあらゆる業界へ妻を売り込み、当時のクリントン大統領の決断に繋げていくのです。
マーティンは死ぬ前にこんな手紙を遺していました。それは、「愛しいルースへ 愛と尊敬の念は56年前、初めて会ったときからずっと変わらない。君が法曹界の頂点へ上っていく姿を見られて満足だ」というもの。これって、誰もが結婚時に願う理想そのものではないですか! この夫婦の姿を知るだけでもとても幸せな気分になるドキュメンタリーです。
作品詳細
- 『RBG 最強の85才』
- 監督・プロデューサー:ジュリー・コーエン/ベッツィ・ウェスト 出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ、ビル・クリントン、バラク・オバマ、ハリエット・ヘルセル、アン・キトナーほか。
- ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBIS GARDEN CINEMAほか公開中。
■4:『氷上の王、ジョン・カリー』|ドキュメンタリー
羽生結弦選手のスケーティングを見れば、誰もがうっとり。スケートの芸術性を否定する人はいないはずです。ところが、『氷上の王、ジョン・カリー』を見てびっくり。
本作は「スケート界のヌレエフ」と言われた伝説の五輪フィギュアスケート金メダリスト、ジョン・カリーに焦点を当てたドキュメンタリーですが、彼の登場までスケートに芸術は不要とされていたのです。カリーは「バレエの表現力とスケート技術を融合させた最初のスケーター」でした。
幼いころ、バレエを習いたかったというカリーですが、父に「男らしくない」と反対され、許されたのがスポーツであるスケートでした。当時のスケートは技術に評価が集まり、「優雅さは若い男にはふさわしくない」と言われていた時代。
しかし、カリーはバレエをスケートに取り入れます。そして、1976年のフィギュアシングルで英国大会、ヨーロッパ選手権で優勝、さらに、オーストリア・インスブルッグで行われた冬季五輪でも金メダルを獲得するのです。
ところが、会見でオフレコだったはずのカリーがゲイだという情報が報道されてしまい……。
偏見に晒されながら、世間に認められないスケートの芸術性を自らの努力と類い稀なる才能によって、スケートがアートであることを実証していく彼の姿は見どころのひとつ。
オリンピック後にプロに転向したカリーは、夢だった自身のカンパニーを立ち上げ、同性愛に対する偏見や孤独に苛まれながらも、世界中でアイスショーを開催していきます(日本での公演も!)。
カリーが氷上を一度滑れば、立ちどころに人々を魅了してしまう。特に、私が目を離せなかったのは『牧神の午後』という作品です。バレエとして著名な作品ですが、ニンフとカリー演じる牧神が体を重ね合わせ氷上を流れるように滑る姿には、思わず息をするのを忘れたほど。なんてエロティックな……。
『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』ではありませんが、カリーのスケーティングを見て、改めて「物語」を語る必要性を思い知らされました。
作品詳細
- 氷上の王、ジョン・カリー
- 監督・脚本・製作:ジェイムス・エルスキン 出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロほか。
- 5月31日(金)から新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター