韓国の若き女性が違和感を表現した短編集
『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』

昨今、世界中で女性たちが声を上げ始めている。例えばアメリカに端を発した#Me too運動。セクハラや性暴力を訴え、連帯を呼びかける一大ムーブメントになった。

日本でも仕事場や就活の場で、性的な圧力を受けたという女性らが勇気をもって告発し、支援の輪も広がっている。本書はこうした流れの中にごく自然に生まれた、実に爽やかな小説集だ。

「韓国フェミニズム小説集」と銘打たれている。誤解を生みそうだが、フェミニズムとは、女性が女性だけの聖域を創ろうという思想ではない。本書に収録された七本の短編は、多彩な切り口をもっていて、男女を問わず広くすすめたい。

とりわけ最初の三編には、さまざまな世代の女性の生きにくさが極めてリアルにとらえられている。韓国の話だが、今現在、あるいは少し前の日本の状況と酷似している。

まずは表題作、チョ・ナムジュによる「ヒョンナムオッパへ」を読んでみよう。大学時代、5歳上のオッパと出会った「私」。10年の交際を経て、結婚かという矢先、「私」はオッパのやわらかい支配を逃れ自分の人生を始めようとする。

エピソードのひとつひとつに、思い当たるところがあって驚く。それは例えば、オッパの言う<女二十五歳ともなると下り坂>といった、少し前の日本でもよく言われたような、とてもありふれたもの。冗談にすぎないと、一見やりすごしてしまえそうなものが多い。

しかしだからこそ、質(たち)が悪いともいえる。男性たちは気づいていない。

けれど女性たちは成長し成熟し、心の中でいつのまにか大きく固まった違和感を、抱きながら考える。これってなんか変だよねと。仕事を中断したくないから子供をつくらないという「私」の決断には、まだ早まらないでと言いたい気持ちもあるが、痛みをリアルに共有できる、稀有な小説集であることは間違いない。

『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』著=チョ・ナムジュほか 訳=斎藤真理子

『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』著=チョ・ナムジュほか 訳=斎藤真理子 白水社 ¥1,800(税抜)
『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』著=チョ・ナムジュほか 訳=斎藤真理子 白水社 ¥1,800(税抜)

韓国で100万部以上の売上を突破し、大きな話題を呼んでいる『82年生まれ、キム・ジヨン』。その人気を受け、著者、チョ・ナムジュを含めた若手女性作家7人による、書き下ろしフェミニズム小説集が誕生した。

表題作ほか、母親との葛藤を抱える「あなたの平和」、男女の役割を入れ替えた「異邦人」など、多彩なアプローチが魅力。

※本記事は2019年5月7日時点での情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
小池昌代さん 詩人・作家
BY :
『Precious6月号』小学館、2019年
1959年東京生まれ。第一詩集『水の町から歩きだして』以降、詩と散文を書き続ける。主な詩集に『もっとも官能的な部屋』『夜明け十分前』『コルカタ』、主な小説に『弦と響』『厩橋』『黒蜜』『たまもの』、エッセイ集に『詩についての小さなスケッチ』等がある。また、アンソロジーの編著『通勤電車でよむ詩集』『おめでとう』『恋愛詩集』や、『百人一首』現代詩訳の試みと解説をした、池澤夏樹個人編集『日本文学全集02』など。 好きなもの:流木、焼きナス、レモンイエロー、仏像、ピアノ、商店街、アルゼンチン・タンゴ、畳、真珠、尾崎 豊の声、スープ、後ろ姿、天使の髪の毛、夕焼け、「Shall we ダンス?」、鳥の声、いちご、 花よりも木、青みをおびたすべてのもの、ギター、水玉、窓、たまねぎ。
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PHOTO :
よねくらりょう
EDIT :
本庄真穂
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