紀里谷和明監督がハリウッドに進出した映画として話題ですが、俳優陣が多国籍から成っています。イギリスのクライヴ・オーウェン、アメリカのモーガン・フリーマン、マオリ族の血を引くニュージーランド人のクリフ・カーティス、オスロ生まれの俳優アクセル・ヘニー、ニューヨークからイランに移り住んだペイマン・モアディ、イスラエル人のアイェレット・ゾラー、テヘラン生まれのショーレ・アグダシュルー、日本の伊原剛志、韓国のアン・ソンギ......。これだけの俳優をまとめあげるだけでも製作者は大変だったと思いますが、多国籍の豪華俳優が演じる「忠臣蔵」風の物語は、どの国の人間にも通じるリアルな物語としてよりも、むしろ近未来的なファンタジーとしての印象を強く残します。

衣装もその印象に貢献しています。騎士たちの甲冑は金属ではなく革製なのです。とりわけライデン役のクライヴ・オーウェンのしなやかで頑丈そうな革製甲冑は、過去のどんな歴史的なコスチュームにも見られない洗練されたデザインで、それがいっそう、ダークファンタジーとしての雰囲気を盛り上げています。衣装デザイナーはティナ・カリヴァス。

ダークファンタジーとしての印象は、クライマックスのアクションシーンで極まります。なにかに似ていると思ったら、ダンジョン攻略ゲームでした。ラスボスに行きつくまでのプロセスとか、長丁場な感じとか、クリア直前で一瞬、盛り下がる感覚とか。その意味では現代人の感覚に則したアクションなのかもしれません。

茶化してるみたいな表現で恐縮ですが、そうではなく、(宣伝されているように)シリアスなサムライ魂ドラマとして観るよりもむしろ、ダークファンタジー系ダンジョン攻略&リベンジゲーム的世界として了解し、その世界観につかったほうが、この映画のよさを味わえるように感じたのです。
そんなファンタジックな世界とはいえ、現実世界に生きねばならない観客にも響く名言はちりばめられており、たとえば、忠義の騎士ライデンが、主君バルトーク(モーガン・フリーマン)のリベンジを果たすために立ちあがるときの次のセリフなど、まさに、理不尽な権力により不当な扱いを受けて悔しさに地団太踏んだことのある多くの人々に、対処の際の心構えを示唆する指針となりそうです。

"We have planned, we have sacrificed, we have waited for the right moment and now we will restore the voice of our people." (われわれは周到に計画し、犠牲を払い、時を待ち続けた。そして今こそ、同胞の声を取り戻す時だ)

アタマに血がのぼったまま逆襲すれば立場が不利な混乱で終わるのが関の山。まずは冷静になり、周到に計画を練り、実行のための間違いのないタイミングを待つ。それが義をなす者の確実なリベンジへの道。Revenge is a dish best served cold.(復讐は冷めてからがもっとも美味しい)という古くからの格言もこの心構えを後押ししてくれます。

それにしても、復讐の対象となる悪大臣ギザ・モット(アクセル・ヘニー)も、苦しみ続けるんですよね。いつライデンが復讐しにくるかと常におびえ、過度に警戒し、周囲にも猜疑心や敵意を向け、傷は延々と治らない。他人を陥れた悪の張本人が、自分自身で、自分を不幸に追い込んでいるわけです。その過程で報いを十二分に受けている。

自分のなした悪行は、そんな形で、他人から復讐される前に、結局は自分に返ってくる。ひるがえって、善行も同じこと。他人から顕彰される前に、自分自身に対する揺るがぬ誇りが積み重なっていきます。それがホンモノの騎士の名誉。他人がどうこうできるものではない。バルトークがライデンに伝えることばも、そんな風にも読めます。 

"The wounds of honor, are self-inflicted." (名誉を傷つけることができるのは、自分自身だけだ)。
期せずして鉄鋼王アンドリュー・カーネギーも同じ言葉を遺しています。"All honor's wounds are self-inflicted." (名誉を傷つけるのは、つねに自分自身。他人がどうこうできるものではない)

誹謗中傷の応酬や復讐に対する復讐。その終わりなき悪循環を止めることができるのは、気高く強い志をもつ紳士の、名誉に対するこの信念だけ。殺伐とした時代にこそ、心に刻んでおきたいパワーフレーズです。

☆☆☆
「ラスト・ナイツ」
11月14日(土) TOHOシネマズ スカラ座他にて全国ロードショー
出演:クライヴ・オーウェン モーガン・フリーマン 
クリフ・カーティス アクセル・ヘニー ペイマン・モアディ
アイェレット・ゾラー ショーレ・アグダシュルー 伊原剛志 アン・ソンギ
監督:紀里谷和明
2015年/アメリカ映画/原題「LAST KNIGHTS」
写真提供:DMM.com 配給:KIRIYA PICTURES/ギャガ/PG-12
 ©2015 Luka Productions

この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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