どうして鞄は男を裁くのか。それは男の重要なものが入っている鞄は、命の次に大切であり、持っていて誇りを感じるくらいお洒落でなければいけないからだ。かつてわたしがパリーニューヨーク間のコンコルドに乗ったとき、当時流行りのブランドの肩がけ鞄を持っていたのだが、ほかの客の鞄に圧倒された乗り合わせたいわゆるエスタブリッシュなヨーロッパの上流社会の乗客の鞄は、とにかく古く由緒ある鞄に見えた。3代は使いこんでいるだろうと想像したくなるほど、いい味が出ていたのだ。さらにニューヨークのコンコルド専用バゲージカウンターに運ばれてきた数々のトランクを見て、わたしは軽いコンプレックスに襲われ、自分が裁かれたような気がした。ふたつの世界大戦をかいくぐった傷だらけのそれらのトランクは、古色蒼然とした雰囲気を醸し出していた。そう、歴史の重みを感じられないと本物の「大人の男の鞄」だとはいえない。男たちよ、まずはよい鞄を手に入れろ。そして本物の鞄に育てるのだ。(文・島地勝彦)
男が一生を共に過ごすに足る21の選択肢
1.オルタスの『ビスポークバッグ』
銀座に工房を構える、日本でも数少ないビスポークバッグの専門店「オルタス」。今や世界にその名を知られつつある職人・小松直幸さんの、真骨頂ともいえるのがこの楽譜入れをモチーフにしたバッグである。前面からフラップまでぐるりと使った、大判のクロコダイル革。緻密で締まりのよいステッチ、そして純銀を使った開閉用の金具……! こんなバッグとともにある男の人生は、ドラマチックにならざるを得ない。
2.ルイ・ヴィトンの『キーポル』
『キーポル』は空港やホテルのロビーで見かけることが多いバッグであり、よく目立つものだから、こちらもついその持ち主を観察してしまう。趣味のよいビスポークスーツを着たエリートビジネスマンには文句なしに似合うし、ミリタリーパンツやジーンズなどの気どらないカジュアルとの合わせにも、なるほどと思わせる洗練がある。それが使い倒してボロボロになったものだったりしたら、惚れ惚れするほどに格好いい。そういった素敵な紳士はいまだにほとんど欧米人なのが、日本人としてはくやしいところなのだが……。ときにはその存在感に負けてしまうこともあるのが、このバッグの恐ろしいところ。あまりに軽快で使いやすいものだからだれもが気軽に携えてしまうが、本来『キーポル』とは1930年代に生まれた歴史的名品であり、その迫力はモノグラムのトランクにも匹敵する。あなたが銀の匙をくわえて生まれてきた人間でないなら、このバッグに吞まれない気概を持ててはじめて、手に入れるのがよろしかろう。
3.フェンディの『ピーカブー』
ジャケットの襟に施される星ステッチや、手かがりのボタンホール、そしてノルヴェジェーゼ製法で縫われた靴のコバ……。われわれ男たちはステッチというものに、フェティッシュめいた執着を抱く生き物なのかもしれない。だから『セレリア』シリーズのメンズバッグの人気ぶりを聞かされても、驚くことはない。かつて筆者はローマのど真ん中にあるフェンディのアトリエにて、職人がハンドステッチの実演をする模様を取材したことがある。「クオイオ ローマ」というキメ細かなクロムなめしのカーフを針と糸がリズミカルに貫いていく様子は、その歴史あるロケーションと相まって、たとえようもなくグラマラスな光景であり、時間であった。1000を優に超える官能美を封じ込めた、このバッグの魅力を本当に理解できるのは、実は男だけなのかもしれない。
4.グッチのネオヴィンテージボスト
人畜無害なロハスファッションや、不良っぽさをはき違えてる小僧じみたセレブファッションが幅を利かせる昨今。1970年代を生きた大人の不良たちがいかに格好よかったかを、もう一度思い出してほしい。そして、その絶好の記憶解凍装置となってくれるのが、グッチのボストンバッグである。『GG』や『ウェブ ストライプ』といったアイコンを大胆にあしらった、'70年代のグッチを彷彿させるこのバッグには、流行りのジャージージャケットも電子タバコも似合わない。肩パッドが詰まったジャケットにカラダを押し込んで、煙草の薫りが充満するソウルバーへと繰り出すのだ。グッチのロゴの上に燦然と輝くスカルマークが意味するのは、「メメント・モリ/死を忘れるな」という警句。そう、一度きりの人生をこのバッグとともに味わい尽くせ。
5.ベルルッティの『アンジュール
オルガ・ベルルッティが開発した「ヴェネチア・レザー」や、その表情を無限にする秘伝の染色技法「パティーヌ」。「餅は餅屋」というけれど、ベルルッティの革には、靴だけにしておくにはもったいない魅力があるようだ。そのバッグは専業ブランドにはない個性と意外なほどの軽さや使い勝手のよさで、数寄者たちを腕ずくで納得させてきた。その中でもひときわ異彩を放つモデルが、「スクリット」という技法を凝らしたブリーフケース。革の上にカリグラフィーという装飾文字を刻印した、ベルルッティ以外では考えもつかない素材が使われたものだ。刻印はレーザーによって施されているので、消えることはない。極めて独創的なデザインなのだが、これが古色蒼然とした「ヴェネチア・レザー」とうまく調和して、まるで羊皮紙に書かれた古文書のような風格を漂わせているのが面白い。ちなみにこのカリグラフィーは、ベルルッティが落札した古文書からとった古いフランス語で、現代のフランス人には解読できないものらしい。それはつまり、このバッグには持ち主それぞれの物語が刻まれているということなのだ。
6.ロエベの『アマソナ44』
革選びにかけてはとにかく厳しいロエベ。スペインの工房に届けられる一級品の革は、職人によってさらに細かく選別され、実際に使われるのは全体のわずか3~5%だという。1975年からの定番である『アマソナ44』は、その実力を最も堪能できるモデルであり、芯材やライニングを使わず一枚革で仕上げている点に、圧倒的な自信がみなぎっている。なかでも狙うべきはスエード。カジュアルになりがちな素材をここまで上品に仕上げられるのは、このブランドだけだ。
7.ボッテガ・ヴェネタの クラッチバッグ
有名な『カバ』ではなく、あえてクラッチバッグを名品として選んだのは、そのデザインにボッテガ・ヴェネタというブランドの面白さが透けて見えるからだ。職人芸の賜物といえるイントレチャートと、スムースレザーの境目にジグザグにステッチをかけたそのバッグを眺めていると、不思議と運河沿いに一望する夜の摩天楼に見えてくる。ものづくりに敬意があるデザイナーと、その発想に「のる」職人とがそろわずして、こんなバッグはつくれやしない。
8.デルヴォーのブリーフケース
日本人、特に男たちにとってはまだなじみは薄いが、1829年にベルギー・ブリュッセルで生まれたデルヴォーは、19世紀後半にはベルギー王室御用達の名誉を賜った超名門。現存するバッグメーカーとしては、最も古い歴史を誇っている。これ見よがしなデザインこそないが、その革質や端正な表情は、文句なしに世界のトップランクと肩を並べる。特にその凜々しいコバの表情は、オンの装いを数段ランクアップしてくれるほど美しい。覚えておいて損はないブランドだ。
9.ヴァレクストラのブリーフケース
男にとって、白いレザー製品というのは手を出すのに勇気がいるものだ。気になるけれどなんだか気恥ずかしいし、汚れも気になるし、経年変化も楽しめないのでは?と、懸念が先走ってしまう。しかしヴァレクストラだけは別。こちらの白いカーフの色合いは、ミルクにコーヒーを数滴たらしたような、どこか落ち着いたものだし、独特なシボ感がありイヤな汚れ方をしない。さらに使うほどに風合いは増していくのだ。噓だと思うなら、ぜひ一度手にとって見てほしい。
10.山ぶどうの籠バッグ
百貨店などの民芸品売り場でたまに見かける、籠バッグ。その存在は、いまだ民芸や和装を趣味とする一部の人々の間にしか知られていないようだが、それは非常にもったいないことだ。だから筆者はここに、籠バッグをファッションとして開放したいと思っている。とにかくその魅力は、山ぶどうやくるみ、アケビなどの蔓や樹皮を剝ぎ取って乾燥したものを編んだ、豊かな素材の表情にある。しかもレザーを凌駕するほど軽くて頑丈で、その気になれば100年だって使えてしまう。使い込んだ風合いはまた格別だ。そんな個性たっぷりの素材ながら、色合いそのものは自然なブラウンだから、メッシュ編みしたレザーバッグのような感覚で取り入れられるのが、籠バッグの面白さ。サファリジャケットなど春夏のカジュアルに合わせれば、その抜群のオーラは着こなしに涼やかな風格を与えてくれる。特に欧米の洒落者たちの間では受けがよく、旅先では行く先々で声をかけられるだろう。すべて手編みによってつくられる稀少さに加え、メンズ向けのサイズはあまり売っていないので、見つけたときは逃さず手に入れたほうがいい
11.モロー・パリのショルダーバッグ
長年旅を続けていると、年々パリやロンドンといった大都市の風景が、似通ってきていることに気づかされる。売っているファッションアイテムや、街を歩く人々の装いも同様だ。ここまで経済や情報が均質化された時代になればあたりまえなのだけれど、もはや大都市では、その国ならではの面白いものは生まれてこないのかもしれない……。そんな思いにかられていたときに、筆者がパリの街角で出合ったのが、モロー・パリだった。19世紀に繁栄したラゲッジメーカーをルーツに持つここのバッグは、メゾンブランド的な高級感はあるものの、分厚いコバの仕上げや、明らかに手縫いで施された極太のステッチ、そして格子柄をプリントしたレザーなどに、決して洗練されすぎない野趣があふれている。それはまさしくロンドンでもミラノでもなく、パリという街からしか生まれ得ない顔なのである。それも写真集『木村伊兵衛のパリ』に出てくるような、味わいたっぷりの……。世の中にはまだまだ、面白いモノや人々の心を打つモノはある。そしてMEN'S Preciousはその感動をどこよりも美しく、そして深く伝えたいと願うのだ。
12.アルフレッド ベレッタのクロコバッグ
日本でいちばんラグジュアリーなセレクトショップは、銀座と熊本にある。「日子」というその小さなショップは、今どき珍しい家族経営。そこには知名度や値段に関わらず、店主が感動したものや本当に売りたいものだけが並び、その思想に共鳴するお客さんが来るのを待っている。このアルフレッド ベレッタのバッグもそのひとつ。ハーフマットで仕上げたネイビーのクロコダイルや、ミラノの職人の丸縫いによる縫製、美しいオリジナル金具……。そしてハッとするほど真っ赤な内装は、バッグを開け閉めするたびに、持ち主に高揚感を味わわせてくれる。機能や合わせる洋服、持っていく場面なんて後から考えればいい。これを見て心が震えたならば、万難を排して手に入れるべし……。このバッグが放つエネルギーは、ものいわずとも私たちを挑発しているようだ。
13.フェリージのバッグコレクション
高級バッグ=レザーと相場が決まっていた1990年代に、「ラグジュアリーなナイロンバッグ」という概念を私たちに植え付けた、先駆者こそがフェリージである。化繊なんてどれも同じと思われていたあの時代に、イタリアの某生地メーカー(現在は非公表)が織る美しいナイロン生地の価値を伝えてくれたのも、ナイロンとタンニンなめしレザーとの意外な相性のよさを教えてくれたのも、みんなフェリージだったのだ。あれからはや20年。ラグジュアリーを謳う様々なナイロンバッグが登場してきたが、いまだにフェリージにかなうものはない。鮮やかだが着こなしに溶け込む絶妙な発色。ビジネスから旅、スポーツまでライフスタイルを幅広くカバーする、豊富なラインナップ。そして完璧な修理体制……。筆者が20年使い込んだトートバッグが、その偉大さを改めて教えてくれるのだ。
14.フォレ ル パージュのトートバッグ
フォレ ル パージュは1717年創業。ルイ15世御用達の鉄砲工として知られ、鋳造や溶接職人はもちろん金箔細工師、象眼師など、砲術と工芸分野の名人とのコラボレートによって、見事な逸品をつくり上げていた。こちらが狩猟用のバッグなどの皮革製品をつくり始めたのは20世紀以降のこと。
カンボン通りの本店にそのジェネラル・ディレクターを務めるオーギュスタン・ド・ビュッフェヴァン氏を訪ねた。彼が見せてくれたのはメゾンが所有するアーカイブの鉄砲。ときに螺鈿や宝石が施され、武器でありながら、まさに宝飾か芸術品の域にまで到達している見事な逸品だ。その持ち手の部分に彫刻された鱗のモチーフこそ、現在バッグのメゾンとして生まれ変わったフォレ ルパージュがシグネチャーとする「エカイユ(鱗)」の着想源なのだ。「いたる所に使われている『エカイユ』をシグネチャーとするのは、私たちにとっては当然だったのです」
鱗は中世、体を敵から守る鎧に取り入れられた戦士の象徴であり、また、男性を虜にする神話の女性たちには鱗があるとされてきた。「『エカイユ』は力と誘惑を象徴する。誘惑は戦いです。私たちは誘惑の戦いに勝利するための武器を供給しているのです」「エカイユ」は、キャンバスにセリグラフィーというシルクスクリーンに似た緻密な方法でプリントされ、さらにコーティングが施される。それにしてもフォレ ル パージュの「エカイユ」をはじめとするモチーフ・デザインがあしらわれたバッグは特にフランスで好まれ、発展している印象を受ける。「それはたくさんのものを想起させるからではないでしょうか。フォレ ル パージュの『エカイユ』なら保護、誘惑、力といったもの。シンプルな図案だから複雑な意味を表現できる。それこそがモチーフが持つ力なのです」粋な男こそ持つべきは「エカイユ」モチーフのバッグだ。この武器を手にすれば、都会で戦い抜く勇気と、相手を籠絡する誘惑の力が増幅されるに違いないのだ。
15.ラザフォードのサッチェルバッグ
「UNION WORKS」が別注した英国ラザフォードのブライドルレザーバッグ。ミュージックバッグやダレスバッグなどの定番もいいが、休日用には英国流学生鞄「サッチェルバッグ」はいかがだろう。S、Lと2サイズ展開しているが、おすすめは断然Sサイズだ。正直いって収納力という点では微妙だが、斜めがけにしたときのスタイルが格好よすぎる。中でもトレンチコートとの相性が素晴しい。ちなみにこのブランド、日本でしか買えないので注意されたし!
16.ビリンガムの復刻カメラバッグ
今や軽さや機能ではナイロンに及ばないけれど、カメラバッグにクラシックな味わいと経年変化の美学を求めるならば、やはり英国のビリンガムしかない! 現行モデルもよいが、今季登場したニューコレクションは必見。創業当時に使われていたラバーボンディングのキャンバスをはじめ、デザインや縫製、ロゴにいたるまで忠実に復刻した、日本限定バッグなのだ。言うまでもないが、もちろん英国製である! PCの収納や海外出張にも重宝するから、カメラユーザーならずとも手に入れるべし。
17.トッズの『エンベロープバッグ』
レザーのトートやボストンは数多あれど、これほど上質で、シンプルで、しかも巨大なものとなると、まあほかにはないだろう。なにしろその横幅60cm! 『エンベロープ(封筒)』という名前のとおり折りたたんで使える開口部や、底鋲がわりに『ゴンミーニ』のラバーペブルを使うなど、奥ゆかしい洒落っ気も好ましい。サイズ的にいうと旅行用なのだろうが、この迫力やレザーの風合いは、普段使いしなくてはもったいない! 幸いなことにこのバッグ、意外なほどに軽いのだ。
18.フルラのネイビートートバッグ
オンとオフの境界線が、年々曖昧になっていく現代社会。スーツがビジネスウエアであり、ジーンズが休日カジュアルであるとは、もはや言い切れないのだ。そんな時代の潮流を見事に捉え、都市で生きる男たちに支持されているのがフルラのバッグである。その鮮やかなネイビーカラーは、黒のドレスシューズにもスニーカーにも合う。そのシャープさとリラックス感を兼ね備えたフォルムは、スーツにもジーンズにも合う。一見ベーシックだから気づきにくいが、驚くほど緻密な計算のもとにつくり上げられたフルラのバッグは、新しい男の生き方を象徴しているのだ。
19.ボルドリーニ セレリアのトートバッグ
革産業が盛んなトスカーナの小さな町で、地元の職人が、地元でなめされたバケッタレザーを使って、丹念に縫い上げたバッグ。それがボルドリーニ セレリアだ。ここ10年で世の中の革製品の値段はとても高くなってしまったが、こちらのバッグは品質を鑑みると驚くほどにリーズナブル。派手さこそないが、流行にとらわれず長年使える真面目なデザインも、とても好感が持てる。今でもイタリアにこういった誠実なビジネスを続けているファクトリーがあることが、しみじみとうれしくなるのだ。
20.ファイブ ウッズのダレスバッグ
ダレスバッグとは伝統工芸のようなものだ。目の詰まった堅牢な革をつくるための、なめしの技。力強く優雅な曲線を描くための、革の見極めと裁断の技。ハンドルに施す「サドルステッチ」という手縫いの技……。それは失われつつある匠の技の結晶であり、ニーズがあろうとなかろうとこれらの技術を継承することは、ファクトリーの意地。つまりファイブ ウッズがいまだに美しい国産のダレスバッグをつくり続けているのは、その気骨の証明といえるだろう。
21.チェッキ デ ロッシの バケッタレザー製バッグ
このバッグを展示会で見たときは、体に電流が走った。決してモダンなわけではないのに、今までに見たことのないほど斬新なその色、そしてフォルム。聞けばこちらはトスカーナにあるファクトリー「チェッキデ ロッシ」の作品だという。味わい深いムラ感のボルドーカラーは、地元産のレザーをワインを使って染めたもの。そして愛嬌ある丸みを帯びたフォルムも、この地に伝わる木型を使った成型法によるものなのだとか。筆者は何を入れるかも決めぬまま、思わず首から提げるミニバッグを注文してしまった。単なる容れ物がほしいなら、プラスチックだっていい。でも男はバッグの中に理想を詰めて歩く生き物であり、それはやがてかけがえのない思い出へと変容する。だからこそ私たちは、その思い出が美しく染み込んでいく、レザーのバッグにこだわってしまうのだろう。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2017年夏号バッグは男を裁く。より
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- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭、小池紀行(パイルドライバー/静物)スタイリスト/武内雅英(code)構成/山下英介(本誌)