パンク・ミュージックの最新型な、ふたりのオヤジ。

このところ興味深い新譜のリリースが相次ぎ、その合間に素晴らしいライヴ(ティグラン・ハマシアン@浜離宮ホール)などもあって、取り上げたいものは多々あるが、それらを差し置いて今回あえて紹介するのが、少し前の3月にニューアルバム(日本盤)をリリースした「Sleaford Mods(スリーフォード・モッズ)」という、英国の「おっさん」デュオだ。
 

 その名から、彼らがモッズカルチャー、そしてネオモッズのバックグラウンドだったパンクの流れを汲むアーティストと読み取る人もいるだろう。確かにそのスカスカな、DIY&ローテク感溢れるサウンドに、叩きつけるようなラップスタイルのヴォーカルは、パンク、スカ、または初期ヒップホップなどを連想させる。PVや雑誌記事の写真等を見る限りは、ヴォーカルのジェイソン・ウィリアムソンはステンカラーコートやポロシャツのボタンを襟まで留めて、服の着方もモッズのマナーに沿っているようだ。

 

 「ノー・フューチャー」はパンクスの合言葉だったが、歳を重ねてみると、それはむしろ未来ある若者だからこその悪態ではなかったかと、思ってしまう。人生も折り返し点をとうに過ぎて、それでもなお(というかなおさら)周囲の諸事に不如意や怒りを感じる身には、「ノー・フューチャー」なんてリアルすぎてとても口に出せる言葉ではない。ただ時には、自分では如何ともしがたい現状に憤りを吐き出したいこともある。そんなおっさんの心理に、彼らの訛りのきつい英語による「日常への文句」と、チープなサウンドが妙に「入ってくる」のだ。つまり、溜飲が下がるのである。

 

 かつてパンクシーンで活躍したバンドの中には、今日まで活動を継続していたり、近年再結成して注目を集めたりするケースも多い。ただ、個人的にはそうした彼らの姿を(すべてではないが)、少し違和感をもって眺めていた。クラッシュを辞めたミック・ジョーンズがビッグ・オーディオ・ダイナマイトを結成したり、ピストルズのジョン・ライドンが新たにPILで活動することを自然な成り行きと捉えていた自分にとっては、長じて若き日の曲を演り、レジェンドとして熱狂的に受け入れられるパンクスの姿は、なんというか「パンクという芸」であって、彼らが登場時に備えていたパンク性とはすこし違うように感じたのだった。

 他方、このスリーフォード・モッズは、最新作が日本などインターナショナルなマーケットへのいわばデビュー盤であり、現時点でふたりとも既に40代半ばだ。ウィリアムソンは2007年からずっと英国中部の地方都市ノッティンガムで音楽活動を行なっていた。サウンド面を担当しているアンドリュー・フェーンが加わったのが2012年で、それ以降は現在のスタイルで活動し、地元のインディーズレーベルから作品を発表してきた。そして昨年、いまや英国の老舗レーベルといってもいい「ラフ トレード」レーベルと契約して今回のアルバムをリリースしたのだった。

 
 

 彼らが登場するドキュメンタリー映像作品『Sleaford Mods : Invisible Britain』は、2015年の英国総選挙と同時期に行われたツアーの様子を撮影しながら、公演先の地方都市に住むいわゆる「忘れられた人々」、ワーキングクラスの現状を描写して、彼らのスタンスをより鮮明に知らしめることになった。さらに今年には、彼らの伝記映画『Bunch Of Kunst』も公開された。現時点で英国ではかなり注目される存在となっているようだ。

 

 先にも述べた通り、彼らの音楽はフェーンがつくるチャカポコしたチープな打ち込みのサウンドに乗せて、ウィリアムソンの「RANT(=怒鳴り)」が展開されるというきわめてシンプルな構成だ。かつてのパンクスがスリーコードの演奏で衝撃を与えたように、スリーフォード・モッズの音楽も、その素朴さゆえに強いといえる。もちろんそれも彼らの意図であることは言うまでもない。

 日本盤リリース元であるBEATINKのサイトには、『イングリッシュ・タパス』というタイトルの由来について、彼らの姿勢を端的に物語るような、ウィリアムソンのコメントがある。「アンドリューが適当なバーに入ったら、メニューボードに"イギリス風タパス"なんてものが殴り書きされていた。そんな笑わせる言葉の下には、ハーフ・スコッチエッグ、チップス、ピクルス、ミニ・ポークパイってメニューが並んでいたんだ。これがそのクソったれのバーの全てを物語ってるだろ。それはコメディーであり、有り合わせであり、無知であり、そしてとにかく、クソなんだ」。


 ちなみに、ウィリアムソンは労働党党首ジェレミー・コービンを支持し、労働党の党員だったこともあるという。民主社会主義者を標榜し、英国「Raleigh(ラレー)」のバイクを愛用するという庶民派のコービン。彼を信奉するウィリアムソンのリリックも、英国の労働者階級に寄り添う、というかその不満を代弁するものになっている。もちろんそこにダーティな単語(わかりやすい言葉、ともいえるかもしれない)とともにユーモア(時にシニシズム)を盛り込むことも忘れない。彼らの音楽を聴きその姿を見るにつけ、自国の状況と比して英国はなかなか懐が深いなと、改めて思い知らされるのだった。

この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。