今、物に執着がないんですね。大泥棒に遭って、思い出の品がごっそり持っていかれてから、モノに対する執着が減ってしまって。いざなくなってみると、宝石なんか特に、あそこに置き忘れてきちゃったとか、どこにいっちゃったんだろうとか、そういう心配がなくなってよかったのかも、と思ったりしています。

ご主人との2ショットを手に持つ島田さん

それまで、一生懸命働いて自分にごほうびをしていたから、また働かなくちゃ、と思ったりもするけれど。モノに対しての執着はないんですけど、私の亡くなった夫に初めてプレゼントされた指輪だけは、別。ずっと大切にしているもの。これだけは泥棒に持っていかれなかったんです。すごくクラシックで、真珠が付いていて、両側にダイヤモンドが付いていて、すごくいい指輪。これは夫と知り合い、恋愛が始まったばかりのころに、突然プレゼントされたの。それが、すごく素敵だったの。全部覚えてる。

島田さんが旦那さんからプレゼントされた指輪(島田さん撮影)

そういうふうに、泥棒にあっても、自分が落としたと思っても、不思議と手元に返ってくるものってありますよね。このネックレスもそうなんです。80年代かな、コレクションの後に、あまりのストレスで苦しかったから、自分でごほうびに買ったもの。これも30年くらい持っているわね。

泥棒の難も免れ、いつも島田さんの側にあるネックレス

夫とは、42歳のときに東京で出会ったの。日本に帰国してるときにホテルにいると、友達から「今日何するの?」と連絡がありまして。その友達が「友達の誕生日パーティがあるから行く?」と聞いてきたのですが、私が知らない人の誕生日パーティなんて行っても、仕方ないですよね。でも夕飯ひとりで食べるのも嫌だし、渋々行ったら、この人(※旦那さま)の誕生日だったんです。不思議な出会いですよね。出会ったときは、ぜんぜんその気はなかったの。彼もほかの女の人を連れていたし、私も大失恋で5年くらい泣いたりして飽き飽きもしていたから、傷つきたくなかったりもして。

旦那様との思い出をにこやかに話す島田さん

日本でサラリーマンの人って、いつもネクタイしてスーツを着てるじゃない。セオリーも違うし、ちょっと私とは違うかなと思っていたのに、まさにサラリーマンの人とそういうことになったのは、不思議ね。出会ったのは彼が40才の誕生日で、結婚するまでの間に5年くらいおつきあいをしました。だって年ですもの(笑)。私が47才、彼は私のふたつ下だから、45才ですね。その初めて出会ったレストランの写真があるんです。偶然に友達が撮ってたのね。それが後から出てきたの。その写真も宝物ですね。

ふたりが初めて出会った日に撮った写真。恋が始まる前

夫から指輪をもらったとき、私はホテルに滞在していたのね。まだ知り合ったばかりで、一緒に住んでいなくて。そのホテルにいるときに、照れくさそうに指輪を持ってきて、私に見せたんです。私、男の人から指輪をもらったのが初めてなの。だからびっくりしちゃって。それもなんか、大人っぽく感じられて。どういうつもりかしら、エンゲージリングのつもりかしらって、驚いちゃってうれしくて。女性として扱ってくれたんだなって感じがして、すごく感動したんです。

スタイリッシュな結婚式の写真

夫のどういうところが好きだったかというと、気楽なところかしら。私と同じくポカーンとしてる人なのね。夕方くらいに、お蕎麦食べたいなーと思って帰ってくると「ねえ、お蕎麦食べに行かない?」って言うんです。その感じ、すごくよくない? なんか、食べ物で、蕎麦に行きたい気分なのに「トンカツ行きたい」って言われるとギョッとするけど、そういうところの歯車がすごく合っていたみたい。仕事のジャンルはまったく違う人だしマイペースな人だけど、私もわがままでマイペースなので、それがたまたま食べ物で息投合するというのは、すごくうれしい。ちょっと飲みたいなと思うと「一杯やろうか」って言ってきたり。そういうところかな。リズムが合っている人だったんですね。

 

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この記事の執筆者
1941年7月7日生まれ。杉野学園ドレスメーカー女学院デザイナー科卒業。1966年、渡仏。1968年、パリの百貨店・プランタンの研究室へ入る。1970年、デザイナー集団マフィア入社。1975年、キャシャレル社入社。1976年、女児出産。1981年、パリに「JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO」設立。パリにて初めて「JUNKO SHIMADA」コレクションを発表。東京にて初めて「49AV.JUNKO SHIMADA」コレクション発表。1988年、山地三六郎氏と結婚。1996年、日本ファッションエディターズクラブデザイナー賞(FEC賞)受賞。2010年、孫が誕生。2012年、フランス文化勲章シュヴァリエ授与。2013年、東京オリンピック招致委員ユニフォーム監修(AOKI)。2016年、パリコレクション70回・35周年を迎える。 好きなもの:子供、友達、仕事、食事、料理、包丁、皿、台所用品、動物のもの、ガラス
クレジット :
撮影/篠原宏明(静止画) 動画制作/OUNCE 構成/安念美和子