腕時計の歴史を振り返ることは、同時に男の装いの歴史を振り返ることでもある。あるときは時計からファッションが生まれ、またあるときはファッションから時計が生まれ……。常に密接な関係を築いてきた両者の関係を、ここでは改めて解き明かす。

時計と男の装いのヒストリア

1900〜10年代|「腕時計」時代到来!

飛行家のサントスの依頼により誕生。腕時計にしたのは飛行機の操縦中にも見やすいため。また、当時の主流の懐中時計の丸いケースにベルト用金具を付けたかたちでなく、ベルト用のラグを設けたのが特徴。「腕につける」という機能を美しくデザインしているのだ。©Cartier
飛行家のサントスの依頼により誕生。腕時計にしたのは飛行機の操縦中にも見やすいため。また、当時の主流の懐中時計の丸いケースにベルト用金具を付けたかたちでなく、ベルト用のラグを設けたのが特徴。「腕につける」という機能を美しくデザインしているのだ。©Cartier

世界初の男性用腕時計と称される『サントス』が誕生したのは1904年。男性用というのは当時の腕時計は女性用のアクセサリーがほとんどだったため。実用的な腕時計はこれが初だったのだ。ただし腕時計はすぐには普及しなかった。相変わらず腕時計は女性のもの。男は懐中時計が正式で、腕時計は奇異とされた。かつて男が傘をさすと笑われたようにだ。腕時計が本格化するのは第一次世界大戦の頃。戦場で兵士が懐中時計を見やすいよう腕に巻いたのが始まりだ。そして終戦後、ヨーロッパに平和をもたらした新兵器の戦車=タンクをモチーフにした『タンク』が誕生。そうして腕時計の時代が始まった。

1920〜30年代|華麗なるアール・デコとバウハウスの時代。そして忍び寄る戦争の影

パテック フィリップ『カラトラバ』1932年に誕生した『カラトラバ』は単なる丸型ではなくケースからつながる曲線でラグをつくり腕につけるという機能を美しくデザインしたのが特徴。まさにバウハウス的機能美の実践だ。『カラトラバ 5196』¥2,400,000(パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター)
パテック フィリップ『カラトラバ』1932年に誕生した『カラトラバ』は単なる丸型ではなくケースからつながる曲線でラグをつくり腕につけるという機能を美しくデザインしたのが特徴。まさにバウハウス的機能美の実践だ。『カラトラバ 5196』¥2,400,000(パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター)

1925年に誕生したアール・デコは世界で初めて世界を一周した芸術といわれ、たちまち世界中を席巻、あらゆるものがアール・デコのデザインにされた。そのため草創期にあった腕時計もアール・デコの様式を汲む角型やトノウ型が主流とされた。つまり最初期の腕時計は、意外なことに、丸型ではなかったのだ。そういうなかでパテックフィリップが丸型の『カラトラバ』を誕生させたのは1932年のこと。パテック フィリップの創案した丸型は、バウハウスの機能美を受け継いだ、最先端のモダンデザインとして生まれたものであったのだ。そして当時の伊達男たちが、そんな華麗な角型やトノウ型や、モダンな丸型の腕時計を、粋にお洒落に着けこなしたのである。

1940〜50年代|スポーツウォッチの進化とアメリカンウォッチの隆盛

ブライトリングは航空機の進化にいち早く着目し1930年代からコクピット計器などを制作。そして1952年に航空用クロノグラフの名作『ナビタイマー』を開発した。『ナビタイマー1 B01クロノグラフ 43 スペシャルエディション』¥1,040,000(ブライトリング・ジャパン)
ブライトリングは航空機の進化にいち早く着目し1930年代からコクピット計器などを制作。そして1952年に航空用クロノグラフの名作『ナビタイマー』を開発した。『ナビタイマー1 B01クロノグラフ 43 スペシャルエディション』¥1,040,000(ブライトリング・ジャパン)

この時代の最も大きな出来事が第二次世界大戦。そしてすべてのテクノロジーが戦争により進化するように、時計も飛躍的な進化を遂げた。高精度のクロノグラフや高防水のダイバーズなどが次々と誕生したのだ。そしてすべてのテクノロジーがそうであるように、戦争が終結し平和が訪れると、進化した時計は民間にスピンオフした。そうして生まれたのが『ナビタイマー』や『サブマリーナー』や『スピードマスター』など。また、終戦後はアメリカが世界を牽引。テールフィンの付いた大きなクルマや大型冷蔵庫が世界の憧れになり、プレスリーが世界中を魅了した。

1960〜70年代|新しい価値観と、クオーツショック到来!

タグ・ホイヤー『モナコ』モータースポーツが世界的人気に。『タグ・ホイヤー カレラ』や『モナコ』といったモータースポーツにちなんだ名を冠したクロノグラフの名作が多数誕生した。『ホイヤー モナコ キャリバー11 クロノグラフ』¥630,000(LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー)
タグ・ホイヤー『モナコ』モータースポーツが世界的人気に。『タグ・ホイヤー カレラ』や『モナコ』といったモータースポーツにちなんだ名を冠したクロノグラフの名作が多数誕生した。『ホイヤー モナコ キャリバー11 クロノグラフ』¥630,000(LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー)

ボブ・ディランやビートルズが登場、アメリカンニューシネマが誕生し、サンローランやカルダンのモードが花開く。’69年にアポロ11号の月面着陸とウッドストック。ツェッペリンやクリムゾンの新しいロック。ウォーホルのポップアート。『2001年宇宙の旅』が描いた未来。グッチ、セリーヌ、ルイ・ヴィトンなどのブランドブーム。この時代は新しい価値観が次々と生まれた。そして時計もだ。クロノグラフの傑作『エル・プリメロ』と『モナコ』の誕生した’69年に世界で初めてクオーツを実用化した『アストロン』が登場。これを境に機械式は衰退、クオーツの時代が始まったのだ。

1980年代|新しい時計の誕生と機械式時計の復活!

ニューヨークのスタジオ54に夜な夜なウォーホルやミック・ジャガーが集まるなどディスコがセレブリティたちの社交場に。ニューウエーブやテクノなどの新しい音楽やスタイルも誕生した。ファッションはジョルジオ アルマーニのソフトスーツが流行。『トップガン』のフライトジャケットや『ハンター』のMA-1も人気となった。そして時計はコンビのロレックスやカルティエがステータスシンボルに。また、『Gショック』や『スウォッチ』といった新しい時計が誕生する一方、ヴィンテージウォッチが世界的人気となり機械式の復活が始まる。というように、カルチャーやファッション、時計など、すべてが多様化した時代であった

1990年代〜|機械式時計が完全復活し時計が主役の時代が到来!

ウブロは最も人気の高い時計ブランドのひとつ。その代表が『ビッグ・バン』で、異素材を組み合わせた多層構造ケースが、これまでの時計界になかった格好よさだったのだ。『ビッグ・バン ゴールド セラミック』¥3,220,000(LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ)
ウブロは最も人気の高い時計ブランドのひとつ。その代表が『ビッグ・バン』で、異素材を組み合わせた多層構造ケースが、これまでの時計界になかった格好よさだったのだ。『ビッグ・バン ゴールド セラミック』¥3,220,000(LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ)

1990年代以降は、さらに多様化が進行。ハイブランドのモードが流行する一方、リーバイス『501』などのヴィンテージが世界的人気。また、そんなヴィンテージのテイストを取り入れたシンプルなスタイルも人気になった。時計は機械式が完全に復活し新ブランドも多数登場。しかも機構や素材、デザインなどが進化。革新的モデルの誕生など、やはり多様化している。そして特筆すべきは、高価なものほど人気が高いこと。結果、Tシャツにジーンズなどのシンプルなファッションで高級時計を主役にしたスタイルが登場。時計のつけこなしも多様化しているのだ。

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2019年夏号より
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クレジット :
撮影/池田 敦(パイルドライバー)文/福田 豊 構成/山下英介(本誌)